英雄達の視点
勇者パーティーは長きに渡る旅を続けてきていた。
多くの者と出会い、各地で数多の物語を残してきた彼らを見ていた者達は多い。
中でも、勇者ケイルとアベナルを一番傍で見てきた者達はこう語る。
「ケイルはねえ、アベナルを愛していたよ」
「アベナルはケイルを愛していましたね」
勇者パーティーの神官ホリー・フォン・ヤーネスと、魔法使いフィーア・レースは語る。
アベナルよりも勇者パーティーとしては長くケイルと旅を共にしてきた彼らは、ケイルとアベナルの思考を誰よりも理解していた。
彼らの精神の弱さも、感情も、二人は共に彼らと旅をしてきたからこそ、その核心に迫っていた。
「でもさ、夜の都で一気に二人の様子が変わったよ」
フィーアは語る。元々ケイルに好意を向けていた彼女は、最初こそアベナルに嫉妬をしていたが、二人の親密さを見て、諦めた。
だからこそ、誰よりも二人の事を理解しているつもりで、実際に一番彼らを観察していたのは彼女であった。
夜の都、アビス・ゴールという存在の中で起きた物語は、明確に自分たちの物語を変えた。ただ、最も変わったのはあの二人だった。
何と表現すればいいのか。間違い無く、アベナルの瞳が変わった。幼さを残しつつも、冷酷さも持ち合わせる。ただ決して悪い子じゃ無かった。冷酷と言っても敵にだけ、それでいてケイル特有の他者への甘さもしっかり持ち合わせる事でバランスも保っていた。
夜の都を抜けてからは、その瞳に映るのはケイルただ一人の様に見えた。妄執、そんな言葉では表せない程の、彼女の心は鎖でケイルと繋がれた様に縛られていた。
辛うじて私やホリーなどには言葉を紡いでくれたが、以外には虚無しか映し出す事が無かった。
ケイルは、誰よりもアベナルを想う心が強くなった様に思う。
だからこそ、もしかしたらケイルは今……
考えるだけ無駄だな。きっと彼はアベナルの為に動いているのだから。この微かな希望は、胸の内にしまっておこう。私達の勇者様は奇跡を起こしてくれる存在だから。
■ ■ ■
かつて勇者パーティーと敵対した者達は彼らについて語る。
帝国からの最強の刺客として放たれた一人、アマテラ・ヒールメル。赤の長い髪をした、引き締まった体をした女性。白く綺麗な顔に、恥じらいもなく晒している魅力溢れる裸体は視線を思わず向けてしまう。だが、その視線は本能から逸らす。
彼女の後ろからは、白い瞳を大きく見開いた黒い報復を纏った青年が立っていた。可視化できる程に表れている怒りのオーラが、彼女から視線を外させた。
彼の名はサタナエル。原初の魔族の一人にして、憤怒の魔族。同じくケイルへの刺客として帝国から送られていた。
「強かったよ。第一に私を剣士として負かせる男なんて初めて出会ったから」
「あの女は絶対的な存在だった。魔王と対峙した時に近い、本能が告げてくる程圧倒的だった」
自分達を負かした事もあってか、二人は彼らを高く評価していた。
負けたのも決して二人が弱いからではない。単独で大魔族を討伐し、過去に存在した歴代魔王をも上回る実力を保持している彼らは、むしろ上澄み中の上澄みだ。
二人に強いと言わしめるような彼らがおかしいのだ。
だが、サタナエルとアマテラは強さ以上に彼らの弱さを指摘した。
「強いのは確か。けど、どこか脆い様だったわ」
「見てて心配になるというか、あの二人はどこか互いに秘密を隠している様で、それを必死に隠そうとしていた」
「例えるならそうね、恐怖かしら。互いに好意を向けながら、同時に言いようのない恐怖を感じている様に見えたわ」
好意を抱く者に対する恐怖。
矛盾する様だが、確かに共存が可能なものでもあった。
■ ■ ■
勇者達に最も影響を与えた者達、夜の都に居を構える少女と青年。
魔王討伐に貢献した者の中でも筆頭の二人は隠れる様に人を避けていた。
夜の都のその更に奥、魔力が渦巻き、不可侵とされる領域にいた。
その中にある黒く塗装された屋敷は光を吸い込み、周囲からの視認を妨害している。屋敷の中でも黒に統一された配色の中、唯一白い扉の中に二人はいた。
「私達が最後かな?」
「他の奴らも良く付き合うな。まあ、納得もいくが」
二人は微笑んだ。
少女が立ち上がり、本棚から一つの本を取り出す。ソファーに身を沈めてから口を開いた。
「この本には歴代の宵闇の二つ名、その由来を記しているわ」
そう言って、少女は本を手渡してくる。そこには数多くの事が書かれていた。
中には少女の二つ名の由来も書いてある。だがその全てに共通していたのは……
「気付いたかしら?宵闇に所属する者の二つ名はその者の恐怖で決まるのよ」
知らなかった。てっきり能力によって二つ名が付くと思っていた。
宵闇といえば裏の組織であるシャドウナイツの最高幹部。一人一人が他を圧倒する実力を持つのだ。
そんな彼らの恐怖が二つ名となっていたなんて。それに、アビスやアベナル、アードラスは二つ名通りの魔法を扱っていたのに。
「私達みたいなのは例外よ。つまりアベナルの恐怖は、未知にあった」
だが、それと彼女の事が何が関係あるんだ?
「自覚が無いのかよ。俺から言わせてもらえば、ケイル・ダイフは未知そのものの存在だよ」
「魔王でも、宵闇でも魔族でもない、ただの勇者。今代の魔王もそうだけど、歴代勇者でここまで逸脱した存在はいなかった。しかもまだ力を秘めている。数多の才能を宿し、発現させるお前は恐怖そのものだよ」
確かに、ケイル・ダイフは幼い頃から頭角を現していた。何をやるにしてもすぐに習得し、大人たちでさえ舌を巻くような能力を様々な分野で発揮した。
周囲からは奇異の目で見られた。遠ざかる者や、近づいてくる者、様々な人間がいた。異質な環境の中、唯一彼を何の打算もなく接していたのは彼女だけだった。
「きっとあの子は本当は怖がっていたんでしょうね。それでも、密かに想いを寄せていた。だから孤独に苦しまないように、好きな人の為に本心を押し隠して接していたのでしょうね」
「勘違いするなよ?あいつはお前を好いていた。嫌ってたわけじゃない。ただその根底に恐怖が存在していただけだ」
そう二人は告げた。
何も言わずに、軽く会釈だけをして出ていく青年を見送る。
「若いって良いわね。6000年前の私達もこんな感じだったのかな?」
「さあな。だが、俺らも6000年拗らせていた身だ。あまり人の事は言えんさ」
彼らに解放されたとは言え、二人も彼らと同じ様になっていた過去がある。
願わくば彼らが自分達とは違い、早くに元の関係になることを祈っていた。