表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

3

 あの後、家に戻ってきて、ヤスオはまたすぐに寝てしまっていた。

 当然の事、ヤスオの処理能力をはるかに超えた出来事は、ヤスオに対して大きな負荷をかけていた。


 ヤスオが次に目を覚ました時には、窓から日の光が差し込んでいて、天候が、自分が長い時間寝てしまっていたことを教えてくれていた。


「お腹……すいたな」


 家の中を漁り見つけた菓子パンを食べながら、昨日のことを考える。


(肩の痛みが引かない……)


 ヤスオの右肩には、まだゴブリンに打ち据えられた痛みが走っていた。

 つまりあれは紛れもない現実であり、外にはまだまだ危険が沢山潜んでいる。


 冷蔵庫の中にはまだ食料品は残っているので、誰かが助けてくれるまで待つのか?いつまで待てばいいのかわからない。そもそも、この状況で誰かが助けに来てくれるのか……役所?警察?自衛隊?それすらもわからない。


(本当に、意味がわかんないよ)


 ヤスオは、いくら考えても纏まらない物事を一度放棄し、わかることから考えるようにした。

 菓子パンを食べ終え、まずは、右肩を確認する。腫れていて、触ると痛みもあるが、動かすことには問題なさそうだ。


 ヤスオにとって、誰かにこん棒で殴られることは初めての経験だった為、ゴブリンに殴打された時は、確実に骨が折れたと感じていたが、考えに反して怪我の具合は悪くなさそうだった。応急処置として家にあった湿布を張ることで様子見することにした。


 次に、ゴブリンを倒した際の出来事について考える。

 昨日は、頭が混乱してよくわからなかったが、ゴブリンを倒した時に自分の中に流れ込んできた物。あれはゴブリンを倒した事で、自分に経験値が入った結果、レベルアップしたのではないだろうか。


 ヤスオは、自身の中から湧き上がってくる、荒唐無稽な考えに恥ずかしさを感じ、誰に見られているわけでもないのに、周りを確認してしまった。

 ヤスオはライトノベルをよく読んでいた為、こういう場面でまずやってみることを知っているのだ。恥ずかしさを感じながら、心の中で(ステータス)と念じてみる。

 ヤスオの脳内に浮かんでくる文字列。自身の頭の中に見える文字を読むという、独特の感覚に戸惑うが、記載してあるものはヤスオの望んでいた通りの物だった。


 見慣れたそれは、DFのステータス表記であった。


名前:ヤスオ レベル:2

職業:剣士  熟練度☆1

ステータス

力   :13 【+5】

防御  :10 【+3】

魔力  :0

魔法防御:7

すばやさ:12 【+4】

きようさ:5


スキル

なし


呪文

なし


「おお…………」


 心のどこかで、出てくるはずがないと思っていたステータス表記を見て、少し思考停止する。


 何も考えず、ステータスを眺めているうちに、ヤスオは違和感を覚えた。よくよく見てみると、DFでは、HPとMPの表記もされていたはずだが、その二点の記載がない。

 違和感を感じながらも、ステータスを読み取る。ヤスオにとって気になる点は、レベル2と、職業:剣士だった。

 

 DFの世界において、強さの指標は二つあった。

《レベル》と《職業熟練度》だ。


 レベルは敵と戦い倒すことで経験値を得て、それを糧に上がっていく。1レベルにつき、現在の職業によって決定される固定値がプラスされていくのだ。


 職業熟練度は、倒した‘敵の数‘によって、職業経験値を得て、熟練度が増していく仕様になっていた。熟練度は☆1~☆10まであり、熟練度が上がると、転職した後も残る《パッシブステータスアップ》を取得し、規定値に達するとスキルまたは呪文を覚える事が出来る。


 例えば、ボスを一体倒すと、大量の経験値を得てレベルが一気に上がるが、職業熟練度はほとんど上がらない。

 ゴブリンを100体倒すと、経験値はあまりもらえないが、職業熟練度は大量にもらえる。

 また、自分よりレベルが低すぎるモンスターを倒しても職業経験値はもらえない仕様もあった。


 この仕様により、DFではレベルを上げながら職業熟練度を上げて、ステータスアップ目指し、一つの職業をマスターした後は、転職して、次の職業の熟練度を上げていくというプレイスタイルが推奨されていた。


 注意すべき点として、レベルが上がった際のステータスアップは、レベルアップ時点の職業に依存してしまうため、例えば物理職の上級職である、ウェポンマスターを目指す際に、呪文職である魔法使いを経由し、さらに大量にレベルアップしてしまうと、最終的にウェポンマスターになれたとしても、変に魔力の高く、力が低い物理アタッカーというよくわからない存在になってしまう。


 逆に、あえて職業をばらけさせることで、パーティーに足りない部分をすべて補うオールラウンダーを作ることも可能であり、そのビルド選択肢の多さも、DFの魅力の一つだった。


 ヤスオに発現した剣士という職業は、力と防御、すばやさがバランスよく伸びる生粋の物理アタッカーであり、ヤスオがゲームをする際に最初に選ぶことが多い職業だ。


 ヤスオは、自身の名前と、レベル、職業を何度も見る。


(自分がレベル2でしかも剣士になっている……!)


