問49「いる」
彼女は頼んだコーヒーをゆっくりと飲んでいた。
香ばしい香りに、思わず声が漏れる。
「いる?」
「いる」
……え、即答!? いや、ちょっと待って。今の、冗談じゃなかったの? 考えずに口にした自分を恨む。
恋愛って、法則がない。僕にとってはフェルマーの最終定理と同じだ。――解けないし、解けそうで解けない。
……って、今そんなこと考えてる場合じゃない。どうしよう、彼女、何て――
「はい」
え、マジで!?
まるで時間が止まったような衝撃だった。いや、止まってはないけど。
時間を止める――なんて、マンガや映画ではよくあるけど、実際には無理だ。空気も酸素も止まるから呼吸できない。死ぬ。だから不可能。
でも、タイムマシンは理論上可能らしい。アインシュタインも言ってたとか。まあ、ワームホールが見つからない限り、実現は無理だけど。行き先も大きさも不明だし、もしかしたらブラックホールに繋がってるかもしれない――つまり、過去には戻れない。
だから僕は、“戻りたい”とはもう言わない。
……って、何の話してんだ僕。
「え、いいの?」
彼女は何気なく、飲みかけのチルドカップを差し出してきた。
一瞬、ためらったけど――彼女の了承もあるし、断る方が失礼かもしれない。幸い、このスーツは口元が空いてる。
「いただきます」と小さく言って、一口。
おいしい。甘すぎず、苦すぎず。
ふと見ると、カップの縁には口紅がついていなかった。なるほど、それでフードを……いや、違うか。
彼女の顔を見ると、微笑んでいた。
「美味しい?」
「おいしいよ」
「よかった。あなたに会えて」
「え?」
どういう意味だろう。
僕が“ヒーロー”だから?
「質問、してもいいかしら?」
やっぱり来た。個人的な質問かと思ったら――
「1+1=?」
……え、そこ?
普通なら2。でも、それじゃつまらない。これは多分、試されてる。
「面白い質問だね」
「即答しないのね」
「僕なりに考えてみたんだ。最初は1、次に3、最後に7になる。」
「どういうこと?」
「1は人間を表してる。子どもが生まれたら?」
「ああ、1ね。」
「そう。そして家族になったら?」
「3」
「うん。で、人間が横たわっていたら、立ち上がるよね?」
「立ち上がる?……数字は人間なのよね?」
「そう。じゃあ、“+”と“=”は?」
「……横たわってる人、ってこと?」
「その通り。みんな立ち上がったら、いくつになる?」
「あっ、7ね! ふふっ、面白いわね。」
ほっとした。彼女の笑顔を見て、僕も自然に笑った。
「気に入ったわ、ヒーローK。」
彼女はテーブルのメモ紙に番号を書き、僕に差し出した。
「私の電話番号よ。いつでも連絡して。――ヒーローKさん。」
僕は頷き、席を立った。
去り際、手を振る彼女に、僕も小さく手を振り返した。




