名もなき呪われた少女は異世界から来た勇者に恋をする
いつもそうだ。
私に近づく優しい人は不幸になる。
最初はおじさんが私にパンを分け与えてくれた。
翌日、家が火事になった。
次は若い夫婦が一晩泊めてくれた。
翌日、強盗に襲われて死んだ。
さらにこの国で聖女と呼ばれる女性が私を浄化しようとした。
翌日、聖女は発狂して自殺した。
これだけではないが思い出したらキリがないのでもうやめよう。
この呪いはこの世界の理ではどうにもできない。
私は人に近づいてはいけないのだ。
まぁ、この血で濡れたような真っ赤な髪と、血走った紅の眼が人を寄せ付けないから、そんな心配はしなくていいのかもしれなけれど……
とにかく、街にいたらみんなに迷惑をかけてしまうので、街から離れた森の中で暮らすことにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
たくさんの魔物がうろついているがどの魔物も私には全く興味を持ってはいない。
まるで同族のような扱いだ。
いっそ食い殺してくれれば人間ということを実感できるのに……
幸いにも森の中にはたくさんの食べ物があり、近くにはきれいな川もあったので飢えて死ぬことはなかった。
夕方になり雨が降ってきたが、ちょうどよい洞穴が近くにあって身をひそめることができた。
あんなに街では生きることに苦労をしたのに人がいないこの森ではそれなり生きることはできる。
やっぱり私は人を不幸にする呪われた悪魔で、人に近づいてはいけないんだ……
私は父も母も知らなくて名前すらない。
でも、なぜか誰からも教育を受けていないのに本を読み、文字を書き、計算をすることができた。
それに呪文だって多少は使える。
おかげで一人でも生きていけるわけだが、こんなのどう考えても普通の人間ではないだろう。
――――雨はまだ降り続いていた。
雨音は孤独を忘れさせてくれるから好きだ。
このままずっと止まなければいいのに……
バシャ、バシャ、バシャ!
足音が近づいてくる。
もしかして人間がこちらに来ているのだろうか。
そしたらここを出ていかなくちゃ……
一人の黒髪の少年がこちらに向かってきた。
腰から吊り下げている真っ白な剣と鞘に思わず目を奪われる。
「悪りぃ! 一緒に入れてくれないか?」
「私はもう出ていきますからお一人でどうぞ」
「傘もないのに出ていくのか? 狭いかもしれないけど止むまではいろよ。それとも俺みたいな男と二人でいるのは嫌か?」
少年は布切れで頭をゴシゴシと拭きながら隣に座るように促す。
「すみません。私、急ぎの用事があるのでもう行かないと……」
「――燃えるように赤い髪と瞳の少女。一緒にいたものはみな不幸な目に遭っているらしいが、お前のことだろ?」
あぁ……
この人は知っていたのか。
もしかしたら街の人々から討伐依頼を受けたのかもしれない。
でもそれは私にとっては幸運だ。
なぜならようやくこの呪われた宿命から開放してくれるからだ。
「そうです。抵抗する気はないのでさっさと殺してください。下手に情けをかけるとあなたも不幸になりますよ?」
この少年を不幸にしてはいけない。
それどころか私が殺されれば、少年は街の人々から感謝され幸せになれるのだ。
つまり人の役に立って死ねる。
「馬鹿かお前? 寝言は寝て言えよ。俺はお前の噂を聞いて探しにきただけだ」
私を捜しにきたって……
討伐しにきたんじゃないの?
