四
「百地殿は何処に封印されていたとお考えでしょうか?」
植田光次が百地丹波に訊く。
「わからぬ。カヤト、奈落の底以外に何か言うことはあるか?」
「鬼導丸を初めて手にした時に京の寺に封印せよという声が聞こえたような気がしますが、どの寺かもわかりませぬし気がしたという程度なのでなんとも……」
「なるほどな。これ以上、話しても何もでぬということだな」
百地丹波はオレの言葉に俯く。
「では、ひとまず来年の織田軍の侵攻に備えた戦力の増強と三年後の避難場所の選定に注力しましょう。百地様」
植田光次がそう言うと百地丹波は深く頷いた。
その後、オレは当初の予定通りに伊勢路へと向かった。なぜか雪乃もついてきた。おそらく、オレを監視するために百地様がつけたのだろう。オレは初詣でごった返す年明けを狙って偵察に動き出した。
「カヤト、お伊勢さん楽しみだね。あたしたちって、周りからどう見えてるのかな?」
雪乃は浮かれ気分でついてくる。
「旅の僧侶と侍女じゃねえか」
「それは見た目でしょ。ホラ、恋人とか、夫婦とか……」
周りからどう見えてるのかなって言ったのはどこのどいつだ。僧侶に恋人とか夫婦って一番縁遠いだろ。
オレは旅の僧侶、雪乃はその侍女のような格好をして伊勢路を偵察しているのである。やはり、今年中の伊賀攻めは間違いなさそうだ。兵糧の価格が高騰している。
やはり、鬼導丸は人には見えないのだろう。旅の僧侶が帯刀していても誰も気にもとめない。偵察っていっても今年の九月に織田軍が伊賀攻めをしてくるのはわかってるのだから何も偵察することなんかない。要はオレを伊賀の国から遠ざけておきたいんだろう。植田様の家では鬼導丸は鬼を導くっていう伝承があるらしいから……。鬼を導くから鬼導丸というのは何か違うような気がする。もしそうなら、なぜ丸山城で鬼と遭遇した際に鬼導丸が震えだしたのか。なぜ鬼導丸は鬼を斬れたのか。まったく説明がつかない。
オレがそんなことを思っていると、目の前に旅の僧侶が立っていた。雪乃は今、買い出しに行っている。オレ一人だ。
「随分と珍しいものを持っているな。そんなものを見たのは二百年ぶりだぞ。そんなものはさっさと封印しろ。世が乱れる」
旅の僧侶がそう言うのでオレは訊き返した。
「京の寺と……」
「ちょっと、カヤト。何、お地蔵さんと話しているのよ。キャハハ」
買い出しから帰ってきた雪乃が笑っている。本当だ。オレの目の前にはお地蔵さんがあるだけだ。
「雪乃、お前買い食いしたろ?」
「はあ? 証拠はあんの?」
オレは自分の口元に手をやる。雪乃はハッとして自分の口元に手をやる。
「こ、こ、これはね……。そう、カヤトへのお土産だよ。いる?」
雪乃は口元についていたアンコをオレに食べさせようとする。
「いるわけねえだろ」
オレと雪乃は伊勢亀山城に到着した。まあ、到着したといっても何もすることはない。今年九月に織田軍が伊賀の国に侵攻してくるのは確定しているのだから。しかし、あの地蔵はなぜオレと会話をしたのかとずっと考えてる。
「雪乃、今から二百年前ってこの辺ってどんな状況かわかるか?」
「ヴヴ、ゔぁかんない」
こいつ、また買い食いしてやがる。
今から二百年前っていえば少なくとも鎌倉幕府が滅んでいる。その後、なんかあったっけ。いいや。後で百地様に訊こう。