第1話 イヴの予定あれこれ
今年もこの時期がやってきた。
「つまんないっす」
「ん? なにがつまんないの?」
そんなある日、珍しく夏樹が冬里に愚痴をこぼしている。
いつもならニッコリ微笑まれた夏樹が「ひえっ」と真っ青になって終わるはずなのだが、今日はこちらも珍しく冬里が訳を聞いたりなんかしている。
「だって! 今年、日本の担当はサンディなんっすよ。なのに、なのに~」
「うーん、そうだねえ。休憩所は《あまてらす》が手をあげちゃったからね」
頭を抱えだした夏樹に事もなげに言ってのける冬里。
その冬里のセリフに、抱えていた手を落としてガックリとうなだれる夏樹。
「残念っす、またおもてなししたかったのに」
残念そうな夏樹を見下ろしつつ、冬里は何事か考えている。
「じゃあさ、《あまてらす》に休憩所を譲ってくれないか言ってみたら?」
しばらくすると、こともあろうか、冬里がそんな提案をし始める。
「へ?」
「もしかしたら出来るかもよ? あ、僕が代わりに言ってあげようか? 夏樹が休憩所を譲れって憤慨してるんだよーって」
「えっ!」
「でもさ~。《あまてらす》だって、そう簡単には譲れないだろうなあ……。あ! ならば、休憩所をかけて決闘しようぞ、とか言い出すんじゃない?」
「あの、……冬里」
「わあ、楽しみだなあ。《あまてらす》と夏樹の決闘! どんな方法になるのかなあ」
次々繰り出される冬里のセリフに、夏樹は今度こそ真っ青になる。
ここで説明すると、2人が言っている休憩所というのは、クリスマスイヴに全世界にプレゼントを配るサンタクロースが、各国の地域をまわる前に一息入れる場所のことだ。もちろん一般人はそんな事は知らないし、休憩所にも選ばれない。
名乗りを上げるのは各地の教会や神社仏閣や(もちろんそこに住まわれる神さまが手を挙げる)、今は少なくなったが山深くに棲む妖精や、彼らのような千年人の住まいなどがそれにあたる。
そして今年、日本を担当するのがサンタクロースのサンディ〈実はサンタクロースは何人もいて、毎年回る国が違うのだ〉。その休憩所に、と、いの一番に手を上げたのが★神社を預かっている、《あまてらす》だったと言うわけだ。
他にも候補者はごまんといたのだが、相手が《あまてらす》ではさすがに……、と皆ご遠慮したというわけだ。
夏樹だって《あまてらす》相手に決闘などしたくはない、というか、絶対絶対、ぜーったいに勝てるはずが無い!
「と、とうり、……」
「んー? あれ、どうしたの夏樹」
「冬里、もうその辺で」
このまま行くと本当に本当にしてしまいそうな冬里に釘を刺すのは、やはりシュウだ。
「シュウさん!」
アワアワしていた夏樹がホッとしたような笑顔に変わる。
「ええ~だってもともと夏樹が文句言い出したんじゃない」
可笑しそうに言う冬里に、夏樹が慌てて説明をする。
「冬里! 俺だって残念ですけど、けど、せっかくの《あまてらす》さんの厚意を無にする気は、俺にはこれっぽっちもないっすから!」
「えーそうなのー」
「そうなのーです!」
「ふうん」
そう言いつつも渋々と言うような表情で「わかったよ」と答える冬里に、夏樹は、はあーーっと大きくため息をついたのだった。
まったく。
夏樹が本気で言っている訳ではないのはわかっているだろうに。
「遊ぶのもほどほどにね、冬里」
「はあーい」
とは言え、実のところシュウも、サンディがイヴに来てくれないのは少し残念ではある。
ほんの刹那思いをはせたシュウを、冬里が興味深そうに眺めていた。
「あら、いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
今日もシュウは、散歩の仕上げに駅前通りの喫茶店を訪れていた。
「ブレンドをお願いします」
少し奥まった2人がけの席に落ち着いて珈琲をオーダーする。