「信じてもらえるか分からないけど、俺はいきなり神のクソ野郎にこの世界とは異なる世界から連れてこられた。力を与えるから勇者として魔王を討伐してこいとぬかしやがる」
「力?」
「あぁ……力ってのは光の魔力とこの純白の剣だ。一度死んで蘇らせてもらった恩があるとはいえ、力だけ与えて異世界に放り込むとかあり得るか? どれだけ苦労したか……」
少年は神様に対しての不満をぶちまけた。
それにしても光の魔力って……
「知っての通り私は悪魔ような存在ですよ? どちらかといえばあなたが討伐する魔王に近しい側にいる。やはり光の魔力で今のうちに殺し……」
「嫌だね。なんで敵でもないお前を殺さなきゃいけないんだ。それに魔王を討伐しろとは神に言われたけど、お前を殺せなんて言われてねーよ」
少年は強く力説する。
「私と一緒にいるとこの世界の人々は誰でも不幸になるんです。明日になればわかりますよ。あなたもきっと……」
「俺はこの世界の人間ではないからな。それに神から与えられた力なら理なんて越えられるだろう」
ハッキリ言って無茶苦茶だ。
でもこんなに私と真摯に向き合ってくれるのは嬉しい……
「そうは言っても、この国の聖女ですらどうにもならないんですよ……」
「聖女とやらどんなものか知らないけど、とりあえず試しでみればいいじゃねーか」
「ど、どうやって」
「『血の契約』をする。俺の血を使ってお前を使い魔にする。お前を完全に従属させて、他人を不幸にする呪いも生じないようにする」
浄化ではなく従属、その発想はなかった。
確かにこの神の加護を受けた少年の使い魔になって従属すれば、私の呪いはコントロールできるかもしれない。
「けど、失敗したら……」
「その程度の力を与えた神のせいだろ。それに俺はこの世界では孤独だ。お前みたいな孤独の辛さを知る人間ととも旅をしたい。まぁ形式的には使い魔という関係になるけど……」
少年は少し照れながら頭を掻く。
事情を知っていても私を人間として必要としてくれんだ……
「本当に私なんかに命を賭けていいんですか?」
「いいんだよ。俺が好きでやってることだ。お前は無駄なことを考えるより自分の幸せを望め」
私の幸せ……
人間として生きたい。
できればこの少年と……
決して望んではいけないと思っていたけれど望んでもいいんだ。
「ちょっと狭いけど魔法陣を描くからその中に横たわれ。後は俺に任せろ」
少年はチョークで魔法陣を描く。
その中に私が横たわると、何やらブツブツと詠唱したあとに、指先から血を垂らして、光の魔力を流し込んできた。
胸の辺りが光り輝く。
その光は肩から腕を伝い、左手の薬指まで伸びていき、白い指輪のような痣ができる。
そして少年にも同様の現象が生じた。
少年は額の汗を拭い、私と自身の左手の薬指を確認する。
「どうやら、契約は成立したみたいだな」
左手をこちら向けると同じような白い指輪のような痣ができていた。
「あとは待つだけだ。俺はしばらく寝るぜ」
そういうと少年はあっという間に眠りについてしまった。
私も休もう。
明日に希望があることを願いながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目を覚まし洞穴から出ると雨は止んでいた。
そういえばあの少年は?
洞穴に慌てて戻るがどこにもいない。
あれは夢だったのだろうか。
もしかしていつものように……
「おーい、朝食ができたからこっちにこいよ!」
少年の呼ぶ声がする。
私は急いで駆けつけると、少年はミルクを鍋で温めていた。
「今朝街でミルクを買ってきたんだ。本当は砂糖も欲しかったんだけど店が開いてなくてごめんな。とりあえずパンも焼いたし。一緒に食おうぜ」
少年は生きている。
私の左手を見ると薬指には白い痣が残っていた。
涙がどんどん溢れてくる。
嬉しいときに涙がでたのはいつが最後だろうか。
「おいおい今日はまだ終わってないぞ? とりあえず腹ごしらえをしてからだ」
少年からホットミルクを受け取り一口飲むと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「このあとどうするんですか?」
「とりあえずお前がいたところとは別の街で情報収集だな。一緒に来るよな?」
「――――お願いします! 私をここから連れて行って!」
「お前はもう俺の大切な仲間だろ? 当然だ」
こんがり焼き上がったパンをかじりながら優しく微笑む。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺の名前はアサヒ・ヒロだ」
雨こそは止んでいたものの、まだ残っていた雲の隙間から日の光が漏れアサヒを照らし出す。
「お前の名前は?」
「――私は名前がないの……」
「じゃあお前はユウナギだ。真っ赤な髪と瞳が綺麗だし、俺がアサヒならお前はユウナギ。本当はユウヒしたかったけど語呂が良くないし可愛いくないからな」
「ユウナギ……私の名前……」
「嫌か?」
「いいえ……これでいいの。よろしくアサヒ!」
アサヒに手を差し伸べる。
他人に手を差し伸べるなんて考えたこともなかった。
アサヒは大きな手で私の手を力強く握る。
「こちらこそよろしくユウナギ。朝食を食べたら早速出かけるぞ? お前の服もボロボロだし新調しないとな」
「うん、わかった。ありがとうアサヒ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、アサヒとの契約のおかげで私と接する人々に不幸が訪れることはなかった。
旅では持ち前の学習能力や呪文でアサヒをサポートすることができて嬉しかった。
でもまだ忘れてはいない。
私は呪いで多くの人々を不幸にしてきた。
このことについては許されることはないだろう。
だから、これからは一人でも多くの人々を幸せにするんだ。
私は今日もアサヒと一緒に戦い続ける。
彼がくれた本物の白銀の指輪を左手の薬指に着けて――