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プロローグとエピローグだけの青春ニューゲーム

作者: 瀬田一

 プロローグ


 目が覚めると知らない天井だった。


 ここはどこだ?


 体としてはまだ眠りから完全に覚醒している状態とは言えないが、状況を早急に把握しなければならない、と感覚的な警報が鳴っている。


 ベッドから身を起こして周囲を確認する。部屋には勉強机や本棚、タンスなどがあり、一般的な家庭の一室であるが、自分の家ではない。


 俺は昨日、仕事が終わってからご飯を食べ、風呂に入り、ユーチューブを見て寝たはず。それなのになぜ、他人の家にいるんだ?


 誘拐された?


 背中を流れる冷や汗と緊張で早まる心臓は止まらない。


 そして俺の焦りを加速させる、それでいて緊張感に欠ける間延びした声がドアの向こうから聞こえた。


 「春樹~、起きなさい。入学初日から遅刻する気~?」


 声の主は女性で、若くはないと思う。40代くらいか?


 春樹って誰だ? ここにはもう1人誰かいるのか?


 「開けるわよ」


 扉からは妙齢のふくよかな女性が現れた。


 「何だ、起きてるじゃない。朝ごはんできてるから早く降りてきなさい」


 それだけ言って女性は部屋から出た。


 今ので「春樹」と呼ばれた人物は自分ということになる。


 ベッドから出て立ち上がり、窓の外を見ると景色から2階にいることが分かった。そしてガラスに映る顔は自分ではなかった。幼い、何なら顔立ちが全く違う。


 次から次へと困惑する事実が出てくるがわかったこともある。


 あの女性の話し方からして誘拐ではないだろう。「お母さん」って感じがしたけど俺の母親はもっと年上だ。


 今、俺はあの女性の子どもの「春樹」という人物で、入学初日という言葉から新入生であることがわかる。


 よかった、誘拐ではなさそうだ。いや、良くないだろう。意味の分からない状況だ。


 「早く降りてきなさい。高校遅刻するわよ」


 あれこれ考えるとまた注意された。とりあえず下に降りよう。


 1階にはさっきの女性・母さんと同じくらいの年齢の男性、つまりは父さんがいた。


「大丈夫なのか? こんなにゆっくりしてて」


 父さんに声を掛けられた。


「うん、大丈夫」


 春樹という人物が普段どんな感じで話しているのかわからないが、この答え方なら不信感は抱かれないだろう。


 さて、ここで何か会話をして自分の情報を集めたい。そもそもどこの高校に今日から入学するのだろうか。


「通学用の定期ってどこに置いたっけ?」


 最寄り駅がわかれば同じ制服の学生についていけば学校に辿り着く。


「あんた、バカァ? 昨日忘れないようにってカバンの中にしまってたじゃない」


 母親がこれやってるのなんかきついわ。天然かもしれないけど。


「そうだっけ? 見てみる」


 朝ごはんを食べてからカバンの中を探り、定期を見つける。現在地と最寄り駅までの経路を調べると家から20分ほどで着くから遠くはない。


 高校も駅の近くには1つしかないから間違えようがない。


 身支度を整えていると、家を出るの丁度いい時間になった。


 玄関で靴を履いていると母親が出てきた。


「気をつけてね。忘れ物ない?」


「大丈夫。行ってきます」


「いってらっしゃい」


 その言葉を背に受けて家を出た。


 「いってらっしゃい」なんて言われたのは何年ぶりだろうか。


◆◆◆


 外に出て振り返っても全く見覚えのない家である。表札には「鈴木」と書かれている。


「マジで心当たりがない家と町だ」


 地図アプリを頼りに最寄り駅まで歩き、電車に乗る。


 流れる景色をぼーっと見つめながら今の状況を考える。


 俺はある朝起きたら男子高校生になっていた。まず起こるはずがないことだが考えられる仮説を立てていく。


①異世界転生

 昨日までは普通に働いて家に帰ったはずだから、トラックにはねられて死んではいない。                   それにここはどう考えても現代日本だ。ありえない。


②薬で若返る

 社畜探偵だった俺がある謎の組織の取引現場を見てしまい、後ろから薬を飲まされて若返った。さっきと同じで昨日は普通に帰って、普通に寝た。ありえない。


③入れ替わり

 今日から高校1年生の鈴木春樹という人物が俺になっている。現実的ではないが、確かめる術もない。もしそうだとしたらいきなり社会人を押し付けられた鈴木春樹はかわいそうだ。


 車内のアナウンスが最寄り駅に到着したことを告げる。


 あれこれ考えたが、何もわからなかった。ただ、1つだけ言えることは、今の状況は別に俺にとって不都合なことはない。今日から高校生活を送ればいいだけだ。そう考えればむしろ楽しみなくらいだ。


 俺の高校生活は地味だった。アニメや漫画に没頭し、現実の女子に興味がないような()()()()()()だった。そのおかげで彼女はおろか友達も皆無。


 大学生活では心機一転して奮闘したおかげで並のキャンパスライフは過ごせたと思うが、高校生活の眩しさを捨ててしまった後悔はある。


 何の因果でこんなことになっているのかわからないが、俺は生まれ変わったんだ。


 今日から俺は陽キャになる!


