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「止まって」


 ヤスオは手のひらをチトセに向けて、言葉と身振り、両方で停止を指示した。歩き始めてすぐに、目的のゴブリンは見つかった。

 一人で街中を徘徊をしている。他のモンスターはいないか周囲を見渡す。特に気になるものはない。


 ヤスオはチトセにゆっくりとついてくるように伝え、ゴブリンに向かって歩き始める。


 ゴブリンが気づき、近づいてくる。

 いつものようにバールを振りかぶり、ゴブリンの足を狙って振りぬいた。


【つばめ返し】


 重い打撃がゴブリンの足に直撃する。バールにより強打されたゴブリンの両足は、関節を一つ増やし用を足さなくなる。

 支えを失い倒れ込むゴブリンに対して、ヤスオはもう一度バールを振りかぶり、スキルを発動した。


【つばめ返し】


次のターゲットは両腕だった。


「グギャアアア!!」


 両手両足を叩き潰され、地に伏せる身動きが取れなくなったゴブリンを見下ろしながら、作戦がうまくいった確信をしていた。


 まず、ヤスオが相手の四肢を奪い、チトセが包丁で止めだけ刺す。

 簡単で分かりやすいこれが、ヤスオの考えていたチトセ育成計画だった。

 残る問題は、チトセが止めを刺せるかだが……。


 一抹の不安を持ちつつ、ヤスオは後ろのチトセに声をかける。


「ゴブリンを動けなくした。これで止めを刺して。多分レベルアップするから」

「あ……、はい……」


 チトセは真っ青な顔で包丁を受け取る、ゴブリンに近づき、立ち尽くす。

 包丁を握るその手は、気の毒なくらいに震えていた。


「あー、頭を刺そうとすると骨でやりにくいだろうから、刺すんだったら胸がおすすめだよ」


 動く気配のないチトセに対して、ヤスオが声をかけるが、おそらく聞こえていないのだろう、反応は返ってこない。

 立ち尽くすチトセを見て、ヤスオの中に諦めが生まれる。もし、これでレベルが上げられないとしたら、明崎公園まで無力な人を抱えて行かなくてはならない。自分一人であれば、レベル10もあれば逃げることは出来るだろうが、人ひとり抱えてとなるとどれくらいレベルを上げればいいのか…………。先行きは不安だが、今更約束を破ることは出来ないし、するつもりもない。


 ヤスオは、今後の予定に大幅な修正が必要だなと考えながら、チトセに声をかける。


「出来なかったら無理しなくてもいいよ」


 チトセはその言葉に肩を跳ね上げ、ただでさえ真っ青な顔色を蒼白にして弁明を始めた。


「ち、ちがうんです!私、やります!やりますから、見捨てないでください!」


 ヤスオは、チトセの剣幕にあっけに取られ……チトセが懸念している事がわかり、苦笑いしながら、自分の考えを伝えた。


「見捨てたりなんかしないよ。一緒に明崎公園まで行くって約束したし、出来なくても他の方法を考えるよ」

「ほんとうですか……?」

「本当だって。一緒に考えようよ」

「はいっ…………ぐすっ……よかったぁ……」


 安堵するチトセ。



 その時、空を裂く音が聞こえた。チトセの背後から矢が飛来していた。


 ヤスオは咄嗟にチトセを引っ張り、自分の身体と位置を変える。風を切る音と共に、ヤスオの左肩部に矢が突き刺さる。


「っ!」


 矢が飛んできた方向を確認。

 街道のど真ん中で長々と話をしていたことにより、周囲のモンスターが集まってきている。

 そこでは、ボロボロの全身骨格模型が動いていた。一体は剣と盾を、一体は弓を手に持ち矢筒を携え、カタカタと音を立てながらこちらに向かってきている。

 《スカルソルジャー》と《スカルアーチャー》、どちらも序盤に登場する敵であり、必ず前衛後衛のバランスよく、複数体で出現しコンビネーション攻撃によってプレイヤーを追い詰める。序盤の難敵であった。


 敵を確認し、ヤスオはすぐに敵に向かって走り出す。

 スカルアーチャーの厄介な所はその攻撃ルーチンにあり、システム上後衛とされているキャラクターを優先的に攻撃してくるのだ。レベル1であり、何の職業にもついていないチトセが後衛に分類されるのか不明だが、初撃でチトセを狙っていたことは明らか。飛び道具相手にチトセを連れて逃げ切ることは難しい、それならば次の射撃を撃たれる前に倒すしかない。


 スカルアーチャーとの距離は100mほど。全力で駆け抜ければ、10秒かからず到達できる距離だ。しかし、その十秒は戦闘中において長い時間であり……敵にたどり着く前に次の一射が放たれる。自分の背後にいるチトセを狙った一射。


(っ! 避けたらチトセにっ!)


