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レベル3に上がった日から、三日の時間が流れていた。
あれからヤスオは、日が昇り日が落ちるまで、時間の許す限り狩りを続けていた。
その甲斐あってか、すでにヤスオのレベルは6、剣士の職業熟練度は☆4に達しており、ゴブリンの討伐総数も30を超えるほどであった。
ヤスオにとって都合のいいことに、この辺りを徘徊しているモンスターはほとんどがゴブリンであり、スムーズかつ安定して狩りを続けることが出来ていた。
唯一、約1mほどの狼で、群れを作ることが特徴である《ギャングウルフ》と遭遇したが、その時点で、すでにレベルが5を超えていた為、これもまた問題なく狩ることが可能だった。
朝日が昇る中、目を覚ましたヤスオは、顔を洗い、缶詰を食べて、外出の準備をする。武器を持ち、ペットボトルを入れたリュックを背負い、今日も朝からレベルを上げるために家を出た。
日光の直撃を受け、眩しいと顔をしかめながら、獲物を探して街を歩く。道中、以前にヤスオが倒したモンスターの死体がちらちらと視界に入る。不思議なことに、ゴブリンの死体は、気づけば無くなっている物もあれば、ずっと残り続ける物もあった。残り続けている死体を見ると、気分が下がってしまうため、出来る限り視界にいれないようにしながら歩き続ける。
自宅周辺のモンスターは、ヤスオ自身が倒してしまったことからか、獲物を見つけるまでに少し歩く時間が増えていた。
今日は500mほど歩いて何も見つけることは出来ず、普段より遠くに進んでいく。
しばらく歩き続けると、前方、遠くの方にゴブリンが多数いるのを発見した。
にやりと口角を上げて、走り出す。
近づくにつれて、ゴブリンがより鮮明に見えるようになってくる。
どうやら、3匹のゴブリンが家に群がっているようだ。ちらりと、ゴブリンに群がられている家を見る。おそらく、3階建てだろうか?横にも縦にもとても広い、しっかりとした作りの洋風の家、という印象だった。小さめの庭まで完備していて、がっちりとした石造りで正門が作られている。
ゴブリンたちは、頑丈そうな門扉を壊すことも越えることも出来ず、喚きたてている様子だ。
そこまで考えたところで、ゴブリンたちのすぐ近くまでたどり着いた。
ヤスオは意識を集中し、ゴブリンの懐に入り込み、全力でバールを振りぬくのと同時に、スキルを発動する。
【つばめ返し】
ドンッ!という音に重なるように、ドンッ!という音がなる。
バールの一撃は2体のゴブリンの頭を正確に打ち据えており、粉々に粉砕していた。仲間に起こった異変を感じ取った最後のゴブリンが、ヤスオに視線を向ける。
ゴブリンがヤスオをしっかりと認識した時には、すでに顔面にバールが迫っており、ゴブリンはすぐに仲間の後を追うことになった。
「よし! うまくいった!」
ゴブリン討伐成功と、スキルがうまく扱えたことに、ヤスオは喜色をあらわにする。
昨日、剣士の熟練度が☆4に上がった時に覚えたスキル【つばめ返し】。
DFの作中では〈通常攻撃を2回連続で行う〉という物だったが、事前に試し打ちをした所、効果が微妙に変わっていることに気づいた。何度か試してみた結果、現実での【つばめ返し】は〈自身の放った斬撃を、任意の場所にもう一つ発生させる〉スキルに変化していた。
ただし、発動に条件があり、得物を全力で振り切らないと発動できない仕様になっており、スキル発動後は隙だらけになってしまう。ゴブリン相手なら問題ないが、使う場所は選ぶ必要があるとヤスオは考えていた。
バールについたゴブリンの血液を拭いながら、ゴブリンに群がられていた家を観察する。
何がゴブリンの引き付けたのか、疑問に思いつつ、門扉を押してみる……ガチャガチャと音が鳴るだけで開きそうにない。