◆◆◆


 改札を出て同じ制服を着た学生の流れに従っていると、声が聞こえた。


「おはよ」


 朝にピッタリな澄んでいて、気軽さがある声だった。


 どうやら、入学式前でも人間関係が構築されている人もいるようだ。SNSでやり取りして事前に仲良くなっているのかもしれない。


「おはよう」


 さっきと同じ声が聞こえる。不可解に思って後ろを振り向くと、大きく丸い琥珀色の目をした女子高生と視線が合う。


「ようやく気付いた。おはよう、鈴木」


 ため息混じりに再度挨拶をされた。


「おはよう」


 誰だかわからないが、声を掛けられたのは自分だろうから返しておく。自分が高校生になったのは理解したものの、女子高生と話すのは違和感しかない。


 鈴木春樹の知り合いなんだろう。どんな関係性でどんな話をすればいいのかさっぱりわからないから相手の出方を伺うか。


「緊張してる? 表情ガチガチだよ」


 緊張しているに決まっている。さっきまで「陽キャになってやる!」って息巻いていたものの、いきなり高校生になって最初に話しかけられたのが女子ならテンパるに決まっている。


「うん」


「だよね。でも私は鈴木を見つけて少し安心したよ。新しい環境で知り合いがいるだけで心強い」


 相手は俺を知っているのに俺は相手を知らない状況に少しも安心できない。名前すらわからない。


 それは当然か、鈴木春樹のことですら名前しかわかっていないんだから。でもこの子は鈴木春樹のことを知っている。


「確かに。同じクラスだったらいいね。

 部活はもう決めた?」


「中学と同じでテニス部。高校ではもっと頑張るよ!」


 栗色のショートカットを揺らし、テニスのフォームを再現しながら言った。


「鈴木は高校でもサッカー続けるの?」


 新情報来た。俺がサッカー部に入れば、知り合いには不自然に見えないってことだ。でも鈴木春樹がサッカーできたとしても、俺ができるとは限らない。鈴木春樹と知識や記憶は共有していないから経験や技術も共有していないだろう。


「うーん、わからない。サッカー部に入るのもいいけど、他のこともやってみたいかも」


「……」


 その子は大きく丸い目をさらに大きくして黙った。


 何か鈴木春樹に沿わないまずいことを言ってしまったのだろうか。


「どうした?」


「どうしたも何も! あのサッカー馬鹿だった鈴木がサッカー以外のことをやるの⁉」


 朝とは思えない大きな声が出て周りが振り向いた。


 そこまで鈴木春樹はサッカーに打ち込んでいたのか。


「いや…そこまでじゃないよ?」


 サッカー以外がやりにくい状況にしないために少し否定してみる。


「いやいやいやいや。鈴木、言ってたじゃん。フォワードが300人集まるセレクションで1位になって世界一のストライカーなるって」


 新情報、鈴木春樹はバカだ。


「ちなみに何をやるかは決まってるの?」


「まだ何をやるかは決まってない」


「ふーん。でも良かった」


「何が?」


 サッカー以外のことをやるかもと言ってあんだけ驚いていていたなら、この子は鈴木春樹のサッカーを応援しているんじゃないのか。


「だって鈴木、サッカー下手くそだったから」


「そ、そうだっけ?」


 まじかよ。そこまで打ち込んでて下手なのかよ。鈴木春樹の不憫さには同情するが、好都合だ。授業でサッカーをやって下手でも不自然にならないからな。


「場路くんに練習中よく言われてたじゃん。どけ、下手くそって。

 でも、鈴木が潔くやめてくれてよかったよ」


「ははは。そういうことも言われてたね」


◆◆◆


「新入生の方、1年生の教室は1階です! 自分のクラスを確認して教室で待機してください!」


 続々と登校する新入生に上級生が呼びかけている。いよいよ高校生活が始まるという現実味が湧いてきた。


「私たちもクラス確認しに行こうか」


「そうだね」


 昇降口にクラス表が張り出されているが、人がごった返していて全く見えない。


「これって1組から順番に確認するんだよな?」


「そうだね、これは時間かかりそうだね」


 苦笑いでその子は答えた。


 効率悪すぎるだろ。メールとか郵送で知らせてほしい。


 まずは1組の表から首を伸ばして鈴木春樹の名前を探す。


 なさそうだな。


「鈴木、見える?」


 その子はぴょんぴょん跳ねながら表を覗こうとしている。身長は160cmくらいで女子として低いわけではないけど、この人混みだと流石に見えないらしい。


「見える。1組ではない」


「私の名前もあった?」


 聞かれて固まる。


 この子の名前を俺は知らない。


 今日会ったこの子の名前を僕はまだ知らない。やば、涙腺崩壊作品できちゃう。


 無駄な考え事をしている間に知り合っている人でも名前を聞くいい方法を思いついた。


「漢字ってどう書くっけ?」


「赤い坂で赤坂。月が2個と美しいで朋美。

 春休み中会ってないだけでもう忘れたの?」


「一応の確認だよ」


 50音順になっているから赤坂は上の方にあるから見つかりそう。


 対して鈴木はあったと思ったら別人でぬか喜びさせられる。


「2組を見てみよう」


「よろしく」


 視線を2組の表に移すが名前はない。


 7組まであるから最悪そこまで見なきゃいけないのか。


 これが2年生とか3年生のクラス替えだったら、友達がどのクラスなのかもわかるから面白いんだけど、誰も知らない新入生のクラス分けなんてただの苦行だ。


 3組の表を見る。


「3組に赤坂の名前あったぞ」


「ほんと⁉ あった!