 瞬時に判断したヤスオは着弾のタイミングに合わせてバールを振る。

 風を切り、弾丸のような速度で飛来する矢を叩き落とすことは、今のヤスオの能力でも難しく、僅かに軌道を逸らすのみ。

 

軌道の逸れた矢がヤスオの脇腹に刺さる。


 腹部から全身に伝わる灼熱。衝撃と痛みによって僅かにたたらを踏むが、痛みの一切を無視してすぐに走り出す。

 彼我の距離が近づく。スカルアーチャーを守るように前に出るスカルソルジャー。

 木製の丸い小楯を前方に突き出し、鉄の剣を振り上げ斜め上からヤスオを袈裟切りにしようとしている。


「邪魔だあああ!」


 ヤスオはお前にかけている時間はないとばかりに身をよじり、バールを横に構え……その手に持つ小楯ごと、全力でスカルソルジャーを薙ぎ払った。

 一瞬の拮抗。力の均衡はすぐに崩れ、スカルソルジャーは粉々になり吹き飛んでいく。


 なおも前身し、スカルアーチャーとの距離を寸前まで縮める。すでにチトセを狙い三射目を構えていたスカルソルジャーが、慌てたように狙いをヤスオに変更するが、間に合わない。


【つばめ返し】


 バールから生み出される2本の剣撃はスカルアーチャーを捉え、叩き壊した。





「ぐうう」


 完全に油断していた。

 ゴブリンを何十匹も倒し、レベルアップを繰り返した事で、自分が強くなったと慢心していた。自分一人なら傷を負わずに倒せる相手でも、誰かを守りながらとなると、こんなにも苦戦する。分かっていたはずなのに、いつ敵が来るかわからない状況で長々と雑談し、結果がこのザマだ。


 傷口を見る。幸いなことに肩と腹部の両方とも浅く刺さっているだけだ。


 覚悟を決め、矢を握り、引っこ抜く。


「ガアアア!」


 激痛と共に脂汗が噴き出す。泣きそうになりながら、もう一本も引き抜く。


「あああああ!」


 再び、ヤスオを襲う激痛。目をギュッと閉じて、歯を食いしばり、痛みの波が通り過ぎるのを待つ。

もう一歩も動きたくない。そんな気持ちを押し殺し動き出す。こんな所で長居したら、敵が来てしまう。

 ヤスオは出来るだけ傷を刺激しないように、ゆっくりとチトセの元に戻った。


「大丈夫ですか!」


 チトセが叫び声をあげて、安否を心配してくれる。

 ヤスオは考える。大丈夫か?と聞かれたら、正直な所大丈夫ではない。


「ヤスオさん!血が出ています!」


 その言葉通り、ヤスオの肩部と腹部からは真っ赤な血が溢れ、流れ出ていた。救急車で運ばれて病院に入院すれば治るであろう大怪我。裏を返すと、頼りになるはずの医者がいない現在では、致命傷と成り得る怪我だった。


「あー、多分大丈夫」


 しかし、明らかに取り乱しているチトセにそれをそのまま伝えるわけにもいかず、適当に返事をする。


「でもっ……でもっ!」

「大丈夫だから、落ち着いて」


 落ち着かせるために、己の服で血を拭い、チトセの頭を撫でる。

 場違いな感想だが、チトセの髪はサラサラでいつまでも触っていたくなる手触りだと、血の足りない頭で考える。ずっとこのまま撫でていたいが、ここは危険だ。

 ヤスオは自身を襲う激痛と、チトセの動揺が落ち着いた頃を見計らい提案する。


「一回、家に戻ろうか」

「はい……」


 ヤスオはまだ微かに息をしているゴブリンに止めだけ刺そうと、近づく。


「待ってください。私がやります」


 後ろからチトセの呼び止める声が聞こえた。チトセは包丁を持ち、ゴブリンに近づく。

 そのまま、ゴブリンの真上を陣取り、その包丁の切っ先をゴブリンの胸目掛けて振り下ろした。


 一撃で絶命したのだろう。僅かな痙攣の後、ゴブリンは動かなくなり、経験値の流入を感じ取った。


「ヤスオさん……。私、レベルが上がったかもしれません……」


 暗い表情で、血まみれの包丁を持つ、チトセからの報告。

 ヤスオは、痛みによって朦朧としてきた意識を奮い立たせて言葉を発する。


「あー……家に戻ろう」

「はいっ……」


 心配そうにこちらを見つめるチトセにそれ以上声をかける気力すらなく。二人で並んでチトセの家に帰った。


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