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朝紀の言葉を受け、煌牙は壇上に進み出た。
隣に立つ花楓の手をしっかりと握りしめ、マイクを取る。
「鷹峰 煌牙です。……先日入籍したばかりの未熟な夫婦ではありますが妻とともに、これからも鷹峰グループに全力で貢献していきたいと思います。これからもご指導ご鞭撻の程宜しくお願いします。」
短いが、確かな決意を込めた挨拶。
拍手が広がる中、煌牙は花楓を支えながらステージを降りた。
立食パーティーが始まると、会場の空気は一気に華やぎを増す。
だがその華やかさの裏に、確かに別の色が渦巻いていた。
――“カフェの娘”が本当に社長夫人に?
――どうせ玉の輿狙いだろう。
――どれくらい持つかしらね。
嫉妬と詮索の目。
向けられる視線に花楓の肩が硬くなるたび、綾子、彩織、もしくは煌牙自身が自然と彼女の側に立った。常に守るように、彼女を囲い込む。
「大丈夫だ」
耳元でそう囁くと、花楓は小さく微笑み返した。
やがて――花楓は席を外そうとした。
「……ちょっとお手洗いに」
「わかった…」
軽く頷いて送り出したその時。
廊下に消えていく彼女の背を、別の影が追っていった。
―――
池田眞人――。
花楓の過去を握る男。
不敵な笑みを浮かべながら、静かにその後を追っていった。パーティー会場を離れ、静かな廊下を歩いていた花楓の背に、名を呼ぶ低い声が落ちた。
「……なんで……」
足が止まる。
振り返ると、そこに立っていたのは池田眞人だった。
不遜な笑みを浮かべている…
黒いスーツに身を包んでいても、かつての嫌悪感が蘇る。
「……社長夫人なのに、招待客の名簿も見ていないのか?」
低く湿った声。挑発の色が滲んでいた。
花楓は息を呑み、きゅっと唇を噛む。
「……話しかけないでください」
振り返らずに、歩き出そうとする。
だが眞人は一歩、二歩と距離を詰めてきた。
「いいのか? お前」
背中にかかる声は、いやにねっとりとしていた。
「聞かないと……後悔するぞ?」
花楓の足が止まる。
全身に冷たい汗が滲む。
「……どういうこと……」
か細い声が漏れた。
その瞬間――。
強い腕が彼女の肩を抱き寄せた。
温もりとともに、耳に馴染んだ低い声が降りてくる。
「……妻に何か?」
花楓の瞳が大きく揺れる。
隣に立つのは煌牙。
その目は氷のように冷たく、眞人を射抜いていた。
「武原建設社長秘書の……池田さんですよね?」
煌牙の声は落ち着いていた。だがそこに含まれた威圧感は、鋭く張り詰めていた。
眞人は一瞬だけ怯んだように目を見開いたが、すぐに仮面のような笑みを浮かべた。
「これはこれは、鷹峰社長。いつもお世話になっております」
深々と頭を下げる仕草。だがその口元の笑みは、明らかに嘲笑を含んでいた。
「いえ……彼女が偶然、私の昔の彼女でしてね。つい懐かしくて声をかけただけです。失礼いたしました」
丁寧な言葉とは裏腹に、その視線は卑しく花楓をなぞった。
背筋に冷たいものが走り、花楓は無意識に煌牙の胸へと身体を寄せる。
煌牙は彼女を守るように抱き寄せ、目だけで眞人を睨み据える。
言葉はなかった。
ただ、その沈黙に込められた圧は、どんな刃よりも鋭かった。