 鈴木の名前もあるじゃん」


 跳ねながら俺の肩をバシバシ叩いてる。


 なんでそんなにはしゃいでるんだよ。合格発表かよ。


「だな。邪魔になるし早く行こうか」


 苗字呼びだったから赤坂のことも苗字で呼んだけど指摘されなかったから今まで通りってことだろう。


「冷めてるなー。前の鈴木なら私と同じクラスだったら狂喜乱舞してたのになー」


「そうなの?」


「中学の時はそうだったよ。私すごい恥ずかしかった」


 照れ笑いしながら頬を掻く赤坂の姿は嘘をついているようには見えなかった。


 もしかしたら鈴木春樹は赤坂のことが好きだったのかもしれない。そして赤坂も満更でもなさそう。


◆◆◆


 教室に入ると全員の視線が一気に刺さる。そしてすぐに逸れる。知らない人達で構成された部屋の緊張感がある。


 席に座り、様子をうかがう。近くの席の人に声をかけて自己紹介をしている人、スマホをいじっている人、本を読んでいる人、何もせずぼーっとしている人、大体はこんな感じだ。


 赤坂の席は左端の1番前で俺とは離れている。早速隣にいる女子と話している。コミュ力すごいな。


 周りを観察しているとそろそろ始業時刻になりそうだが、僕の隣は空席のままだ。


 まさか初日から不登校? 


 そして俺の隣は先生が来ても現れなかった。


「おはようございます。今日から皆さんの担任をさせてもらう荒川です。1年間よろ―」


 先生が話している途中、教室の扉が開いた。


「空いている席に座ってください」


「はい」


 女子生徒は冷たく言った。


 その生徒が入った瞬間教室の視線は一気に集中して吸い寄せられた。


 遅刻してきた生徒なんだから注目を集めるのは当然なんだが、みんなの視線を引きつけて離さなかった。


 それは彼女の容姿が圧倒的だからだろう。


 真っ先に目を引くのは、誰も足を踏み入れていない雪原を思わせる腰まで届きそうな長い白髪。


 前髪が覆う目は鋭く、蒼い。


 日本人離れしたその顔に誰もが言葉を詰まらせる。


 黒い革のチョーカーと手首についた黒のメタリックなブレスレットが彼女の肌の白さを引き立たせる。


 髪と同じくらい白い長い手足を前に出して歩く姿から、机と机の間を歩いているだけなのに、ランウェイが見える。


 彼女は椅子を引いて俺の隣に座った。瞬間、俺の体感温度は2℃下がった気がする。


 彼女が席に着いた後、なおも視線は注がれたまま。


「はい、それじゃあ入学式の説明を始めます」


 先生が仕切り直すように手を叩き、生徒の意識を戻した。


 退屈な先生の説明中何度も見られた。


 見られたのは隣にいる女子だが。当の本人はまるで気にしていないようで頬杖をついて虚空を見つめている。


◆◆◆


 入学式はつつがなく終わり全員が教室に戻った。ちなみに入学式の間も隣にいる美少女は注目を集めまくっていた。同級生だけでなく上級生もチラチラ見ながら小声で話していた。


 入学式後、教室では自己紹介が始まった。


 俺も自己紹介はしたが、誰も聞いてはないだろう。平凡な自己紹介に義務的な拍手が返ってきた。


 そして、誰もが待っていた人物が教壇に立ち話始める。


「鳴瀬雪葉です。よろしくお願いします」


 涼やかで小さいけど、よく通る声だった。それだけ言って、彼女―鳴瀬雪葉は席に戻った。


◆◆◆


 自己紹介後、帰りのホームルームでこの後体育館で部活動紹介があり、気になる人は見ていくように、と荒川先生が言っていた。


 先生が教室から出ると、生徒たちは各々近くの人と固まって部活や今後の学校生活について話し始めていた。


「一緒に体育館行かないか?」


 教室が次第に騒がしくなっている中、前にいる生徒から話しかけられた。


「あ、オレは島田陸。よろしく」


 俺より少しだけ背が高く、高校1年生ながら垢ぬけた印象を持つ男子は軽いノリでそう名乗った。


「鈴木春樹だ。よろしく」


「それで、もう誰かと約束してる?」


「いや、していない。むしろ1人で行くのが気まずかったから助かった」


「それじゃあ良かった。行こうぜ」


 ニっと笑い先行する背中を追いかけた。


◆◆◆


「入る部活はもう決まってるのか?」


 体育館のパイプ椅子に座った島田からの問いかけに俺は思案する。入ろうと思っている部活は決まっているけど、その部活の立ち位置にもよる。


 俺の目的は青春をやり直すこと。つまり、陽キャライフだ。それが実現できそうかを判断しなければならない。


「いくつか候補はあるけど、決め切れていはいない」


「そんなに入りたい部活がいっぱいあるのか?」


 島田は、意外な答えが返ってきたのか少し声が大きくなった。


「そういうわけではない。島田は決まっているのか?」


「帰宅部だ。あと、陸でいいぞ。オレも春樹って呼ぶ」


 迷いを感じさせない言葉で陸は断言した。


「陸はなんで帰宅部を選ぶんだ? そもそも部活動紹介に行く意味あるの?」


 いきなり下の名前で呼ぶフレンドリーさを見習いたい、と心の中で呟きながら提案に乗った。


 陸は瞑目してから答えた。


「高校生活を謳歌する方法はいくつもある。

 勉強、部活、恋愛、バイト、遊び、趣味…様々だが、すべてを高水準で実現させるのは不可能だ。

 そこでオレは春休みを使ってどう高校生活の時間を使うのが有意義かを考えたんだ」


 神妙な面持ちで陸は語っている。こいつは俺と同じことを考えている。導き出した結論が気になる。


「必要になるのは金だ。遊びに行くことにもオシャレをするのにもお金がかかる。彼女を作ってデートに行くとなったらもっと金が必要になる。部活に入ったら時間だけが溶けていく」


 なおさらなぜここに来た、と言いたい。


 部活動紹介を見るんじゃなくて、タウンワーク見たら?