ヤスオは正門の高さを目測で図り、おもむろにジャンプする。約2mほどの高さだったが、問題なく飛び越すことが出来た。危なげなく庭に着地し、玄関まで進む。
反応はないだろうと思いつつも、インターホンを押し、中を確認しようとドアに手をかけたところで、絶句した。
「はい……」
インターホン越しに、女性の声が聞こえてきたのだ。
どうせ誰もいないだろうと高を括っていたヤスオにとって、全く予想外の出来事だった。
「あー…………」
ヤスオの中に、(なんで人がいるんだ!)(ま、まずは挨拶か………?)といった思考が駆け巡るが、しっかりとした言葉にならず抜けていく。
「…………えっと、今、外にいきますね」
お互いにしばらくフリーズした後、次の言葉を発したのは女性の方だった。
インターホン越しでは話にならないと思ったのだろうか、外に出てくるとのことだった。少しの間待ち、ガチャッと扉が開いた。
「ええっと……こんにちわ……?」
「こ、こんにちは」
玄関から出てきた女性の戸惑いながらの挨拶に、ヤスオはそう返すだけで精いっぱいだった。実際には一週間程度だったとしても、ヤスオの感覚では、何か月振りにほかの人と会話をしたからだ。
扉から現れた女性が、とても綺麗だった事も、ヤスオの口をより一層重たくさせた。
年の頃は20歳くらいだろうか。くりくりと動く大きな瞳に長いまつげ。背中にかかる長く艶のある黒髪。しみ一つない真っ白な肌や、服の上からでもわかる胸元の大きな膨らみは、日本人離れしていた。女性の着ている何の変哲もない無地のシャツとロングスカートすらも上品に見える。
目の下に出来ている隈と、艶を失った唇が目立つが、それを補って余りある美人さんだった。
動揺し、顔と胸元に視線が行ったり来たりするヤスオを見て、女性は不思議そうに首を傾げ、問いかける。
「あの……どうかしました……?」
「あー……すみません、何でもないです」
ヤスオは、女性の顔や胸をじろじろ見てしまっていたことに気づき謝罪し、極力、せめて胸元を見ないように気を付けて、質問をする。
「外でゴブリン……えっと、緑色の小人みたいなやつが暴れていたんですけど、怪我とかないですか?」
「怪我は大丈夫です。あの緑色の人たち、ずっと外にいて困っていたんです……」
「それは大変でしたね……はは…………」
なんとか言葉をひねり出し、また、しばらくの沈黙が流れた。ヤスオは、額に嫌な汗が伝うのを感じながら考える。
ヤスオは、【女性】という生き物に対して、苦手意識の塊を持っていた。
それというのも、全て幼馴染である《ある女性》を思い出すからで、過去にこっ酷いフラれ方して以来、女性と話すことにどうしても気おくれしてしまうのだ。
久しぶりに会えた人と交流を持ち、情報収集をすることは大事だと分かっていたが、すでにヤスオはこの場を去りたい気持ちでいっぱいだった。
「まあ、怪我がなくてよかったです。じゃあ、俺はこれで……」
言い終わると同時に、ヤスオは背を向けて歩き出す。一歩、二歩、三歩と進んだところで、後ろから声がかかった。
「まって、待ってください!」
女性の声を張った呼び止めに対して、ヤスオが足を止めて振り返ると、思い詰めた様な表情で女性が話し始めた。
「あの!私……全然わかんなくて!外にいる緑の人もっ、ドラゴンも見ました!でも………一人で外に出ることが怖くてっ!なにも出来なかったんです!」
女性の声があたりに響き渡る。
「だから!……そのっ……お忙しいと思いますが!少しだけ……すこしだけ…………おはなし……できませんか……?」
女性は、目に涙を貯めて、両手を拝むように握り、必死に訴えていた。 最初は力強かった声が、押し殺したような声に変わっていく。その、震える体と、弱々しくなりつつある声色は、女性が心の中にある勇気を振り絞って、ヤスオに話しかけている事を物語っていた。
女性の叫びを聞いたヤスオは、頭を掻き、頷く。
拒否することなどできず、対話に応じるのであった。