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チトセは泣き疲れてそのまま寝てしまった。
「よっと……」
ヤスオはチトセを抱えて、ソファーに運ぶ。
外は夕方に差し掛かっており、少し肌寒く感じたため、自分の上着をかけてあげた。
出来れば、食べ物を取りに自宅に帰りたい。朝から缶詰しか食べていない為、お腹が空いているのだ。
しかし、この状態のチトセを一人残して行くことは憚れる。
自分を常識人であると思っているヤスオには、他家の冷蔵庫を勝手に漁ることも出来ず、チトセの目覚めを待つことしか出来なかった。
床に座り、チトセの様子を観察する。
一時間、二時間とチトセの泣き腫らした顔を見ているうちに段々と意識が遠のき、気づけばヤスオ自身も深い眠りに落ちていた。
★
翌朝、ヤスオは窓から照らす朝日によって目が覚めた。
見慣れない部屋に、一瞬疑問が浮かぶが、すぐに昨日の事を思い出す。
身体を起こすと、自分に掛かっていた掛け布団がずり落ちてくる。
ソファーに視線を送ると、そこにはすでに誰もいなかった。
ヤスオは立ち上がり伸びをして、部屋を見渡すが、部屋の中には誰もいない。
探していた人物は見つからなかったが、代わりに、奥の部屋から鼻歌が聞こえてきた。
「~♪~♪」
音の聞こえてくる方に向かい、ドアを開ける。
「~♪~あ、ヤスオさん! おはようございます!」
ドアが開く音に気づいたチトセは、くるりと振り返る。
顔中に泣き腫らした痕跡が残っているが、にっこりと笑い、元気よく挨拶をする。
「ご機嫌だね。何をやってたの?」
「はい! ヤスオさんの上着、汚しちゃったので、洗濯です」
ドアの先は洗面所になっていて、そこで手洗いしてくれたのだろう。
すでにヤスオの上着は水洗いが終わり、後は干すだけになっていた。
「そっか、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をかけてすみません」
「それでも、わざわざありがとうね」
チトセは照れたようにはにかみ、外に干してきます!と言いながら歩き出す。
ヤスオはリビングに戻り、少し待つ。
すぐに戻ってきたチトセに対して、空腹が限界に近づきつつある自身の腹事情を考慮し、提案する。
「これからの相談したいんだけど、まずはご飯食べない?」
「あ、実は私もお腹空いてたんです。非常食しかないですけどいいですか?」
「食べれるならなんでも大丈夫。もらえるかな」
ヤスオの答えを聞いて、チトセは2階に昇っていき、缶詰と飲料水をビニール袋に入れて戻ってきた。
二人は自分の食べたいものを吟味し、食事を始める。
お互いに、よほどお腹が空いていたのだろう、殆ど喋ることもなく、もぐもぐと食事をとり続けた。
「ふー…………ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
二人で缶詰のごみを片づけた所で、ヤスオは話を切り出す。
「お腹も膨れたことだし、今後の事について相談しようか」
その言葉を聞いて、チトセは真剣な表情になり姿勢を正した。
「まずは、確認だけど……俺たちの目標は明崎防災公園まで辿り着くことでいいよね?」
「はい……。一緒に行ってくださるとうれしいです」
「うん、約束したから任せて。一応、俺の方で三つくらい案を考えたんだよね」
ヤスオは1本指を立てながら話を続ける。
「まずは一つ目、今から用意して、明崎公園まで一直線に走る。公園につくのは一番早いと思う。けど 何かあった時に君を守り切れる自信はない」
ヤスオが2本目の指を立てる。
「次に二つ目、毎日少しづつ移動しながら、明崎公園を目指す。こっちなら何かあった時に対応できるように、君のレベルを上げながら進む事も出来る。ただ、食べ物や水が安定しないし、よその家を拠点として勝手に使う必要がある」
ヤスオが3本目の指を立てる。
チトセはうん、うん、と首を振り、頷きながら話を聞いていた。
「最後に三つ目、ここを拠点に安全に移動できるまでレベルを上げてから、明崎公園を目指す。明崎公園につくのは一番遅くなると思うけど、たぶんこれが一番安全だと思う」
自分の考えを説明したヤスオは、チトセに問いかける。
「チトセさんは、どうするのがいいと思う?」
「え……? 私ですか……?」
問われたチトセは、質問されたことが予想外だったのか、きょとんとして、オドオドと返答する。
「えっと……私は……ヤスオさんが一番いいと思う方法がいいと思います」
「あー……、わかった。じゃあ、俺は一番安全を重視したいから、3番目にするよ」
ヤスオとしては、何かしらの意見が欲しかった所だが、話を進めるために、方針を決めてしまう。
「あとは、この家を拠点にしたいんだけど、俺が泊っても大丈夫かな? 余ってる部屋とかある?」
「もちろんです! 2階と3階にベッドがあるので、どうぞ好きな部屋を使ってください」
「了解。お父さんの寝室とかある? あるならそこを使わせてもらおうかな」
「父の寝室でしたら2階です。今、案内しますね」
チトセが先導し一緒に2階に上がる。
案内された部屋は、シックなインテリアで統一された、10畳ほどの部屋だった。
ヤスオには、広く感じる部屋であったが、どうせ寝るだけだと考え我慢する。
そのままの流れで、家の中のトイレの場所やお風呂場など、細かい間取りを教えてもらい、リビングに戻ってきた。
まだまだ確認したいことはあったが、途中で切り上げ、外を見る。太陽が輝いていて、絶好のレベル上げ日和に思えた。
「よし、まだ日も高いし、早速レベル上げに行こうか」
「わかりました。準備してきますね」
トテトテと3階の自室に向かうチトセを見送る。
チトセが準備をしている間に、ヤスオも準備を始める。
実は、チトセのレベルアップについて、ヤスオには考えがあったのだ。
そのために必要なチトセでも取り廻せる武器、包丁をキッチンから適当に拝借しておく。
自身の得物であるバールを握り、グリップの確認をしているうちにチトセが戻ってくる。
「お待たせしましたー!」
階段から降りてきたチトセは、先ほどまでと違う格好をしていた。
上着は黒いトレーニングウェアを、下は黒のショートパンツと運動用のタイツを履いている。
「これ、ランニングをするときに着ているんです。多分、体を動かすかな?と思って着替えてきました」
「準備って着替えのことだったんだ。あー、確かに、その格好の方がいいね」
会話をしながら移動して、玄関から外に出る。
「早速出発しようか、まずは目標のゴブリンを見つけよう」
「はい!」
チトセの元気のよい声と共に、二人は街を歩き始めた。