「バイトはお金を稼ぎながら出会いも広げることができるし、色んな人と関わるからコミュニケーション能力を高めることができる。だが!」


 陸の言葉のボルテージは徐々に上がる。1つの曲のようにAメロ、Bメロと続きサビに差し掛かる。


「高校の部活は期間限定で、それだけでプレミアな価値がつく。その価値を切り捨てることができなかった…」


 強豪の部活だったらバイトをする余裕はないだろうが、緩い部とか同好会なら両立できるんじゃないかと思う。その分、勉強や趣味に費やす時間は減ってしまうが。


「陸は中学のとき、何か部活やってたのか?」


「バスケやってたよ」


「かっこいいじゃん。続けないの?」


「オレもバスケやってればモテるんじゃないかと思っていた時期があった。

 しかし、待ち受けていたのは厳しい現実。

 試合に出ても、活躍できる実力があるわけでもないから、引き立て役にしかなれないんだ」


 そんな悲しい話を聞いているうちに司会の放送部のアナウンスが開演の挨拶を始めた。


◆◆◆


 ステージで披露される部活動紹介はそれぞれが趣向を凝らしていて面白かった。高校生らしいノリで微笑ましくも眩しかった。


 俺の目当ての部活動も盛り上がっていて良かった。すごい白けたりしてたら陽キャライフを送れないかもしれない。


 驚いたのは途中から俺の隣に鳴瀬雪葉が座った。だが、飽きたのか、目当てを見終わったのかわからないがしばらくしたら立ち上がっていなくなっていた。


 それには陸も気づいていたようだ。


「鳴瀬さんは部活入るのかな?」


「さあ、正直入るタイプには見えない」


「同感」


◆◆◆


「陸は入りたい部活見つかった?」


「う~ん、特になかったな。可愛い女の子が多い部活だったら入りたいな。今日の部活動紹介じゃそこまではわからない」


 陸は高校生活において恋愛を重視してるのか。陸はかっこいいし、フレンドリーだから普通にしてればできそうだけど。


「男女比とか雰囲気は実際に見学しないとわからないね」


「春樹は入る部活決まったのか?」


「軽音部に入ろうと思ってる」


 前世、というか前の自分は大学で4年間ベースをやっていた。始めた時期は遅いけど、4年間コツコツ続けていたし、社会人になっても続けていたから上手くなったと思う。


「楽器弾けるの? サッカー部って言ってなかったっけ?」


「ベースを少しやってるんだ。サッカーはあんま上手くないからやらないかな」


「軽音部かー。演奏かっこよかったもんな。

 舞台に立ってる人って無条件でかっこよく見える」


 恋愛に重きを置いているなら軽音部はおすすめだ。男女でできる部活だし、楽器未経験の人も多いから初心者でも尻込みしなくていい。


「じゃあ、一緒に入るか?

 知り合いがいてくれたほうが助かる」


「いーや。楽器の素養がないオレは苦労しそうだから辞めておく」


 正論だ。誘っといてあれだけど、素人が簡単に曲を弾けるようにはならないからな。


◆◆◆


 入学式で終わった昨日が明けた。今日から通常通り授業が始まる。陽キャライフを営めるかどうかが決まる。


 そのためにまずは身だしなみ。身だしなみと言えばヘアセット。鈴木春樹の部屋にはワックスもアイロンもなかったから、ワックスだけは昨日買った。鈴木春樹の所持金が不明なためアイロンは後回し。


 髪型はアイロンがなくて束感を出しにくいからセンターパートにしよう。センターパートのほうが風吹いたときに崩れやすいというか、崩れた時がわかりやすいからやめときたいけど。


