第11話 僕の正体(挿絵付き)
支道の奥から現れたのは、青い肌の女と、その取り巻き達だった。
取り巻きには、揃いの黒ローブを着た放心した表情の人間が数人と、何体ものゴブリンやリザードマン達がいる。
「レン君、気をつけろ。俺が言ってた魔族の女錬金術師だ。
別のルートがあったんだ!」
「あぅぅ」
「俺が時間を稼ぐ。君は隙をみて出口の方へ走れ。
俺も後を追う!」
少尉が魔族をにらみすえつつ言った言葉に、僕は息をのんだ。
あれが、僕らを実験台にした魔族の女錬金術師……
魔族特有の青い肌をしているものの、整った顔立ちをした若い女性だ。
「なんの用だ、貴様ら、去れ!」
「意識を取り戻して逃げ出すなんてねぇ。
本当に、丈夫な脳を持っているわねぇ。
ウフフフフ、興味深いわぁ。
しかも、私の実験素体を持ち出して逃げ出すなんてねぇ」
少尉の言葉に対して、魔族はねっとりと粘りつくような口調で返事をした。
背筋が寒くなり、僕は思わず少尉の袖をつかんだ。
すると、僕のその様子を見た魔族が驚いたように目を見張った。
次に魔族は真っ赤な口を三日月のように開いてニチャァリと笑った。
「まさか、あなた自我をもったのぉ?
クククククク、ハハハハハ、ヒヒヒヒヒヒヒ、成功ぅ。
実に興味深いわ、要因はなんだったのかしらぁ?
頭を開いてしっかり脳を確認しなくちゃぁ。
ウフフフフフフ、ヒヒヒヒヒヒヒ」
「う、うるさい。
お前だな、僕の記憶をいじったのは!
僕の本当の名前を教えろ、記憶を元に戻せ!」
僕は少尉の腕にすがりつつ、魔族に怒鳴り返した。
僕が魔族に記憶を消される前の普通の女の子だったころの手がかりが欲しかったのだ。
せめて本当の名前さえ知ることができればと。
だが聞くべきではなかった。
魔族は、僕のほうをじっと見つめて目を細め、ニマーリと笑った。
「なんですって?
ウフフフ、ハハハハハ、あぁ面白い。
そうか、あなたはそう思っているのねぇ。
アハハハハハハ。
あなたに元の記憶などありはしないのよぉ。
哀れなホムンクルス。
選別した人工■■■を培養槽で急速育成したのがア・ナ・タ。
書き込んだ記憶は、そこに立ってる男の半生なのぉ」
「え、僕がホムンクルス……」
この魔族、ホムンクルスって言った。
僕は、人間ではない……、のか。
ホムンクルスってあれか、人間の精液を何日も煮詰めて作るという、生まれながらに知識を持つ小人……。
「ウフフフ、あなたは、生まれるときに他人の体験の記憶と魔法のスキルとを脳に書き込まれて、この世に出てきた人の形をしたもの。
あなたに以前の人生などありはしないわぁ。
アナタはホムンクルス。
ここから逃げ出しても、人の世にあなたと一緒に居てくれる人などいやぁしない。
居場所などありはしないわぁ。
どこに行っても、あなたは独り。
あなたは実験室で生まれ、そこで短い一生を過ごすモルモット。
実験室にお戻りなさい、ホ・ム・ン・ク・ル・スぅ
ククク、ハハハハハ」
「そ、そんな」
僕は狂気を含むような魔族の言葉にあてられて、頭から血の気がひき、耳鳴りがし始めた。
世界の底が抜け、虚空に投げ出され、果てしなく、ひたすら落ち続けるような気分に陥り、頭がフラフラする。
(この魔族の言葉に逆らえない、きっと正しい。
僕はここを出ても居場所なんてないんだ)
僕の正気が削られ、首筋や脇から汗が吹き出し、脚から力が抜け始めた。
「そこの男、あなたはもういいわぁ。そのホムンクルスを置いて去りなさい。
そうすれば、あなたは見逃してあげるわぁ」
「黙れ!邪悪な錬金術師。貴様の甘言などに乗るものか。
この子は大切な人だ。これ以上、彼女を傷つけるな!」
少尉は、僕を後ろにかばいつつ、鞘から直剣を抜き放って構え、これまでで一番大きな声で怒鳴り返した。
「しっかりしろ、レン君!
