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夜、鷹峰本家が運営する総合病院。
応接室の扉を開けると、叔父・朱紀、叔母・京子、そして従妹の弥生が待っていた。
「丁度良かったわ」
京子がすぐに口を開く。
「私も話があったの。……あんな品のないカフェの女主人とは手を切りなさい。鷹峰の名が落ちるわ」
煌牙は表情を動かさず、黙って席に着いた。
京子は畳みかけるように続ける。
「弥生と婚約すればいいじゃない。あなた達、昔から仲が良かったでしょう?」
その言葉に弥生が深いため息をついた。
「……話があるって言うから何かと思えば……。煌牙はこの前、結婚したばかりでしょ? やめてよ、お母さん」
「弥生……!」
京子の声が尖る。だが弥生は怯まず、毅然と続けた。
「昔からそう。お母さんはプライドばかり高い。
朝紀叔父さんも、父さんも、それぞれ自由に道を選んで、その結果が家を大きくしたの。
私は父さんの跡を継いで医者になった。……結婚は諦めたわ」
重苦しい空気が漂う中、朱紀が深く頭を下げた。
「……煌牙。すまなかった。今後、京子は鷹峰グループの場には連れて行かない。縁を切られるのは……仕方ない」
沈黙の後、朱紀は真摯な目を向ける。
「だが……弥生とは仲良くしてあげてくれ。従兄妹として、それだけは頼む」
煌牙はしばらく黙した後、静かに頷いた。
「……わかっています」
その一言に、京子の顔がさらに強張る。
もう、彼女の言葉に耳を傾ける必要はなかった。
「どうしてよ!」
それでも我慢できず京子の声が甲高く響いた。
「二人とも変よ! あんな野良猫みたいな娘より、うちのほうが上なのよ? ……そうだわ」
口元に不敵な笑みを浮かべ、続けた。
「愛人として側に置けばいいじゃない」
その瞬間、応接室の空気が凍り付いた。
「京子!!」
朱紀の怒声が響く。
「やめなさい」
彼は立ち上がり、京子を鋭く睨みつけた。
「……君が綾子さんに対して対抗意識を持っていたのは分かっていた。だが――やり過ぎだ」
京子は動揺しながらも反論しようとする。
だが朱紀の言葉は止まらない。
「朝紀を“成り上がり”と呼んだことも、忘れてはいない。
……それに――夕樹の時もそうだった。あの子の気持ちを無視して、病院関係のお嬢さんとの見合いを強行したな」
京子の顔から血の気が引いていく。
「もういい」
朱紀の声は低く、揺るぎなかった。
「君とは……離婚しようと思う」
応接室に沈黙が落ちた。
京子は信じられないという顔で朱紀を見つめ、弥生は目を伏せて静かに息をついた。
煌牙は黙したまま、その場の緊張を全て受け止めていた。
重い空気の応接室を出て、長い廊下を抜ける。
煌牙が病院の玄関に差しかかったとき、足音が後ろから追いかけてきた。
「……煌牙」
振り向けば、弥生が立っていた。
白衣を脱ぎ、肩に軽く掛けただけの姿で、どこか疲れた笑みを浮かべている。
「いつかこうなるとは思ってたけどね」
小さく肩を竦めて言った。
「ごめんね、煌牙」
「……大丈夫か?」
従兄弟として、その言葉は自然に出ていた。
弥生はすぐに頷く。
「平気、平気。お母さんのあの性格は、あのくらいされても治らないわ。お父さんも……ずっと限界だったの」
ふっと吐息のように笑い、真っ直ぐに煌牙を見上げる。
「……落ち着いたら、煌牙の奥さんに会わせてね」
瞳にかすかな悔いを滲ませながら続けた。
「ちゃんと謝りたいの。……お母さんのことで」
煌牙は短く頷いた。
「……あぁ。きっと、喜ぶ」
夜風が静かに二人の間を抜けていった。
弥生はもう一度微笑み、背筋を伸ばすと、医師としての顔に戻って病院の奥へと歩き去っていった。