 ドライヤーで形を作り、ワックスで整える。


 悪くはないかな。


 母親には色気づいているとか言われた。こういう時の母親がチー牛を畜産するんだよな。俺からしたら母親という実感がないから気にしない。


◆◆◆


 学校の最寄り駅に着くと赤坂に会った。


「おはよう。雰囲気変わったね。高校デビューってやつ?」


「そんなところ」


「友達はできた?」


「ああ。島田陸ってやつだ」


「昨日、一緒に部活動紹介見に行ってたもんね」


「見てたのか。

 そう言えば部活動紹介に鳴瀬も少しだけいたんだけど、部活とか入る人なの?」


 入学初日で複数の女子と仲良くしていた赤坂なら知っていそうだ。


「ほう~。鈴木も学園の超絶美少女の鳴瀬さんのことが気になるんだ~?」


 こちらを試すような、からかうような声音で聞いてきた。


「ああいう子って目立ってやっかまれるから、部活みたいな集団には入らないと思っていたから不思議に思っただけだ」


「それを気になってるって言うんだよ。ま、あの子に注目していない人なんていないだろうけど。

 昨日仲良くなった人に聞いた情報、噂程度だけど同じ中学だった人はいなくて帰国子女らしいよ。親の仕事の都合で日本に来て家が近いこの高校に入ったんだって。」


「1日で随分と情報があるな。鳴瀬が誰かと話しているところなんて見なかったが?」


 俺が指摘すると赤坂はバツが悪そうに人さし指で頬を掻いた。


「鋭い指摘だねー。今のはあくまでも噂だし、女の子たちの妄想も含まれてると思うから信憑性は全然ない。

 気になるんだったら隣の席なんだし直接本人に聞いてみたら?」


「あの話しかけるなオーラを突破しろと?」


 ATフィールドが強すぎて中和できないよ。


「それはほら、鈴木の馬鹿さというか、天然さというか、真っ直ぐさを活かしていけばいいよ」


「それはデリカシーがないって言ってるんじゃないのか?」


「そうとうも言う」


 お互いが言ったことに笑いながら校門へと入った。


◆◆◆


「春樹。1日で随分女子と仲良くなったみたいだな」


 自分の席に着くと先に登校していた陸から挨拶もなく嫉妬の込められた声を浴びせられた。


「いや、赤坂は同じ中学だっただけで何もないぞ」


 本当に同じ中学だっただけで何もない。俺には同じ中学だという記憶もない。


「それに髪型! 赤坂意識してるだろ!」


 ビシっと俺の髪を指さした。


「高校デビューしようとしただけだ。モテたいという気持ちはあるが特定の人がいるわけではない」


 俺は他の同級生よりも長い時間生きているから身だしなみも含めて知識や経験にアドバンテージがあるのは当然だが、赤坂と陸に髪型を褒められて悪い気はしない。


 でも、自分の青春をやり直すためとはいえ、これまで社会人だった男がJKにモテようとするのはなんか気持ち悪い気がする。


◆◆◆


「軽音部見に行くのか?」


 放課後になり、荷物をしまっていると陸に聞かれた。


「うん。見学して良さそうだったら仮入部もする」


「俺も行っていいか?」


「いいよ。何か楽器始めるの?」


「それは無理だな。まだバイト決まってなくて暇だから行くだけ」


 入学してまだ2日なのにもうバイト探してるのか。バイタリティがすごい。


「バイトかー。俺もベース買うためにバイトしなきゃだな」


「やってたって言ってたから持ってるんじゃないの?」


 やば。鈴木春樹の家にはないから買わなきゃって思ったけど、普通は経験者だったら持ってると考えるよな。


「高校生になったから新しいのが欲しいと思ったんだよ」


「親には頼めないのか?」


 その手があったか。しばらく社会人やってたから親に頼るという手段を忘れていた。家にもよると思うが、親に欲しい物をお願いするのはバイトして稼ぐよりも一般的な手段かもしれない。


「どうだろ。それなりに値段が張るから自分で買おうと思ってる」


「真面目だな。

 おっ。なんか演奏が聞こえてきたぞ」


 軽音部の活動場所の視聴覚室まで近づいた。


 こういう時、扉を開けるのって緊張するけどここで立ち止まって他の人が来たときのほうが気まずい。


「やあ、君たち新入生かい?」


 扉を開けるとすぐに呼び止められた。


「はい」


「私は部長の山川だ。よろしく!」


「「よろしくお願いします」」


 色んな楽器が演奏されているのに聞き取りやすいハキハキした声だった。


「2人ともそこに座ってくれ」


 新入生が固められている一角があり、そこで見学するらしい。


 他の新入生と同様、練習風景を眺めていると、見ているのに飽きた陸が言った。


「みんな上手いの?」


 いきなり失礼なことを言い始めた。周りに聞こえていないか視線を動かすと、誰かに聞かれた様子はない。


「人それぞれだな」


 そうとしか言えない。高校生の演奏だからこんなものだろう、という感想だ。


 だが、これでいい。俺の目的はプロになったり、何かで結果を残すことではない。それなりの演奏でみんなと仲良くなって部活や恋愛を楽しむことが目的だ。


「私たちも演奏始めようか」


 案内してくれた部長の山川さんだ。色んな楽器が鳴り響いているのに彼女の声は届いた。


 他のバンドメンバーも準備を始める。


 山川さんはドラムスティックを叩き、演奏を始めた。


 瞬間、空気が変わる。それまで色んなバンドを見ていた新入生の視線が山川さんのバンドに集中した。


 他のバンドの演奏を喰らうような強烈な音だった。


 ギター、ベース、ボーカルの全てのレベルが他と素人目で見てもわかるくらい違う。


 そしてその格の違いを引き出しているのがドラムの山川さんだ。


 正確なリズムキープ力でバンドを支えるのがドラムだが、山川さんのドラムは支えるというより支配だ。メンバーの最後方から黒幕のように操り、それぞれの力を無理矢理引き出している。


 退屈そうにしていた陸も足でリズムを取っている。


 俺も山川先輩のドラムに合わせて手でベースの弦を(はじ)いていた。


 夢中でドラムを叩く山川先輩の視線が一瞬ある一点で止まった。


 視線を奪ったのは、鳴瀬雪葉だった。


 俺の視線も動き、彼女もそれに気づいた。数秒見つめ合うと、彼女は視聴覚室から出た。


 彼女はなぜここに……?


◆◆◆


 圧巻の演奏が終了し、拍手が巻き起こる。


「ありがとう、ございますっ。この後、気になる、楽器があれば貸しますので、どうぞよろしくお願いします」


 息を切らしながらお礼と部活の案内をしてさらなる拍手が起こった。


「すごかったな」


「ああ」


 素直な感嘆の気持ちが俺と陸から出た。


「本当に高校生なの? 春樹もあのくらいの演奏ができるのか?」


「できない」


 高校生でもうあの境地に至っているのは、どれほどの才能と努力があったのだろうか。


「ごめん、俺もう帰るわ」


「え? 弾いてかなくていいのか?」


「楽器屋寄ってく」


 この胸の高ぶりを抑えるには弾くしかない。


◆◆◆


 陸を置いて学校近くの楽器屋に入る。


「試奏お願いします」


「あいよ」


 楽器を買いそうにない高校生が来ても快く試奏させてくれる優しい店員だ。


 店員のおじさんがベースを渡してくれる。


 ベースを持って思う。衝動のまま来てしまったけど、何を弾こうか。


 思いっきり弾きたいけど店員がいると買わないときに申し訳なくなる。学校で弾くと目立って「1年のくせに」みたいに思われそうで楽器屋に来たけど、別の悩みが出てくる。


「すいません、仕事が残っているので何かあったら呼んでください」


 おじさんはそのまま去って行った。


 なんて気が利くんだ。絶対にこの店で楽器を買おう。


 若干のチューニングをして演奏を始める。


 曲は「シュガーソングとビターステップ」


 何度も弾いた僕の十八番だ。


 山下さんのドラムをイメージしながら、そしてドラムに負けないようにベースの弦を(はじ)く。疾走感のある曲調にメロディアスなフレーズが動き回るこの曲はいつも俺を楽しませてくれる。


 1番を弾き終わったところで、店員のおじさんを呼ぼうとするとギターの音が響く。


「シュガーソングとビターステップ」の2番だ。


 弾き手から挑発を受けている。


 お前はその程度か?


