問13「人間は信用できない」
「ふははははっ、これで一生遊んで暮らせるな!」
「待ってください、警察を呼びますよ?」
「誰だ貴様。俺は銀行強盗だ。呼んでみろよ、この引き金を引くぞ!」
僕が駆けつけたとき、彩萌ちゃんと銀行の客、行員たちは全員拘束されていた。
強盗は札束を鞄に詰め込んでおり、場の空気は張りつめていた。
数を数えたくなるほどの金額だったが、そんな余裕はない。
しかも僕の目の前で、拳銃の銃口がこちらを向いている。
――僕にできることは、ひとつだけだ。
思い切り地面を踏み込む。
建物の床がわずかに沈むほどの力で。
次の瞬間、僕の体は宙を舞い、強盗の目前に立っていた。
「な、なんだ……人間じゃねぇ!」
僕は反射的に強盗の手を叩き、拳銃を弾き飛ばした。
銃は空を切り、遠くの床に転がった。
「危ないですよ。拳銃なんて。」
「ちっ……武器がねえなら、ぶん殴ってやる!」
体格はいい。だが――遅い。弱い。
「まだやりますか?」
僕は振り下ろされた拳を受け止め、その手を強く握り締めた。
「いってぇ! やめてくれ! 金は返す、返すからよ!」
「信用できません。なぜなら、人は嘘をつく。
でも――数字は嘘をつきませんから」
僕はもう片方の拳を固く握りしめた。
強盗めがけて、パンチを放とうとしたその時だった……
「はぁはぁ……京先輩、待ってください!
何する気ですか!」
「信用できない。それに、悪党には制裁を」
「殴っちゃダメっすよ! 殴ったら、悪党と同じっす!」
「んーーっ!!」
――彩萌ちゃんの声が聞こえる。
そうだ、冷静になるんだ。殴ることは罪だ。
僕が憎む“人の愚かさ”を、自分が繰り返すところだった。
「……わかった」
大地が駆け寄ってきた。
僕は強盗の手を離した。
その瞬間、強盗は逃げ出した。
「待て!」
床を蹴り、再び宙を舞う。
背後に回り込み、背中を軽く叩く。
強盗はそのまま床に倒れ込み、動かなくなった。
「……これだから、人間は信用できない。
あなたの負けです、銀行強盗さん。
やっぱり僕は数字が好きだ。
数字は嘘をつかない。
でも、人は嘘をつく。
その愚かさも、傲慢さも、知らないままで」
強盗は静かに気絶していた。
「大地、あとは任せる」
「はい! 京先輩、さっきの話……何かあったんですか? あれ? 先輩?」
僕は下を向いて考え込んだ。
僕が数字にしか興味を持てなくなったのは、人間の愚かさや傲慢さのせいだけではない。
もっと深い理由がある。
人は娯楽や友人との時間に喜びを見出す。
けれど、僕にとっての幸福は――数字の中にあった。
僕が数学にのめり込んだ理由は、ただひとつ。
それもまた、「人」が原因だった。




