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月猫庵の花嫁様 〜俺様社長に嫁入り!?〜  作者: 愛龍


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浴室の扉が開き、湯上がりの花楓がリビングに戻ってきた。


髪はまだ少し濡れていて、パジャマ姿のままタオルで拭いている。頬はほんのり上気し、柔らかな石鹸の香りが漂った。


「……お待たせしました」

彼女は遠慮がちに微笑み、ソファに座る煌牙を見つめる。


煌牙は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

彼女が言いかけて止めた、その続きを――どうしても聞きたい。


だが、もしも。

その先にあるのが“彼といるのは契約だから”や“好きじゃない”だったなら…


その答えを受け止められる自信はなかった。


(……聞けない)


大勢の役員を前にしても、取引先から交渉の席でどんな圧力をかけられても怯まない。


けれど、たったひとりの女性の心の内を問うことが、これほどまでに恐ろしいとは。


「……大丈夫か?」

ようやく口から出たのは、当たり障りのない問いだった。


花楓は小さく頷き、濡れた髪をタオルで押さえながら笑みを浮かべた。

「はい。少しすっきりしました」


その笑顔を見て、煌牙は胸の奥が切なく軋むのを感じた。

(……俺はあと残りの時間がすぎた後、彼女を手放す自信がない…)


入れ替わりで浴室に入った煌牙…


熱い湯がシャワーヘッドから流れ落ちる。

煌牙は壁に手をつき、俯いたまま肩で息をしていた。


(……かっこ悪い)


あれほど堂々と花楓を守ると誓ったのに。


たった一人の女性の心に踏み込むことができない。


(……情けない)


胸が苦しい。

花楓の言葉が頭から離れない。

その続きを知りたいのに、聞けない。


煌牙は湯に濡れた髪を掴み、唇を噛んだ。


(俺は……どれだけ強がっても、あいつの一言で崩れる)


湯が肌を叩き、流れていく。

だが心の奥に絡みついた焦燥と恐怖は、簡単には洗い流せなかった。


それでも、彼女を手放すつもりなどない。

――契約ではなく、妻として。

必ず、自分の隣に残す。


煌牙は目を閉じ、荒く乱れる心を湯気に溶かすように、深く息を吐いた。


シャワーを終え、髪をタオルで拭きながらリビングへ戻る。


そこにいたのは、湯上がりの花楓。

ソファに座り、コーヒーカップを両手で抱えながら、小さく微笑んでいた。


「……コーヒーでいいですか?」

いそいそと席を立つその声はいつもと同じ、優しい響きだった。


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

(……どうして、そんな顔をするんだ。……君は俺の心臓をこんなにも乱す)


けれどその笑顔から目を離すこともできなかった。


一方で花楓も、心の中で呟いた。

(煌牙さんの顔見るの照れる…

でもこれは契約。私が好きだと思っても、彼にとっては重荷になるだけ……)


微笑むしかなかった。

好きだと伝えたいのに、契約がその言葉を喉で塞ぐ。


交わることのない二つの想い。

けれど確かに、同じ夜、同じ場所で高鳴っていた。


――ただ「好きだ」とひとこと言えたなら。

それだけで、この胸を締め付ける痛みは解けるのに。


静かなリビングに、二人の沈黙が重なっていった。



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