忘却の公安
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人間は生きるという過程で幾度も辱めを受けては
もがき
人間としての個を疑う 失う
なんの悪がこんなにもわたしを侵すのかと
犯人とは悪なのか
偽りの正義なのか
珈琲の苦味だけが味方だった
母国を愛す人間として いつしか
わたしは心中に仕える卿と出逢った
卿はなんとも理想的な人間性を持たれていて
わたしをいつでも導いてくれる存在だった
卿はわたしを高めてくれる
そして卿もわたしを必要だと仰ってくれる
屋敷の広大な庭には
卿が可愛がっている
兎が
朱い目をして
わたしを視る
いいえ
卿、わたしこそ視たのです
「少年の影 蒼茫たる海原と一面斑な朱い空
影は白い枠に揺れ動くさま」
事件は日を追うごとに心に圧し掛かり
卿は珈琲を愛飲する
それはなんとも酸味が口の中で広がる
「生きる為の自身の公安など忘却されている
この世はそんな世界さ」
慈悲たるお言葉とともに卿はさらに続ける
「珈琲にはカフェインが含まれているのだよ
カフェインには依存性があるから
過剰摂取は控えなければね」
人間としての個を疑う 失う
卿は今日も珈琲を愛飲する
それはなんとも酸味が口の中で広がるんだ
卿はわたしを高めてくれる
そして卿もわたしを必要だと仰ってくれるんだ
卿はわたしに珈琲を淹れてくださる
「さぁ、酸味は魅惑の味だ
たんと飲みなさい」
香が鼻にまやかし
時にかかる卿のノイズは気のせいだ
気付くとわたしは一面 白妙の部屋の中
ベッドに横たわり
巻かれてある包帯と
背丈が男ほどにある
兎が白衣を着て
わたしを見下ろしていた