始
天正九年九月二十七日、織田軍は伊勢地口、柘植口、玉滝口、笠間口、初瀬口、多羅尾口の六方より侵入して戦闘が開始された。伊賀衆は比自山城と平楽寺に籠城した。平楽寺を攻めるのは蒲生氏郷。一度は蒲生隊を伊賀衆は退けるが、滝川一益の援軍により平楽寺は陥落目前であった。
陥落寸前の平楽寺境内に一人の若者。カヤトという伊賀忍び。出自もわからぬ寡黙な男がこの物語の主人公。カヤトが妖刀『鬼導丸』を抜くところから物語は始まる。
オレの名はカヤト。生まれも育ちも記憶にない。歳は十五となっているが正確な歳などわからない。気がついたらこの平楽寺にいた。よくわからん。そして、気がついたら伊賀の忍びになっていた。本当によくわからん。
のんきに回想シーンなどやってる暇はない。織田軍が伊賀の国に侵攻してきて、ここ平楽寺は陥落目前。先ほど門の方で大きな音がした。おそらく織田軍に門が突破されたのだろう。ここに織田軍の兵たちが来るのも時間の問題だろう。
織田軍が境内に入ってきた。どうやら滝川隊のようだ。猛将率いる部隊だけあって圧倒的な勢いだ。オレは年寄り、女子供を護衛する役目だがそうは言ってもいられない状況だ。前線に打って出る。
「雪乃、ここは頼むよ。オレは打って出る」
「わかったよ。あたしはここを死守するよ」
オレは忍び刀を抜き滝川隊に襲いかかる。忍術、そんなものは存在しない。とにかく斬って斬って斬りまくる。それだけ。滝川隊を百は斬っただろうか。一人の猛将がオレの前に立つ。
「ワシの名は滝川一益。なかなかの手練だな。ワシが直々に相手をしてやろう。名を名乗れ」
どうやら大将のお出ましらしい。
「オレの名はカヤト。伊賀忍びのカヤト。いざ尋常に勝負」
一益との鍔迫り合いが続きオレはだんだん押されれ気味になる。そりゃ、大刀と忍び刀では圧倒的に分が悪い。もっとも忍び刀だから猛将の攻撃を凌いでいるというのは否定できない。
やがて、オレと一益の戦いにも決着の時はやってきた。オレの忍び刀が一益の大刀に押し負けて後方に飛んでいく。オレはそれを追っていく。
ん?
織田軍の襲来によって穴があいたのか、元々抜けやすい床だったのかはわからないが、床が抜けていてオレはそこにハマって真っしぐら奈落に落ちていった。
頬をうつ水滴でオレは目が覚めた。どのくらい下に落ちていったのだろうか。どのくらい眠っていたのであろうか。まったくわからない。何も見えない暗闇の世界にオレは仰向けになって倒れている。身体中が痛い。当然、頭も痛い。
ん?
オレの右手に何か硬いものがある。オレはそれを握りしめ眼前にもってくる。まったく見えない。見えないが明らかに刀のようだ。忍び刀よりも一回り大きいためオレの刀でないことはわかる。オレは柄と鞘を握り、抜刀しようと試みるが何かが引っかかって抜刀できない。抜刀できないのだからそのままにしておけばいいものをオレは両手に思いっきり力を込めた。ブチッと何かがちぎれる音がして抜刀される。
抜刀したオレは後悔する。その刀の刃は黒く光っていた。真っ暗闇なのに何故黒く光っているのがわかるのかと言われても黒く光っていたとしか言えない。オレは刀を鞘に収めようとするがオレの両手が言うことを聞かない。そして、オレの頭の中に色々なものが流れ込んできてオレの意識は消えていった。
「この世に蔓延る鬼を斬れ』
それが意識が消える前の記憶だった。