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鬼導丸  作者: 杉山薫
第一部 天正伊賀の乱
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プロローグ

 時は平成二年十月、アナログのような東京の大通りを一人の女子高生が一心不乱に走っていく。白いセーラ服、紺のスカート。髪はワンレンであったのだろうが今は見る影もない。顔も化粧をしていたのであろうが溢れ出る涙と鼻水、それに喚き散らした結果のよだれでこちらも見る影もない。彼女の名前は『桜井幸代さくらいゆきよ』。正真正銘の女子高生だ。


「ギャアアアアアアア」


なんで人も車もみんな止まってんだよ。

なんで鬼がいんだよ。


あたしは必死に六本木の街を必死の形相で走っていく。


学校サボってごめんなさい。

年ごまかしてディスコのダンパに出てごめんなさい。

ディスコで知り合ったオジサンたちからたくさんお小遣いをもらってごめんなさい。

あとあと⋯⋯、いろいろごめんなさい。


許してええええ。



 時を遡ること三日前、桜井幸代(さくらいゆきよ)は高校の修学旅行で京都に来ていた。この日は自由行動で比叡山延暦寺にグループで来ていた。比叡山延暦寺なんか自由行動のプランに入れてしまったら他の名所に立ち寄れないことはみんなわかっていた。わかっていたのだが、比叡山延暦寺を強硬に主張する桜井幸代(さくらいゆきよ)が怖くて誰も反対できずに自由行動のプランに比叡山延暦寺が入ってしまったのだ。


なんかよくわからんけど、比叡山って響きがあたしの胸に刺さりまくって比叡山延暦寺を強硬に自由行動のプランに入れたけど、あたしも何故そこにこだわるのかわからない⋯⋯。


そう思いながら、比叡山の山道を歩いていく。グループのみんなとはぐれてしまっているのだが、そんなことは些細なことだ。


「こりゃ珍しい。雪乃さん、お久しぶりですね」


後ろから声を掛けられて、あたしは振り向く。


あたしの名前はゆき()だよ。ゆき()じゃないんだけど。


振り返った先には地蔵がポツンと佇んでいた。気を取り直して山道を登っていくと、道に刀が刺さっている。こちらからは柄しか見えないが、刀身は地面に埋まっているのだろう。あたしはおもむろに刀の柄を握りしめ、一気に刀を地面から引き抜く。すると、刀が刺さっていた地面に裂け目が現れ、周囲の風景はアナログの世界が広がっ⋯⋯。


ん、裂け目から何かの指が出てきた。


その時点で異常事態なんだから、さっさと逃げればいいものを、あたしがその指を凝視しているとひょっこり何かの顔が裂け目から出てきた。一つ目で額に一本の角、あたしはこいつが何なのか知っている。実際に見たのは初めてだが⋯⋯。


鬼。

鬼。

鬼。


「ギャアアアアア」


あたしは刀を放り投げて一心不乱に山道を下って走っていった。あたしの絶叫が比叡山に響いていく。


あたしは延暦寺の一角で倒れていたらしいが、おにおにとうわ言を言っていたらしい。グループのみんなに担がれて宿屋に戻った。その後は何事もなかった。というよりも修学旅行の最後の夜はあたしは担任と一緒の部屋で寝る羽目になってしまった。最終日の夜は気になる男どもの部屋に潜入する予定ができなくなった。仕方ない。単独行動した挙げ句に倒れていたんだから。そして、昨日の夕方、無事帰宅した。今日は修学旅行の代休で高校はお休み。あたしは昼過ぎまで自室のベットで寝ていた。左手の甲に硬いものを感じて目を覚ました。


ん、んん。


そっちに目を向けるとあの刀。

鞘に収まってはいるが、間違いなく比叡山で地面から引き抜いたあの刀。


よし、見なかったことにしよう。


あたしはその刀に掛け布団をかけて、出掛ける準備をする。

白いセーラ服に紺のスカート、女子高生といえば制服が戦闘服だ。いそいそとセーラ服を着て⋯⋯。ちなみにうちの高校の制服はブレーザーであり、白いセーラ服は完全に私服だ。高校から六本木に直行する時はこのセーラ服を高校に持参する。

どこに出掛けるって? 

もちろん六本木だよ。

あたしは週七で六本木に出掛ける。住民票を移してもいいくらいだ。今回は修学旅行だったので六日ぶりの六本木。胸が高鳴る。


あたしは日比谷線の六本木駅の出口を出て、いつものディスコに向かう。六本木の街は平日の昼だというのに人々がごった返している。あたしは行きつけのディスコに当然のように入いろうとする。入口にはいつもの黒服。二、三言葉を交わして店の中に入っていく。店内は大音量のユーロビート、暗闇に色鮮やかなレーザーがタバコの煙で幻想的な空間を作り出し、タバコと酒の匂いが充満している。

あたしは化粧直しにトイレへと歩いていった。トイレのドアノブを引いて⋯⋯。


アレ?

久しぶりにきたけど、ここのトイレってドアノブを引いたっけ?


ふと手元を見ると見覚えのある刀を抜いている。辺りのトイレのある廊下はアナログの世界になっていく。あたしは刀を放り投げて後退る。さっきと逆に戻っていく。アナログの世界に静止したタバコの煙。タバコと酒の匂いなど一切しない。もちろん店内の人々も止まったまま。あたしは慎重に店のドアを開け店を後にした。


大通りに出ると車も人も止まっっている。間違いない。止まっている。


ん?

なんか麻布方面に動く影が見えたような気がする。

気の所為だ。

そうだ。

あたしは疲れているんだ。


自分にそう言い聞かせて、もう一度麻布方面を凝視する。


鬼だ。

間違いない。

比叡山で出会ったばかりなのだ。

見間違えるわけがない。


あたしは麻布方面に背を向けて一心不乱に大通りを走っていった。



どのくらい走っただろうか。

喉がカラカラになったので、マックのトイレで水を飲むことにした。トイレの水でも仕方ない。背に腹は代えられない。慎重にトイレのドアを開けて中に入った。洗面台の水道の蛇口をひねり水を出す。


よかった。

普通の水だ。

墨汁が出てくるという不安が消えて、あたしは水をがぶ飲みした。ついでに化粧がすっかり剥げてしまった顔を何度も洗う。

持っていたハンカチで手と顔を無造作に拭いていく。


ふう、生き返る。


冷静になったあたしは洗面台の鏡で自分の顔を見る。


ひどい顔だ。

ん?


あたしの背後に紺のブレーザーの制服を着た女子高生が立っているのが鏡に映っている。


「雪乃、やっと見つけたよ」


「ゆき()じゃな⋯⋯」


あたしが振り返った視線の先には誰もいなかった。

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