そろそろ師走に入るこの時期、店内にはシックだが華やかさも兼ね備えたツリーが飾られていた。
「今年もあとひと月あまりね」
珈琲を運んできた店のオーナーが話しかけてくる。
ランチ時間もとうに過ぎているので、店内に客はまばらだった。
「はい、ありきたりなお返事ですが、1年が過ぎるのは早いですね」
するとオーナーは可笑しそうに、
「ほんと」
と言ってそのまま話を切り上げるのかと思ったが、なぜかその場にとどまったままだ。
「?」
いぶかしげに見上げるシュウに、何やら考えていたオーナーがうんとひとつ頷いて続きを始める。
「あのね、この駅前通りにクリスマスイルミネーションの飾り付けがされるのは、知ってるわよね?」
「? はい」
そうなのだ。
オーナーの言葉通り、こんな小さな駅ではあるがそこはやはり駅前。ご多分に漏れず、毎年クリスマス時期になると趣向を凝らしたイルミネーションが飾られる。駅前の慎ましやかなロータリーから通りの外れまで、軒を並べる店も思い思いの飾り付けがなされて、この時期は夜の散策も楽しみになる。
「でねえ、貴方のお店はちょーっと駅から離れてるんで残念に思ってたんだけど、今年は試しにこんな企画が出たもんでね」
「?」
そう言いながらカウンターに行き、一枚のチラシを手にして戻ってきた。
それは、駅前通りのクリスマスマーケット開催のチラシだった。毎年開かれるマーケットは駅前通りにある店が店頭で行っていたが、今年はクリスマス・イヴの24日に限り、自由参加で駅広場にブースが設けられると言う事だった。
「クリスマスマーケットですか」
欧米ではクリスマスマーケットは昔から当たり前に開催される催しだ。日本でも近頃はよく見かけるようになったが。
シュウはイギリスをはじめとするヨーロッパの国々で、わざわざ休みを取ってまで訪れる観光客もあるほど賑やかなマーケットやイルミネーションを度々目にしていた。
「なつかしいですね」
「え?」
思わずつぶやいたシュウだが、そこはうまく誤魔化しつつ、オーナーに話しの続きを聞く。
「それでね、ちらっと噂で聞いたんだけど、貴方の店ってイヴは定休日なんですって?」
「よくご存じですね」
「そりゃあねえ」
ちょっと肩をすくめるように言うオーナーだが、喫茶店は噂や風の便りの通り道のようなものだ。
「いえ、隠し立てしているつもりはなかったのですが、うちのような店の噂をして下さる方がいるのがとてもありがたくて」
「あらまあ、謙遜しすぎ。……でね、せっかくの定休日なんだけど、というか定休日だったのが幸いね。このマーケット、素人さんでも参加出来るんだけど、さすがにそればかりじゃ、なんていうか、彩りに欠けるでしょ。で、お客さんとか他の店にそれとなくどこか参加して欲しいお店がないか聞いてみたら、なんと『はるぶすと』推しが多くてね。で、無理を承知でお願いしようかなって訳」
なんだか楽しそうに言うオーナーに、シュウも興味がわいてくる。
改めてチラシを見ると、日にちはもちろん24日のクリスマス・イヴ。時間はだいた午前10時頃から夜は20時頃の間で、都合の良い時間だけ店を開ければ良いという、なんともゆるい設定の催しだ。
目を通していたチラシから目を上げて、シュウは微笑みながらオーナーに言った。
「わかりました。ですが私ひとりでは決められませんので、従業員にも聞いてみますね」
きっと夏樹などは大喜びするとはわかっていたのだが、一応そのように答えておく。
「あら! 考えてくれるのね? 言ってみるもんねえ。でね、もし参加するんなら……」
と、チラシを見れば一目瞭然なのだが、親切に主催者や参加申し込みの仕方などを細々と教えてくれた。
「いらっしゃいませ、……じゃあよろしくね」
ちょうど説明が終わったと同時に、新たな客が入ってきた。
オーナーはシュウの肩をポンと叩くと、嬉しそうにカウンターへと戻って行くのだった。