表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月猫庵の花嫁様 〜俺様社長に嫁入り!?〜  作者: 愛龍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/46

19

昴流と別れたあと、片付けのためにカウンターに立った。

食器を磨きながら、花楓の胸は落ち着かない鼓動を刻んでいた。


(……昴流くんに言われて気づいた。私……)


視線の端に浮かぶのは、煌牙の姿。

不器用で、強引で、でもいつも自分を守ってくれた。

その背中を思い浮かべるだけで、胸がじんわりと熱を帯びる。


(……私、好きなんだ。煌牙さんのこと……)


けれど、同時に冷たい現実が心に突き刺さる。


――契約。

彼は言っていた。

お見合いが煩わしい、仕事に集中したい。

そのために“花嫁”という役割が必要だったのだ、と。


(私は……そのための妻。契約の、花嫁)


気づいた気持ちを抱えたまま、言葉にはできない。

彼が本気で愛してくれるはずがない、と心の奥で自分に言い聞かせる。


磨いたグラスに映る自分の顔は、笑おうとしてもどこかぎこちなく歪んでいた。


(……この想いを、知られちゃいけない)


その胸の奥で揺れる切なさを隠しながら、花楓はそっとグラスを棚に戻した。


カウンターの奥で、そっと手を止める。


(……私だって、わかってたはずなのに)


(好きになっちゃいけないのに)


契約結婚――それは自分のためでもあった。

月猫庵を守りたい一心で、彼の申し出に頷いたのだ。


(私も……ここを守るために選んだ契約結婚だった)


そのはずだったのに、今の自分は何をしているのだろう。

彼の声ひとつ、仕草ひとつに、こんなにも心が揺れる。


(今さら……好きなんて、都合が良すぎるよね……)


グラスの透明な表面に映る自分の顔が、滲んで見える。

唇を噛んで、無理やり笑顔をつくる。

契約の枠を、自分から越えてしまえば、すべてが壊れてしまう。


そのとき。

カラカラと引き戸を開ける音がした。


閉店後の静寂を破る足音に、花楓は慌てて袖で目元を拭った。


「……花楓」


低く落ち着いた声。

振り返れば、煌牙がそこに立っていた。

背広姿で彼女を見つめている。


「……煌牙さん」

かすれる声で呼ぶと、彼は迷わず歩み寄ってきた。


赤く縁取られた瞳に気づき、眉を寄せる。

「……どうした? 泣いてたのか」


大きな掌が、ためらいなく頬に触れる。

その温かさに、花楓の心臓は跳ね上がった。


「い、いえ……大丈夫です」

慌てて首を振るが、声は震えていた。


「……大丈夫に見えない」

低い声で、彼はじっと見つめる。


花楓は視線を逸らし、唇を噛む。

「ほんとに……大丈夫だから。目にゴミが入って痛くて」


けれど頬を撫でる手の温かさに、心の奥の堰が揺らぐ。もうすぐ零れてしまいそうな涙を、必死に堪えながら声を絞った。


煌牙の指先が花楓の頬から離れ、代わりにその瞳をまっすぐに見つめた。


沈黙の中、低く掠れた声が落ちる。


「……抱きしめてもいいか?」


唐突な言葉に、花楓は息を呑む。

「えっ………」


答えを探す間もなく、煌牙の大きな腕がゆっくりと彼女を包み込んだ。

その胸に押し寄せる温もりは、驚くほど優しくて強い。


「……泣く時は、側にいてやるから」

耳元に響く声は、穏やかで揺るぎない。

「一人で泣くな」


花楓の胸の奥で、張りつめていた糸がぷつりと切れた。

「……っ」

抑えていた涙が頬を伝い、煌牙の胸を濡らす。


その言葉に、花楓はもう抗えなかった。

胸の奥に隠していた想いも、不安も、すべて彼の温もりに溶けていくようだった。


夜の月猫庵。

静かな店内に、花楓の小さな嗚咽と、煌牙の優しい囁きだけが響いていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