 今ので満足したのか? 出し切ったのか?


 やってやるよ。


 再び弦を(はじ)く。さっきは山下さんのドラムをイメージしたけど今度は違う。


 ギターを黙らせる。


 原曲を無視したフルスピードで弾く。


 そしてそれに合わせるようにギターが追いつき、抜いていく。


 さらに加速させる。


 これはセッションや演奏ではない。喧嘩だ。


◆◆◆ 


 曲が終わり息を整える。


 さっきよりも高ぶっている。衝動を発散するためだったのに。


「あなたがベーシストだったのね」


 しかし俺の熱は彼女の視線で一気に冷めた。


「鳴瀬、雪葉……?」


 突然の出会いに驚く俺に対して腕を組んで見下ろす彼女からは感情が見えない。


「私のことを知っているのね」


「どうしてここに?」


「楽器屋にいるんだから楽器を買いに来たに決まっているでしょう」


「そりゃそうだよな」


 俺みたいに試奏するだけの人ではないちゃんとした客のようだ。


「そのベース買うの?」


「まだ決めてない」


 社会人の時でも手を出せていなかったベースだから、高校生ならなおさら。もう少し安物にしようと思っている。


「あんだけ激しく使って買わないの?」


「そこを突かれると店に申し訳ないんだけど、今日はちょっと()きたくなっただけだから」


 いずれはこの店で買おうと思っているけど、ベースは安いものでも高校生が、いや社会人でもすぐに手を出せる代物じゃない。


「要するに金がないのね。私がそのベース買ってあげるわ」


「は? なぜ?」


 急すぎて変な声で疑問が出てしまった。


 楽器屋に行ったら、クラス1の美少女と出会って楽器を貢がれそうな状況になった。意味わからん。


「要らないの?」


「欲しいけど、なんで昨日知り合ったばかりのクラスメイトにそこまでしてくれるんだ?」


 鳴瀬はきょとんとした顔で首をかしげる。そして不信感に顔が歪む。


 始めて表情が崩れた。


「私たちは知り合いではないわ。そういうナンパならごめんなさい。生まれ変わって私に釣り合うくらいの容姿とステータスを備えてから口説いてください、ごめんなさい」


 知らない間にナンパしてることになって2回振られてる。


「ナンパの手段じゃなくて事実!

 明日学校行けばわかる」


「その服、コスプレじゃないの?」


「コスプレじゃねーわ! 誰が普通の公立高校の制服なんて作るんだよ」


 実際はコスプレかもしれない。一昨日までサラリーマンでスーツ着てたのに、今学生服来ているもんな。見た目は大丈夫だけど精神的にはコスプレだな。


「それもそうね。私の名前を知っていたからストーカーか何かとも考えたけどクラスメイトなら知っていてもおかしくないわね」


 よくそんな奴に自分から声掛けたな。


「それで、どうして俺にそこまでしてくれるんだ?」


「勧誘よ」


「なんの?」


「バンドメンバー」


 淡々と、真っ直ぐな蒼い瞳で伝えられた。


 感情は見えないけど本気で誘ってくれていることはわかる。


 鳴瀬のギターは凄かった。彼女のギターがあればライブは大盛り上がり間違いなしだ。


「他を当たってくれ。俺じゃ力不足だ。

 今日だって軽音部の見学に来ただろ?」


「なぜ断るの?

 力不足は理由にならない。確かにあなたのベースは才能があるわけではない。でも地道な努力が見える音だった。すごく時間をかけて練習した人の音だった。

 そして私と一緒にライブをするためにもっと上手くなってもらうわ」


 誘いを断っていながら鳴瀬の言葉に俺は口角が上がりそうになる。が、こらえる。


「断る理由は1つ。俺の目的と沿わないからだ。俺は高校生活を陽キャとして生きる。優秀な成績を修め、文化祭や体育祭などの学校行事で目立ち、友達や可愛い彼女を作る。必要な金はバイトで稼ぐ。

 部活をガチでやってれば時間が足りない」


 俺の申し出の拒否理由を聞いて鳴瀬は顎に手を当てて黙る。それだけの行為なのに美しいと感じてしまう。


「つまり、それらをすべて達成できるようにすればいいのね。わかったわ。

 私が彼女になってあげる。ついでにそのベースも買ってあげる。

 すいませーん」


 手を上げて店員を呼ぶとさっきのおじさんが出てきた。


「はい、お待たせ。」


 気のいい返事で鳴瀬に向いた。


「このベースください。支払いはカードで」


「毎度あり。この兄ちゃんへのプレゼントかい?」


「はい。優秀なベーシストがバンドに加入してくれて嬉しいです」


「楽しみだね~。割り引いとくよ」


「ありがとうございます」


 鳴瀬はベースを買って店を出た。俺もその後を追った。


「おい、鳴瀬」


 呼ぶと鳴瀬は立ち止まり、買ったベースを差し出した。


「いや、もらうわけにはいかないよ。お前が買ったんだし」


「問題ないわ。父のカードで買ったから」


「もっと駄目だろ!」


「改めてバンドに加入してくれて感謝するわ。今後ともよろしく、ハルキ」


「加入してないし、なぜ下の名前?」


「恋人同士なら自然なことじゃないかしら?」


「俺とお前がいつ恋人になったんだ?」


「さっきよ」


 彼女になってあげる宣言か? あんな告白で付き合ったことになるのか?