奴の言葉は呪いだ!惑わされるな。隙を見て逃げろ、いいね」
「は、はい。少尉」
だめだ、しっかりしなくては。
ここで屈すると、僕も少尉も殺されてしまう。
「あらぁ、無駄な抵抗をするのねぇ。
そこのあなた、念のために強度三倍でバリアぁ」
魔族の言葉に応じて、黒ローブの人間の男が進み出た。
放心したかのように左右で焦点の合わない目を向けて宙を見つめたただならぬ様子だ。
その男がとてつもない早口で呪文を唱え、魔法を発動させる「バリア」という言葉とともに口から血を噴き出して膝をついた。
「まさか……、ホ、ホムンクルス」
「あらぁ良くわかったわねえ。
あなたの先輩よぉ。自我がなくてこのぐらいしか使い道がないのぉ」
あれが自我のないホムンクルス。
自我が目覚めなければ、僕もあんな風に使い捨てにされていたのか。
「つぎ、リザードマンおいきなさい。」
魔族の率いた集団から三体のリザードマンが進み出てきた。
少尉は剣と盾を構えて、僕を守るように彼らの前に立ちはだかった。
「エンチャント・ウェポン!、プロテクション!」
僕も少尉を援護すべく武器と防具を強化する補助魔法を使った。
次の瞬間、リザードマンが得物をもって少尉へ襲い掛かるが、少尉はすごい速さで奴らの首や手足を斬り裂いた。
あっという間にリザードマンどもは倒れ伏す。
「エネルギー・ボルト!」
リザードマンが倒れた隙をついて、僕は杖を振り回して四つの魔法の光弾を生み出し、魔族の錬金術師に向かって撃ち込んだ。
少尉には逃げろと言われたが、彼を置いて逃げるなんて考えたくなかった。
初級の攻撃魔法だけど、数を打ち込めば魔族とはいえ倒れるはず!
だが、先ほどのホムンクルスが張ったバリアに阻まれて、光弾はあっさりと消滅した。
「あなたたちの脳以外はいらないわねぇ。
体は適当に壊していいわ。
リザードマン、ゴブリンどんどんお行きなさい、フヒッ」
魔族の言葉に、たくさんのリザードマンやゴブリンがこちらに向かって殺到してきた。
しかし、少尉が縦横無尽に駆け回り、凄まじい剣術の冴えで奴らを斬り倒して僕の方へ一体たりとも通さなかった。
ギィーン
この調子ならいけるのではないかと思い始めたその時、何かが砕けるような金属音がした。
ハッとしてみると、少尉の直剣が途中で折れて、ほとんど柄しか残っていない。
魔物どもが調子づき、少尉が防戦一方になる。
「まずい、まずい、何とかしないと」
さっき、倒れたホムンクルスは三倍の強度で魔法を放った。
だったら、僕にもできるはず!
「プロテクション!!」
僕は必死の思いで、魔力を強くこめて出来るだけ効果の高い防御の魔法を少尉にかけた。
少尉の防具が強い魔法の力を帯びた。
しかし、一方の僕は強い頭痛を感じて立っていることも難しいほどになった。
顔が濡れているような気がして、手で顔をこすると血が付いた。
血涙だろう。
「レン君、逃げろ!
がぁぁ」
「あぁ、少尉―」
僕が驚いて顔をあげると、防戦一方だった少尉がリザードマンの蛮刀でけさ斬りにされるところだった。
直後に、少尉は別のリザードマンにこん棒で盾ごと殴られ、その勢いのまま壁に叩きつけられ倒れ伏した。
その反動で彼の丸い楯が外れて、地下川に転がり落ちて流れていった。
「こいつらー、許せない。
エネルギー・ボルトー
これなら!」
僕は自分がどうなっても構わない。
ここさえ切り抜けられればと思い、力の限り強く魔力を込めて呪文を唱え杖を振り回した。
さっきの三倍の十二個の光弾を生み出し、魔族に向かって撃ち込む。
だが、すべての光弾が軽い音をたててバリアにあたり消滅した。
直後に、僕の肺から血がせりあがってきて、少し口元からあふれた感触がした。
息ができなくて、思わず体を丸め、血を地面に吐き出した。
「ゴボ、ゲホ、あぁ……、」
「健気ねぇ。
こうやったらどうかしらぁ?
お手本を見せておあげなさい。
そこのあなた、出力三倍でファイアーボール
その子の体は消失していいわぁ、脳さえあればいいぃ
フフフ」
魔族が指示を出すと、奴の取り巻きのホムンクルスが呪文を唱え両手で抱えるような体勢をとり、火球を作り始めた。
火球はどんどんと大きくなっていく。
だめだ、打てる手がない。
僕は、膝をついてそれを眺めるしかなかった。
だが、そのホムンクルスは火球を放とうとしたとき、口から血を吐いて倒れ伏した。
火球は、僕のところまで届かず、手前に爆音をあげながら落ちた。
後先考えずに魔力を使いすぎてうずくまっていた僕は、爆風に弾き飛ばされて地下川へ転げ落ちた。
(泳げない、力が入らない、苦しい、少尉……)
魔法の使い過ぎで力が入らない僕は、急流に逆らうことができず、浮いたり、沈んだりしながら川を流れていった。
この小説を読んでいただき、ありがとうございます。




