26
重なった唇が離れ、沈黙が落ちる。
互いに視線を外せず、でも言葉も見つからない。
頬は熱く、胸は張り裂けそうに苦しい。
その空気に耐えきれなくなったのは、花楓の方だった。
「……あ、あの……」
小さく息を呑み、潤んだ瞳を逸らす。
「わ、私……シャワー……浴びてきます……っ」
言い終えるが早いか、逃げるように……浴室の扉を閉める音が、静かに響いた。
煌牙はその背中を追わず玄関に…
握りしめた拳にまだ彼女の温もりが残っている。
(……逃げたな)
苦笑が漏れる。
だが同時に、胸の奥に熱が広がる。
浴室から微かに水音が聞こえる。
煌牙は額を押さえ、深い溜息をついた。
(……俺も、落ち着けるわけがないだろう)
ーーーシャワーの音が細く響く浴室。
花楓は湯気に包まれながら、壁に背を預けてしゃがみ込んでいた。
「……ど、どうしよう……」
熱いお湯を浴びても、頬の赤みはまったく引かない。
むしろさっきの言葉が何度も何度も蘇ってくる。
――俺は、最初から君が好きだった。
――私も……好きになっちゃった。
「ひゃぁ……っ」
耳まで真っ赤になり、タオルで顔を覆う。
(ど、どうしよう……!どうしよう、どうしよう……っ)
鏡に映る自分をちらりと見ては、両手で顔を押さえ、ぶんぶん首を振る。
にやけそうになって慌てて口を引き結び、でも次の瞬間また頬が緩む。
「はぁぁぁ……やだもう、どうしよう……」
心臓は速く、全身がくすぐったいように熱い。
まるで初恋をした少女のように、浴室の中で花楓は百面相を繰り返し続けた。
一方リビングに移動した煌牙は、ソファに深く腰を下ろしたまま天井を仰いでいた。
先ほどの光景が、鮮明すぎるほど頭から離れない。
「……………………やばい」
低く唸るように呟く。
心臓はまだ激しく脈打ち、握りしめた拳に汗が滲む。
(……俺、あんな顔して告白して……抱きしめて……)
思い出しただけで喉が渇く。
花楓の赤く染まった頬、潤んだ瞳、震えながら絞り出した「好きになっちゃった」という声。
全部が焼き付いて、消えてくれない。
「……くそっ」
後頭部に手を当て、髪を乱す。
(冷静になれ……今すぐ抱きしめに行きたいなんて……いや、駄目だ。あいつは今頃浴室で――)
想像した瞬間、理性が軋む。
煌牙は頭を抱え、ソファに突っ伏した。
「………………やばい。本当にやばい」
浴室から響く微かな水音さえ、彼の心をかき乱していた。
リビングのソファに沈み込み、髪をかき乱す。
理性を保とうとしても、花楓の顔が頭から離れない。
「……っ、駄目だ」
思わずスマホを取り出し、通話履歴を開く。
タップした先は――弟、昴流。
数回の呼び出し音の後、気怠そうな声が響いた。
『……兄さん? 何?』
煌牙は一瞬ためらったが、結局ぼそりと吐き出した。
「……俺……どうすればいいんだ」
自分が花楓に気持ちを伝えた事を白状する。
沈黙。
数秒の後、昴流の声が低く落ちる。
『……………………………滅びろ、リア充』
「は?」
『餓鬼かよ。勝手に悩んでろ』
そのまま、プツンと通話が切れた。
煌牙はしばし呆然とスマホを見つめ、次いで額を押さえた。
「……っ、マジかよ……」
部屋の静寂に、自分の荒い息と心臓の鼓動だけが響いていた。




