30
煌牙は、母・綾子、姉・彩織、兄嫁・麗香の女性陣に半ば強引に連れ出され、ホテル内にある老舗のブライダルサロンにいた。
目的は――花楓のパーティードレス選び。
「夫が褒めなきゃ意味ないのよ」と言われて、仕方なく付き添ったが――。
控室のカーテンが開く音がした。
「……お待たせしました」
花楓が一歩、姿を現した瞬間、呼吸が止まった。
青の刺繍が映えるドレス。
裾は光を含んで揺れ、背中は大胆に開いている。
細い肩から白い肌が覗くたび、喉が鳴るのを必死に抑えた。
「すごい!似合ってる!」
「後ろ姿まで完璧ね」
「やっぱり青が一番!」
女性陣は歓声を上げ、はしゃいでいる。
俺は――思わず口走っていた。
「……背中、見えすぎじゃないか」
一斉に非難の視線が突き刺さる。
「なに言ってるの!」
「褒めるところでしょ!」
「素直になさい!」
母さんと姉貴、麗香さんの声に、思わず顔を逸らした。けれど胸の奥で溢れ出すものを抑えきれない。
「……綺麗すぎて……誰にも見せたくない」
低く、震える声。
控室は一瞬静まり返り、次の瞬間――
「きゃあぁぁ!」
「煌牙が言った!」
「顔が真っ赤!」
女たちの歓声で部屋が揺れる。
花楓は真っ赤になり、両手で顔を覆って俯いた。
俺は耳まで熱くなり、必死に視線を泳がせる。
「……くそっ」
小さく吐き捨てたが、笑い声は止まらない。
さらに追い討ちのように、夕樹兄さんがひょっこり顔を出す。
「……あぁ、可愛いじゃないか」
さらりと告げて肩を竦める。
父さんまで現れ、母さんを見て穏やかに笑った。
「今日も綺麗だよ、綾子さん」
母さんは嬉しそうに頬を染め、すぐに俺を指差す。
「ほら、見習いなさい!」
……敵わない。
それでも花楓の姿に胸の奥が熱くて、苦しくて、言葉が出なかった。俯いて小さく笑った花楓の横顔だけが、目に焼き付いて離れなかった。
帰りの車の中は、妙に静かだった。
助手席の花楓は窓の外を見つめたまま、頬を抑えたり眉間に皺を寄せてみたりころころと変わる表情が可愛い。
あのドレス姿を思い出すだけで、胸が熱くなる。
……綺麗すぎて、正直、息が詰まりそうだった。
やがて車が赤信号で止まった。
街灯の光が車内に差し込み、彼女の横顔を柔らかく照らす。
抑えきれない衝動に、俺はハンドルから手を放し、花楓の顎をそっと指先で上げた。
「……っ」
驚いたように見上げてくる瞳。
「……綺麗すぎて」
低く囁き、視線を逸らさずに続けた。
「俺だけが、見ていたい」
言葉と同時に唇を重ねる。
花楓は一瞬戸惑ったように身じろぎしたが、逃げることはなかった。
むしろ、かすかに震える指先がシートの端を掴み、ぎゅっと握りしめていた。
赤信号が青に変わるまでの短い時間。
それは一瞬にして永遠のように甘く、胸を焼き尽くすほど強い口づけだった。
名残惜しく唇を離すと、花楓は真っ赤になり、視線を逸らしたまま小さく息を整えている。
俺は再びハンドルを握りながら、低く呟いた。
「…その顔はもう俺以外には見せないで」
花楓の肩が震え、こくりと小さく頷いた。




