二
十月二十五日に集結した伊賀衆は総攻撃を開始し、滝川雄利軍を奇襲した。滝川雄利は丸山城を修復のため人夫衆を引き連れていたが、伊賀衆の奇襲にあい窮地に陥っていた。オレもこの奇襲には下忍として参加していた。
「滝川雄利討ち取ったり」
伊賀衆の一人が雄叫びをあげる。周りの伊賀衆も歓喜に沸く。
ん?
なんだろう。
周りが止まって見える。
墨絵の世界のように白黒の世界。
するとどうだろう。
どこからか異形の鬼が一体、また一体と湧いてくる。
たった今討ち取られたばかりの滝川雄利の身体を修復、修復としか言いようがないので修復と言わせてもらう。合計三体の異形の鬼、動いているのは異形の鬼だけ。オレの腰にある鬼導丸が震えだす。鬼に気付かれてはいけないと鬼導丸の柄を右手で押さえる。柄を押さえただけのオレの右手は鬼導丸を抜刀する。その刃は黒く光り墨絵のような世界でも光輝いていた。
オレは墨絵の世界を闊歩する手前にいる鬼に向かい歩き出す。そして、背後から鬼導丸で一閃。斬られた鬼はまるで墨絵の中に溶けるように消えていく。残り二体の鬼は異変に気付きオレを凝視する。オレは鬼導丸を振りかぶる。すると、二体の鬼たちが奇声を上げた瞬間、世界に色が戻っていった。そして、二体の鬼たちも消えていた。復活した滝川雄利は一目散に逃げ生き残った人夫衆とともに伊勢路に駆けていった。伊賀衆は目の前で起こったことが理解できずに立ち尽くしていた。
結果的には滝川雄利軍を伊勢に追い返したのだから伊賀衆としては大成功なのであるが、一度は総大将の滝川雄利を討ち取っていながら不思議な復活により伊勢路に逃亡されたことでまるで敗戦したかのような戦意で平楽寺に伊賀衆は戻っていった。オレは引き続き丸山城付近を観察する。オレのような下忍が平楽寺に戻っても邪魔だというのもあるが、残り二体の異形の鬼の行方が気になる。鬼導丸はあれ以来まったく反応していない。やはり、鬼導丸は鬼に反応していたのかもわからない。
オレは丸山城の周囲を偵察を兼ねてさらに探索している。
鬼。
鬼。
鬼。
まさかね。
単純に鬼門から来て、鬼門へと逃げたってことは……。
考えすぎだ。
鬼門だとすればオレが丸山城の周囲を探索していれば、どこかで鬼に鬼導丸が反応するはずだ。
「カヤト、どうだ。丸山城の様子は?」
佐平と交代で丸山城を偵察しているので、どうやら交代時間がきたようだ。
「佐平、敵の総大将の首級が取られたのを見たか?」
「もうその話はやめだと百地様が言ったろ。怒られるぞ」
佐平は少し不機嫌そうだ。
「じゃあ、問いを変えるよ。佐平、お前鬼を見たことがあるか?」
「鬼なんて毎日見てるよ。おっかねえんだ。うちのおっかあ」
どうやらこいつに訊いても意味がないらしい。
「じゃあ、時間になったら交代にくるよ」
オレはその場を離れていった。
オレは休憩場所に戻り仮眠を取る。忍びは基本的に寝ない。寝ないでも疲れを取れるように小さい頃からそんな訓練を受けている。まあ、目を閉じるくらいはするのだが、何が近づいてくる気配くらいは感じることができる。なぜ今こんな話をしているのかというと、まさに今オレに近づいてくる気配がある。忍び足だが、そのなんだ。匂いだな。何か香のようなものをつけている。オレはそんなバカくノ一を一人しか知らない。どこのくノ一が香をつけて忍び足で近づくんだ。オレはひとまず気付かないフリをする。
ん?
ち、ち、近い。
オレが目を開けると目の前には雪乃の顔。
「な、なにしようとしているんだよ?」
「いいじゃん。接吻くらい。減るもんじゃないし」
雪乃の笑顔が眩しい。