第16話 迷宮からの脱出(挿絵付き)
Side: レン・カーティス
俺が投てきしたダガーが、魔族の女錬金術師の胸を貫いた。
奴は俺を一瞬見た後、ダガーの柄を凝視し、両手で柄をつかんだ姿で倒れた。
レン君は、膝をついた姿勢で俺の方を驚いた顔で見ている。
「レン君!」
「少尉!」
俺は、レン君へと駆け寄り、ひしと抱きしめた。
そして、両手で彼女の頬を撫でてから、目線をあわせて彼女の顔をみつめた。
よかった、無事だ、生きている。
そのとき、魔族がいたあたりの天井から轟音が響いた。
その方向をみると、天井の石材が次つぎと抜け落ち始めており、崩落がだんだんとこちらへ向かって広がってきている。
「少尉、ギルドが冒険者へここの爆破を依頼しました。ここはもうすぐ崩れます。
お逃げください」
「一緒に逃げよう!」
しかし、レン君は差し出した俺の手をとらず、一歩引いて寂しげな顔でほほ笑んだ。
「僕は役割を果たして満足しました。ここが僕の居場所です。僕はここに残ります。
少尉は行ってください。
だって、僕はホムン………
あっ」
これ以上、彼女に言わせてはダメだ。
俺は、無理に彼女の手を取り、抱き上げて広間から出ようと走り始めた。
彼女は、俺の腕の中で小さく体を丸めている。
「僕はホムンクルスなんです……
僕の記憶もあいつに書き込まれた偽物。ここを出ても居場所がないんですよ……
どうか置いていってもらえませんか……」
俺の手の中で、彼女の力がくにゃりと抜け始める。
だめだ、引き止めないと!
彼女が俺の手の中から零れ落ちていく。
嫌だ、放したくない。
「君が好きなんだ、一緒にいたいんだ。
君を背負ってて楽しかったんだ。
君が生きててくれて……、今だって嬉しいんだ。
俺が居場所になるよ、一緒に生きよう!」
もっと、うまく言えればよかったのだけれど、頭が回らない。
俺は、必死で走りながら息も切れ切れに叫んだ。
彼女は、泣き顔で俺を見上げ、俺の首元に顔をうずめてきた。
そして、「ありがとう」と繰り返し言いながら嗚咽をこぼした。
彼女のぬくもりと心臓の鼓動が、俺の腕や胸に伝わってくる。
迷宮の奥の方から何度も爆音が聞こえてきて、通路全体が鳴動して、天井の石材の隙間からサラサラと砂が流れ落ち始めている。
魔物たちは混乱して逃げまどい、通路の端にはネズミたちが列をなして出口へと駆けている。
俺も、彼女に道順を聞きながら必死に出口に向かって走った。
前の方からひときわ明るい光が見えてくる。
「出口だ!」
「うん」
俺は、脚に力をいれて彼女を抱いたまま出口を一気に駆け抜けた。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、外へ出られたという実感がわいてきた。
太陽の光がまぶしい。
レン君が目を細めながら辺りを見回している。
山肌をなでるように吹いてきた風が、彼女の髪をゆるやかに揺らしている。
迷宮から逃げ出したゴブリンやリザードマンといった魔物たちが、山の藪のなかに駆け込んでいく。
俺たちが魔族を退治したことで、支配から外れて本来のすみかへと帰っていくのだろう。
「とうとう迷宮から脱出できたんですね」
「ああ、君のおかげだよ」
俺の顔を見上げながら話しかけてきた彼女に目を合わせながら俺は答えた。
ついに二人で迷宮から脱出することができた。
そのまま、迷宮から距離をとろうと移動を始めると、近くの茂みのなかから「お二人さん」と呼びかけてくる声がした。
声のしてくる方向をみると、女性とその左右したがえた二人の男性の三人組だった。
レン君による、ギルドから迷宮の爆破のクエストを請け負った三人組で、彼女を助けてくれたそうだ。
「あなたたちが、レン君を助けてくれたんですね。本当にありがとうございます」
「なーに、いいってことよ。騎士様も無事でよかったわ。ついてきてくれるかい」
そういうと、彼らは迷宮から離れた方向にある山の斜面を登り始めた。
彼らについていくと、迷宮の出口を見下ろすことができる場所にたどり着いた。
木々に隠れるようにして迷宮の出口が小さく見えている。
「受け取りな」
俺は、三人組のうちの女性が軽く放ってきた道具を、レン君を抱いたまま片手で受け取った。
受け取ったものをみると、赤いスイッチのついた、手のひらほどの大きさの黒い箱だった。
「押すかい?」
女の人が俺たち二人に笑いながら聞いてきた。
「これは?」
「迷宮にしかけた一番大きい爆弾のスイッチさ。
あんたたちを待っていたよ。
一部は爆破したけれど、これを押せばあの迷宮は完全に崩れる」
「ありがとう。あのおそろしい迷宮がなくなるんですね」
彼らは、俺たちが迷宮から出てくるまで最後の爆弾の爆破を待っていてくれたようだ。
「レン君、一緒に押そう」
「ええ、少尉」
俺は、レン君と手を重ね合わせてスイッチを握った。
迷宮の出口を見下ろすと、彼女と迷宮の中で初めて出会ったときのことや、彼女の嬉しそうな顔、驚いた顔などいろいろなことを思い出した。
「いくよ」
「うん」
カチッ
彼女と一緒にスイッチを押すと、一瞬の間をあけて凄まじい轟音が響き、迷宮の出口から爆炎が噴き出した。
大量の砂煙が舞い上がり、洞窟の出口近くの樹木が砕けて舞い散る。
そして、迷宮の出口の上の山肌ががけ崩れを起こし、出口の石組みを完全に押しつぶした。
砂煙の消えた後には、倒れた樹木や大きな岩石の混じった大量の土砂に覆われた斜面が残り、迷宮の出入り口は跡形もなくなってしまい、完全に崩れ去った。
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街を見下ろす街道のまわりの草原が風に吹かれて揺れている。
「私たちは都へクエストの報告に行くからここでお別れだ、お嬢ちゃんと達者で暮らしなよ」
笑いながら姐さんがいう。
俺たちは、三人組の馬に乗せてもらって、山中の迷宮のあった場所から街道まで連れてきてもらった。
彼らは都へ冒険者ギルドへクエスト完了の報告に行くそうなので、ここでお別れだ。
「騎士様は嬢ちゃんをだいじにしてやれよ」
「いいもん見せてもらいやした」
三人組はそれぞれ口々に別れの言葉を言った。
彼女を手助けしてもらって、彼らには言葉に尽くせないほど感謝している。
彼らがいなければ、俺も彼女も生きてはいなかったかもしれない。
俺たちも、彼らの手をとり、感謝の言葉を言って別れを惜しんだ。
去ってゆく三人組に手を振って見送っていると、レン君が両手を後ろにまわして、上目遣いに俺の方を見上げてきた。
「ねぇねぇ、カーティス少尉」
「なんだい、レン君」
「僕はね、少尉にお姫様だっこしてもらうよりも、おんぶしてもらう方が好きなんだよ」
俺たちは互いに笑いあった。
「俺におぶさってもらえますか、姫」
「うん、私の勇者さま」
笑いながら、レン君が半ば飛び乗るようにしておぶさってくる。
俺も笑いながら、レン君の脚をしっかり支えた。
彼女が楽しそうに俺の上でぴょんぴょんと動いている。
俺も嬉しくなって、リズムをとって街へ向かう街道を歩き始めた。
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