表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

ケイル・ダイフ

 

 いつからだろうか、彼女に想いを寄せていたのは。

 いつからだろうか、彼女に恐怖を抱いたのは。

 幼い頃から、僕は彼女と共にいた。いつからなんて分からない。僕と彼女は何をする時も共にいた。

 最初は互いに喧嘩もしたし、競い合ったりもした。一緒に幸せも苦難も乗り越えていた。

 けれどそれはいつからか変わった。何がきっかけだったのか、僕には分からない。

 彼女はいつも僕の後ろを歩き、僕を称賛し僕のためにだけ動いていた。まるで自分はどうでもよく、僕だけが世界の全てだと言わんばかりに。

 彼女はよく言った、僕のことを天才だと。確かに僕は幼い時から周りと比べて優秀だったし、魔法も勉強も運動も出来た。けれど、僕から見れば彼女の方が遥かに天才に見えていた。

 みんなで何かをする時に、一番早くできるようになっていたのは僕だと幼い頃のみんなは思っていたようだけれど、僕は知っていた。勉強をする時も、魔法も遊びも運動も全部彼女が一番早くできていた。

 でもそういう時は決まっていて、彼女は僕ができる様になるまで出来ないフリをしていたのだ。

 思えばそこからかも知れない。彼女に恐怖していたのは。

 幾らか成長し、幼いながらも自分たちで少し遠くまで遊びに行けるようになった頃には、明確に彼女の期待は暴走していた。

 何もかも僕を優先にし、僕だけを褒め称え、僕に過剰な期待を寄せる。それは妄執や信仰の様なもので、嬉しくもありながら怖かった。

 そんな彼女の異変を感じ取ったのか、周囲の友達も次第に僕と彼女から離れていった。気づけば僕は彼女としか行動をしなくなり、彼女の言葉も疑問に思わなくなっていった。

 そんな日々がずっと続き、元々好意を抱いていた彼女への想いは次第に大きくなっていった。

 年月が過ぎ、十二歳となった頃、僕に勇者の魔法が発言した。街に住む人達は湧き立ち、誰もが僕に期待の眼差しを向けていた。

 幼い身には過ぎた期待は僕の心を蝕んでいった。正直、僕が勇者だなんて信じられなかったし、怖かった。

 一度魔物を見たことがあったが、あんな恐ろしいものと戦うなんて、怖くてたまらなかった。

 そんな僕を救ってくれたのは、意外にも彼女だった。

 僕が勇者になる前から過剰な期待を寄せていた彼女にも期待を寄せられると思っていた。

 けれど、彼女は僕を抱きしめてくれた。優しく声をかけてくれて、僕の話を聞いてくれた。

 彼女は賢かったから、勇者というのがどんなに恐ろしい役目を背負うのか知っていたのだろう。彼女は僕に優しくしてくれた。

 彼女はそれからも僕の心を支えてくれて、僕は何とか勇者という責務から押しつぶされないでいた。

 だがそんな日々も続かなかった。勇者がいると知った魔王軍が街に攻めてきたのだ。僕は何とか街の人々から逃されたが、彼女の行方は分からなかった。

 その日から僕は、勇者となることに決めた。僕から彼女を奪った魔王軍を滅ぼすために、彼女の勇者になるために。

 勇者となって名声を立ててから暫くして、彼女と再会した。成長した彼女はとても美しくて、その佇まいに惹かれた。僕の前だけで見せてくれる幼い頃の様な可愛らしい顔も僕の胸をときめかせた。

 そこから彼女を勇者パーティーに勧誘してから、転機が訪れたのはとある事件からだった。

 夜の都、そこで僕は明確に気づいてしまった。彼女の目には僕にしか映っていない事が。

 僕は怖かった。彼女の期待が。きっと彼女は僕がどんな情けない姿を見しても失望しない事は知っている。けど彼女の理想を崩してしまうことを恐れた。彼女に失望される事を恐れた。

 再会を果たした時から、彼女はもう僕に依存していたのかも知れないが、僕はここまで彼女の盲信に気づけなかった。そんな自分の愚かさと、情けなさに僕はいたたまれなかった。

 僕が彼女を失望させた時、彼女が消えてしまいそうな気がして、僕は彼女の妄執を晴らす事を決めた。どんな手段を使ってでも、彼女を、唯一愛した人を僕みたいな男から解放すると決めたのだった。



 ■ ■ ■


 「ケイルー、どうしたのそんな浮かない顔をして」

 「何でも無いよアベナル、少し今回の事件で悩んでね」

 「アビスもアードラスも強情だったからね。資格がないだの色々と。でもケイル君が救ったんだから胸を張りなよ」


 アベナルの言葉に僕は微笑む。

 内心では、好きな人の心の影に気づいてあげられなかった事を責めているのだが。


 「この調子で魔王まで行くよ!帝国も夜の都も味方につけたんだから怖いものは無いよ!」

 「うん……」

 「どうしたの?元気無いけど」

 「いや、戦いの疲れが少し残っていてね」

 「そしたら癒やしてあげる!」


 流れる様な手つきで僕を抱き寄せ、マッサージをしてくれる。彼女の温かい手と魔法のマッサージは僕の体の疲れを全て癒やした。

 その間も彼女の瞳は変わらない。僕だけを見る目。きっとこのままじゃいけない。いつか僕は彼女の優しさに甘えて取り返しのつかないことをする気がしたから。彼女を悲しませる前に、僕は彼女を解放する事を決めた。



 ■ ■ ■


 魔王軍との戦争が終結してから三年、大陸北部、かつて『夜の都』と呼ばれたその地は未だに人は寄り付かない。それどころか、魔族も精霊も動物もあらゆる種族がこの地域に存在する魔力を恐れて近寄らなかった。

 滅びた都市は静寂の中にあり、自然が侵食していく。

 都市の中央に住む男女の下に、一人の青年が訪ねてきた。

 男女は青年を見ると目を見開く。

 青年は男女と会話をした後、夜の都の中へと姿を消すのだった。

 その日を境に、より一層魔物や魔族は夜の都付近からも消え始めたと言う。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