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「…………でしたら、今後はご遠慮願いたい」
低く静かな声で、煌牙は眞人を見据えた。
「変な噂を立てる輩もいますから」
眞人は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに営業用の笑みを浮かべた。
「……わかりました」
軽く頭を下げると、背を向けて廊下を去っていった。
その背中を睨みつける代わりに、煌牙は花楓の手を強く握り、そのまま会場を通り抜けて外のバルコニーへと連れ出した。
夜の空気が流れ込み、冷たい風が頬を撫でる。
煌びやかなシャンデリアの光が遠ざかり、星の瞬きだけが二人を包み込んでいた。
「……っ」
言葉を紡ごうとした花楓の唇を、煌牙は遮った。
深く、迷いなく口づける。
「……ん……」
甘い吐息が花楓の喉から零れ落ちた。
名残惜しく唇を離しかけて、すぐにまた重ねる。
逃がさない―――
離れた隙間を埋めるように、何度も何度も重ねる。
花楓の瞳は涙のように潤み、腕が自然と煌牙の背に回った。
「……花楓…」
低く名前を呼び、もう一度強く唇を塞ぐ。
バルコニーに吹き込む夜風は少し冷たく、煌びやかな会場の喧騒が遠くに霞んでいた。
花楓を抱き寄せたまま、煌牙は彼女の肩に額を落とす。
「……煌牙さん?」
小さな声が震えて耳に届く。
煌牙は答えを探すように息を吐き、絞り出す。
「……嫉妬した」
花楓が驚いたように目を瞬かせる。
「えっ?」
喉の奥で笑ってごまかすこともできた。だが、今は偽りを挟む余裕などなかった。
「前に言ってただろ。……初めて俺のマンションに来た朝に、“しがみついて寝る癖がある”って。……その時、元カレにも同じことを言われたって」
胸の奥に渦巻いていた黒い衝動が、言葉になって零れる。
「……実際に顔を見たら、リアルで……殴りたくなるくらい腹が立った。……君をそうやって知ってる奴がいることが、許せなかった」
額を寄せたまま、唇を噛む。
感情の熱は、夜風よりもはるかに激しく燃え上がっていた。
沈黙のあと、柔らかい腕が俺を包んだ。
花楓が抱きしめ返してくる。
胸に頬を押し当て、くすぐったいほど小さな笑い声を漏らす。
「……可愛い」
「……は?」
思わず聞き返す。
「嫉妬してくれるなんて……可愛い」
彼女の声は涙のように優しく、俺の心を溶かしていく。
そして顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめた。
祖母譲りの緑の瞳が夜気を受けて幻想的に揺れる。
「もう……煌牙さんだけです。この先、眠るときにしがみつくのは」
その言葉が、胸の奥深くに刻み込まれる。
俺は彼女の手を取り、強く握りしめた。
「……絶対、離すか」
花楓は照れくさそうに笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。
俺はもう一度、彼女の唇に口づけを落とす。
夜風が揺れるたび、二人の吐息だけが熱を孕んで溶け合っていった。