 頭に疑問符を浮かべていると鳴瀬は続けた。


「それと学業や学校行事、友人関係、アルバイトすべて保証するわ。勉強は学校の授業を聞いていれば問題ない。必要に応じて家庭教師を紹介するわ。

 学校行事は文化祭や体育祭ね。文化祭でライブをするしライブのための体力づくりは体育祭で活かせる。

 アルバイト先は私が紹介する。短時間で稼げて危なくない仕事を。

 友人関係はバンドをしていれば広がる。

 可愛い彼女だけど、私がいれば解決。

 どうかしら?」


 鳴瀬は夕日に照らされた長い白髪を後ろに払いながら堂々と提案してきた。


 俺の上げた条件はすべてクリアされた。後はイレギュラーさえ起きなければ。


「わかったよ。鳴瀬とバンド組んで陽キャ生活を送ってやる。

 ただし、お前とは付き合わない」


「本当にいいの? 私みたいな美少女と付き合える機会なんてこの先2度と訪れないわよ」


「なんでそんなことお前が断言できるんだよ。1%くらいは可能性あるだろ」


「ないわね。私以上の美少女なんてこの世に存在しない」


 堂々と言い切りやがった。確かに鳴瀬以上の美少女なんていないかもしれない。


 だが今俺はその美少女と付き合うチャンスが与えられている。本当にこの機会を逃していいのだろうか。


 この美少女と甘酸っぱい青春を送れるかもしれない。一緒に夕日の中下校したり、手をつないだり、キスしたり、その先のことだって。


「ごめん。顔が気持ち悪いからさっさと決めてくれる?」


 そんな逡巡は打ち破られた。


 一緒に夕日の中下校したら、「これ以上近づかないで」と言われる。

 手をつないだら、「手汗きもい」と言われる。

 キスしたら、「息が臭い」と言われる。

 その先のことをしようとしたら、「強制わいせつで訴える」と言われる。


「うん。付き合わなくていい」


「それはそれでムカつくわね」


「彼女は自分が好きになった人を自分でアプローチして作るものだ」


「童貞が言うと寒いセリフ」


「童貞ちゃうわ」


 散々な言われようだ。彼女になる、と言った人間のセリフではない。


 鈴木春樹がどうかは知らないが、俺自身は違う。ちゃんと卒業した。


「早速だけど、今から路上ライブをするわ。許可は取ってあるし、機材の準備もさせるわ」


「早速すぎるだろ。どこに結成して数分でライブするバンドがあるんだよ!」


 俺が反対すると背負っているベースを掴まれる。


「これ、誰が買ってあげたっけ?

 それにまだ()き足りないでしょ?」


 図星だ。買ってもらった恩はもちろんあるが、弾きたいという欲のほうが強い。


 それでも俺の理性が歯止めをかける。


「ギターとベースだけの演奏で足を止めてくれる人なんているのか?」


「ヴォーカルも私がやる。そもそもフロントマンなんて私以外の適任いないわ。ヴォーカルがいなくても私のギターで観客を魅了することもできるけど」


 髪色といい、スタイルといい、美少女だから華はあるけど歌は大丈夫なのだろうか。


 ギターが凄腕だからこそ、中途半端な歌はノイズにしかならない。


 駅前で演奏するということなので移動した。


◆◆◆


 機材の準備をしているスーツの大人がいてビビった。周りの人も何か始まるのかとささやいている。


「準備はどう?」


「問題ありません、お嬢様」


「ご苦労、下がっていいわ」


 鳴瀬が状況を確認してスーツの大人は去って行った。


「今の人たちは?」


「使用人よ」


「使用人? もしかしてすごくお金持ち?」


「そうね。生まれながらにして富・名声・力、すべてを手にしてるわね」


 分かってたけどね。ベースを即決で買ったり、家庭教師をつけてあげるって言ったりしてたから。


「へ、へー」


 この自信過剰というか、傲慢な態度にも納得。


「呆けてないで準備して。曲は1曲だけ。さっきと同じ曲をやるわ」


 シュガーソングとビターステップ、それしか合わせたことないもんな。


 ベースをケースから出す手は少し震えている。人前に立つ緊張と興奮だ。


 もう少し心を落ち着けたいところだけど、鳴瀬は待ってくれる様子はない。すでにマイクの前に立ち、観客を見据えている。


 ちらほら集まってきている。鳴瀬の抜群の容姿が目当てだろう。


 自分が緊張しているのが馬鹿らしくなった。


 鳴瀬の斜め後ろに立ち目線を送る。


 鳴瀬も1度だけ振り向いてアイコンタクトをする。


 始まった。


 合わせたの1回だけとは思えない良い走り出し。惜しいのはドラムのイントロがないこと。


 さて、ヴォーカルとしての鳴瀬はどれほどだろうか。


 第一声を聞いて、彼女を凝視してしまった。


 しゃべったのは今日が初めてだが、鳴瀬の性格は自己中心的で傲慢で横柄だと思った。だからヴォーカルも自分だけが目立とうとした1人よがりのもので、ただ上手いだけ、歌唱力だけの歌声になると予想していた。


