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世界にも名を知られる鷹峰インターナショナルホテルズ、そして京都の旗艦ホテル「翠嵐鷹峰」を運営する社長―鷹峰煌牙
父・朝紀は医者の家の次男として生まれ、兄に跡を譲り、己の道を選んだ男だ。
経営を学び、一代でホテル王と呼ばれる帝国を築いた。
「自分は自分」―父が叩き込んだその思想は、鷹峰家の血に深く刻まれている。
母・綾子は元秘書。
今も会長秘書として父の傍らにあり続け、柔らかく微笑みながら、近づこうとする女たちを容赦なく遠ざけてきた。父にとって母は、ただの妻ではない。帝国を守る最後の盾だ。
長兄・夕樹は次期会長。
穏やかで落ち着いたその背を、俺は陰で支えてきた。
兄の妻・麗香は老舗旅館「如月」の娘で、姉の彩織と気が合う。
二人並べば必ず俺を肴に笑い合い、「煌牙は独身でいい」と冗談を飛ばす。悪意はなくとも、鬱陶しい。
姉の彩織は聡明で、母譲りの笑顔で人を転がす。今は父の補佐として海外営業部長をしている。
敵に回せば厄介、味方にすれば心強い。
末弟・昴流は高校二年。
古民家や伝統を好み、研究者を志す天才肌だ。
こいつの目だけは誤魔化せない。
俺は次男。
後継者ではない。
だからこそ、兄を支え、結果を出し続けることで、自分の存在を証明してきた。
だが、家族の温かさの裏で、会社は冷たい。
鷹峰インターナショナルホテルズ
―Hawkcrest Hotels。
世界に誇るブランドとなった今、その名は権力と利権を呼び寄せる。
役員たちは口々に言う。
「社長夫人にふさわしい令嬢を」
「武田財閥のお嬢様が」
「雪代家の娘が」
俺の結婚を、株券や外交の道具に変えようとする。
……くだらない。
父も、母も、兄も、誰ひとり世間体で結婚を決めた者はいない。
ならば俺も、俺のやり方で選ぶ。
まだ二十八歳。
仕事は山積みで、結婚を玩具のように押し付けられる筋合いはない。
それでも――
俺が「妻」と呼ぶ女は、必ず俺が選ぶ。
そして言わせてみせる。
――“愛してる”と。
月に二度、鷹峰家では「家族会議」と称した朝食会が開かれる。
ホテル経営に関わる実務的な話と、家族の近況を兼ねたもの…
それぞれが独立し、忙しく動いているからこそ、こうして顔を合わせるのは貴重な時間でもある。
だが―今日の議題は、どうやら俺の結婚らしい。
「役員たちに言われてね。面倒くさいね、煌牙」
父・朝紀が苦笑いを浮かべる。
「はぁ……好きにさせてあげてよ」
兄・夕樹がため息をつき、隣に座る妻へ視線を送る。
「僕が麗香と結婚したのは、麗香が如月の娘なだけじゃないんだけど……ね、麗香」
にやりとウィンクを寄越す。
兄嫁・麗香は微笑みながらも、頬を少し染めて視線を逸らした。こういう時の兄は実に堂々としていて、俺には真似できない。
「今風に言えば……うぜぇ、ですね」
末弟・昴流がパンをかじりながら軽口を叩く。
母・綾子はそんな空気を楽しむように笑い、俺へと向き直った。
「煌牙。誰かいい人、いないの?」
姉・彩織もすかさず乗っかる。
「いいんじゃない? 一生独身でも。覇王と結婚してくれる奇特なお嬢様なんて、なかなかいないわよ」
「それもそうね」
母があっさり同意して、テーブルには笑い声が広がった。
……くだらない。
俺は黙々と皿にナイフを入れ、無言で食事を続ける。
笑顔で冗談を言い合う家族たち。
その輪の中にいながら、俺の胸の奥には重く冷たい苛立ちが沈んでいた。
(俺の結婚を、話の種にするな……)
京都・嵐山。
桂川にかかる橋の向こうに、ひときわ目を引く建築がある。
竹林の青に溶け込むように佇む、鷹峰グループ京都旗艦ホテル―翠嵐鷹峰。
「翠嵐の風に抱かれる場所」
その名の通り、館内には四季折々の自然が取り込まれ、和と洋の美が溶け合っていた。
石畳を進めば、白砂と苔むした庭が広がり、川音がほのかに響いてくる。
ロビーの香は沈香。外国からの宿泊客が息を呑み、スタッフは一礼して迎える。
その奥、重厚な執務室…
大窓から差し込む光に背を向け、鷹峰煌牙は書類に目を走らせていた。
「社長、本日の会議は十時からでございます」
秘書木﨑(きざき)の声に頷きながら、煌牙は視線を外さない。
この翠嵐鷹峰は、父が築き上げた帝国の象徴であり、同時に今の自分が背負う重責そのもの。
庭に立つ一輪の花にまで神経を使う。
この場所を守ることが、鷹峰家の名を守ることだと知っているからだ。
ノックの音。
役員の一人が、控えめに入室してくる。
「……お疲れ様です、社長。実は……」
差し出されたのは新規事業の提案書。
だが、その裏には必ず一言添えられる。
「田川家のお嬢様が、ぜひお会いしたいと……」
まただ。
煌牙は心の中で舌打ちを飲み込み、表情を崩さず書類を受け取る。
(俺はまだ二十八だ。仕事は山積みだ。結婚話を押しつけてくるな……)
磨き上げられた窓ガラスの向こうに、竹林が揺れる。
その青の向こうに、ふと―一軒の古民家が思い浮かんだ。
(……月猫庵)




