16
庭園が広がる白亜の洋館。
その門の前で緊張し過ぎて白い肌をさらに白くさせた花楓が小さく呟いた。
「……やっぱり、反対されるよ」
その声音には、不安と覚悟が滲んでいる。
煌牙は隣でネクタイを締めながら、彼女の横顔をじっと見つめた。
(反対されたら……そこで終わりのはずなのに)
胸の奥が微かにざわめく。
花楓の表情の不安に揺れる姿が「認められたい」という願いだと期待する自分。
(……この顔は困る。
反対されても終わりにできない。
―けれど、期待はできそうだ)
煌牙は一つ息を吐き、花楓の肩に手を置いた。
その瞳に決意の光を宿しながら、静かに扉の外を見据える。
―これから出会うのは、ホテル王の家族。
この日が、二人の未来を大きく動かす始まりとなる。
きれいに整えられた洋館の玄関を、花楓は煌牙と並んでくぐった。
磨き込まれた床に、朝の光が反射して眩しい。
胸の鼓動は早鐘のように高鳴り、思わず息を呑む。
だが、次の瞬間――
「わぁ……! かわいい!」
「本当に来てくれたのね!」
「妹ができたみたいでうれしい!」
出迎えたのは、煌牙の姉・彩織、兄嫁・麗香、そして母・綾子。
三人の女性陣は待ち構えていたかのように、花楓を取り囲んだ。
手を取り、顔を覗き込み、楽しげに声を弾ませる。
「目がグリーンなのね。お祖母様譲り?」と花楓の手を取る綾子。
「こんな可愛い妹ができて嬉しいわ。ねぇ、麗香さん」
と彩織が麗香ときゃっきゃとはしゃぐ。
「ええ、本当に」
緊張で強張っていた花楓の頬に、自然と赤みが差していく。
その温かさに、胸の奥がじんわりとほどけていった。
(……反対、されないの……?)
思わず煌牙を振り返る。
彼は少し驚いたように目を細め、そして小さく頷いた。
女性陣に囲まれて戸惑いながらも、温かな歓迎に少しずつ緊張がほぐれていく花楓。
そのとき、奥の廊下から二人の足音が響いた。
「やあ……君が、煌牙の妻だね?」
穏やかな微笑みを浮かべて現れたのは、長兄・夕樹だった。
後継者としての落ち着きを纏いながらも、どこか柔らかい空気を持つ男。
麗香が寄り添い、その姿は絵に描いたような夫婦そのものだった。
花楓は慌てて頭を下げる。
「は、初めまして……月代花楓と申します」
夕樹はその姿に目を細め、軽くウィンクを送った。
「ようこそ。麗香も喜んでる。家族が増えるのはいいことだからね」
「はい。お会いできて嬉しいです」
麗香も穏やかに続き、花楓の緊張をさらに和らげた。
そして――その後ろから、少し背の高い少年が顔を覗かせる。
制服姿の末弟・昴流。
「おはようございます。花楓さん」
昴流が軽い笑みを浮かべながら近づいてきた。
「……いや、姉さんと呼んだほうがいいかな?」
「えっ……」
花楓は驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと笑顔になった。
「昴流くん……昴流くんが弟なんて、嘘みたい。……嬉しい」
自然と手が伸び、彼の頭をやさしく撫でる。
その仕草は、花楓にとっては当たり前の優しさ。
昴流は少し目を細め、その手を受け入れながら心の中で思った。
(やっぱり…兄さんにはもったいない人だ)
「じゃあ決まりですね。今日からは“姉さん”です」
昴流は柔らかく笑った。
そのやり取りを見ていた煌牙の眉が、ほんの僅かに動く。
(……こいつ、さっそく距離を縮めやがって)
けれど花楓が心から嬉しそうに笑っているのを見て、文句は飲み込まざるを得なかった。
応接間の奥、重厚な椅子に腰掛けていたのは、鷹峰グループ会長・朝紀だった。
長年の経営で磨かれた眼差しは鋭く、その存在感だけで空気を支配する。
花楓は思わず背筋を正し、深く頭を下げた。
「は、初めまして……月代花楓と申します」
緊張に震える声。
女性陣や兄弟に迎え入れられても、やはり“ホテル王”と呼ばれる人物の前では足がすくむ。
しかし、次に響いたのは意外すぎる言葉だった。
「……………………可愛い」
沈黙のあと、ぽつりと洩れた声。
そして―朝紀は両手で顔を覆った。
「娘が……増えた」
その姿に場の空気が一変する。
母・綾子は苦笑し、姉の彩織と麗香は思わず吹き出した。
「朝紀さんったら……」
「本当に嬉しそう」
花楓は頬を真っ赤に染め、ただ俯くしかなかった。
煌牙は隣で深く溜息をつき、額に手を当てる。
(……手放しで喜ぶとは思ったが……やっぱりそうなるか)
けれどその瞳の奥には、安堵の光が確かに宿っていた