 全く違った。音程・リズム・ブレス、全てが正確で安定し、調和している。


 リズムを作っている俺のベースに合わせ、さらに昇華させようと鳴瀬のギターと声は語り掛けている気がする。


 表情もだ。いつも機械のように動かない表情筋が嘘のように豊かになっている。聴衆を音だけでなく視覚でも引きつけて離さない。


 圧倒的な存在感を見せつけながら、周りとの調和も果たす。


 一緒に演奏しててめちゃくちゃ楽しい。


◆◆◆


 全身全霊の1曲だけの路上ライブが終わり、拍手に包まれる。


「ありがとうございました」


 鳴瀬は1言だけお礼を言ってその場を立ち去る。


 入れ替わりでスーツの大人が現れ、撤収作業を始めた。


 俺も自分のベースを片付けて鳴瀬を追う。


「お疲れ様」


「ええ、お疲れ」


「ギターだけじゃなくて歌もすごかったよ。

 技術的な部分も立ち回りも」


 だからこそ思う。俺が必要なのか。なぜバンドを組むのか。バンドとしてじゃなくて鳴瀬個人で活動したほうが人気が出る。


 俺の疑問を察したのか、鳴瀬が話し始める。


「私がバンドをしているのは姉に復讐するため。

 勉強も運動も芸事も姉に及ばなかった。そして家の中で常に比較されていた」


 お嬢様ということだから幼いころより厳しい教育を受けていたのだろう。


「私は1度も姉に勝てたことがないわ。追いつくことすらできない。

 能力の差を考えれば姉が家を継ぐものだと思っていたし納得もしていた」


 鳴瀬の足が止まった。白い拳が震えている。


「でも姉は家を継ぐことを拒んだ。大学を出た後はバンド活動で食べて行くと言って、 親の説得も聞かず家を出た。私に跡継ぎの責任を残して」


 表情は重い前髪に隠されて見えない。でも握り込んだ拳は真っ赤になっていた。


「勝ち逃げしたことと責任を押し付けたことへの文句を言ってやるの。バンドとしても姉の上に行ってお前には才能がないって言ってやるの」


「……」


「……」


 鳴瀬は息を整え、俺は何て言っていいかわからず黙ってしまった。


「ごめんなさい。話過ぎたわ。今日はありがとう」


 それだけ言って足早に俺の隣から離れていった。




 エピローグ


 


 バンドにドラムとして山川さんが加わって正式に活動を始めた。


 バンド名は「revenge」


 鳴瀬が姉に復讐することを誓ったバンド名だ。


 俺にとっての高校生活に合っている。


 3年生の山川さんは鳴瀬とのバンド活動に夢中になって大学受験は見事に敗北、浪人を決意。バンド名にふさわしい人になった。


 鳴瀬の復讐が成功したかと言うと、本人曰く、まだ成功していないとのこと。高校生活の間、鳴瀬姉のバンドと3回対バンした。


 対バンと言えるか微妙だが、1回目は鳴瀬姉のバンドがトリを務めるライブハウスで無理矢理乱入して演奏を始めた。


 歴然の差、とまではいかないが鳴瀬姉のバンドのほうが上だった。


 無茶苦茶怒られたが、鳴瀬がライブハウスのスタッフを金で丸め込んだ。


 2回目と3回目の対バンは鳴瀬姉から誘われた。対抗心むき出しで演奏する妹を姉があやしているような構図になってライブは盛り上がった。


 ライブは成功だが、姉に負けを認めさせられなかった鳴瀬は納得していないようで、バンド活動はまだ続きそうだ。


◆◆◆


 俺の陽キャライフは成功したと言っていいだろう。バンド活動を通して学内だけじゃなく、ライブハウスで友達も多くでき、遊びに行くこともあった。


 勉強は1度学生を経験している俺は問題なかったし、一流と呼ばれる大学に合格できた。


 文化祭でライブをして大盛り上がりを見せて俺たちのバンドは時の人となった。


 体育祭の部活動対抗リレーで演奏しながら走るという荒業で盛り上げた。


 バイトは鳴瀬家が経営している本格レストランでバイトをした。覚えなければいけないことや気をつけなければいけない作法は多かったが、勉強になったし時給も高かった。


 勉強や学校行事で目立った俺は、彼女を作ることはできて楽しめたが、長続きはしなかった。全部鳴瀬が邪魔をしたからだ。


 俺が彼女と2人で歩いていると鳴瀬は絡んでくるし、デートの約束を入れた日に練習やライブを入れて無理矢理参加させられた。


◆◆◆


 卒業式の校長先生の長い話の間、高校生活の思い出がフラッシュバックしていた。


 高校生活への名残惜しさを感じながらも新しい大学生活への期待も膨らんでいく。


◆◆◆


 目が覚めるともう慣れ親しんだ天井が目に入った。


 今日から大学生活が始まる。新生活への緊張によりスッキリと目が覚めた。


 おかしい。


 俺は大学を機に一人暮らしを始めたはずだ。周りには見覚えしかない鈴木春樹の部屋。


 慌てて部屋を出ると、母さんと父さんがいた。


「春樹、早いのね。朝ごはんできてるわよ。グズグズしてると高校の入学式に遅れちゃうわよ」


 どういうことだ?


 俺は鈴木春樹という人間になって高校生活からやり直し、そして今日から大学生のはずだ。


 なぜまた高校1年生に戻っているんだ?











「ここで速報のニュースが入りました。先日、先行抽選販売がされた新型ゲーム機『夢限(むげん)』でプレイヤーがゲームから戻れないという不具合を起こしました。 不具合により意識や記憶の障害を残す危険性もあると考えられています。


 このゲーム機はヘルメット状の本体を装着し、あらかじめダウンロードしたソフトをプレイするものです。特徴はその没入感で、夢のような体験ができます。


 例えば学校生活を送るシミュレーションゲームであれば、自分が主人公となり、自分の考えで動くことができ、話すことができます。さらに食べれば味を感じ、走れば疲れます。現実の感覚をゲームに持ち込める技術が備わっています。


 娯楽だけでなく、教育にも活かせる技術で政府も援助をしていました。


 今回の不具合について制作会社と政府は現在原因を調査中とのことです」

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