 なぜ剣士の職になったのか、もしかしたら包丁でゴブリンを倒したからなのか、わからない。しかし、ヤスオにとって重要な事は、自分がDFの職業になれたことであった。


 今、ヤスオが感じていることは、子供の頃から変わらない、純粋な、レベル上げをしたい!という感情だけだった。


「落ち着け……昨日も失敗したばかりだぞ」


 すぐに外に飛び出していきたい衝動を抑える。昨日も無謀な行動により、命を落としかけたのだ。

 深呼吸をして、努めて冷静になり考えた結果、まずは武器になりそうなものを探し、その後に食料の確保を優先することにした。





 武器になるものを探して、家中をひっくり返したが、ろくなものがない。家にあるものと言えば、食器に本、ゲーム機や椅子など、とても武器として使えるようなものではなかった。


(まあそりゃ都合よくあるわけないか……)


 当然と言えば当然の結果だが、ヤスオは少なからず落胆していた。

 どうしたものかと頭をひねらせ、いい案を思いつく。


(そういえば、前の家ってちょうど工事をしてたよな?)


 善は急げと外に出る。ヤスオの思惑通りに工事現場にはむき出しの鉄パイプや、バールのようなものが置いてあった。

 ちょうどいい長さの物を何本か拝借してくる。家に持ち帰り、試しに、握りしめて降ってみた。


(これは小さすぎ……こっちは大きすぎる……)


 鉄パイプや小さめの金槌など色々と試してみて、1mほどのバールが一番、ヤスオの手に馴染んだ。そのままでは少し滑る為、持ち手のところにガムテープぐるぐると巻いて再度降ってみる。

 ビュン!ビュン!と風を切る気持ちのいい音を立てて振り下ろせる。


「武器はこれでOK。次は食料品だな」


 ヤスオは突貫で作ったわりによくできた武器に満足し、食料品について考えをまとめる。

 これに関しては、ヤスオの中ですでにアイデアが浮かんでいた。近場にあるコンビニに行って、賞味期限が長そうなものから根こそぎ持ってくるのである。自宅に持ってくるのではなく、コンビニで生活をしようかとも考えたが、落ち着かないだろうと思ってやめておくことにした。


(武器はもった、リュックも背負った、外出する準備よし)


 外に出て近くのコンビニへ歩みを進める。

 距離としては、50mほどか。特に障害もなく、無事コンビニにたどり着く。

 コンビニにも人の気配は全くない。特に荒らされたような痕跡もなく、地震の影響か、一部の商品が棚から落ちているだけだった。


 バールを床に置き、店内の物色を始める。

 まずは、おにぎりやパンを手に取り賞味期限を調べる。どれもつい先日切れてしまっているようだった。ため息をつき、賞味期限が出来るだけ長いものを優先して集めていく。


 20分後、手元に残っていた物は、缶詰類とカップ麺、カロリーメイトと、後はチョコやスナック、グミなどのお菓子だけといった具合だった。


「やっぱりどうしても偏るよなぁ……」


 頭に手を当て再度ため息をつく。

ヤスオ自身、好き嫌いが特にあるわけではなく、食べられればOKという性格の持ち主だ。この期に及んで、贅沢をできないこともわかっていた。それでも、野菜やフルーツといった彩りが一切ない食料品を見ていると、栄養面での心配が残った。


少しの間、食料品を見つめるが、結局何か解決法があるわけでもなく、リュックの中に食料品を詰め込み始める。

 缶詰と、カロリーメイト、チョコ等の出来るだけ嵩張らないもの優先して詰め込んで、残りは入る分だけお菓子を詰め込んだ。

 カップ麺はお湯を大量に使うため、今後も食べ続けられるとは思えず、今回は持ち帰らないことにした。

 飲料水について迷ったが、家にペットボトルのお茶が残っていることに加えて、水道は現時点で問題なく動いているため、水道の水が出ているうちはそれを飲むことに決めた。


 そうしてパンパンになったリュックサックを背負い、バールを拾い自宅へ帰ろうとコンビニの外に出ようとして…………やり残したことを思い出す。

 

 ヤスオは、持ってきていた財布から一万円札を取り出し、レジに置く。今までの習慣から、意味がないとは思いつつも、何となくそうしないと気持ち悪かったのだ。

 万札の置かれたレジを見て、満足そうにうなずき、帰路に就いた。


 帰り道でも特に何かに遭遇することはなく、ヤスオ一人であればしばらく飢えることはないだけの食料品を手にいれたのだった。





 ヤスオは、武器と食料品を手にいれたことで、すぐに命取りになるような差し迫った問題はなくなったと考え、当面の方針について検討することにした。

 外の世界は危険に満ち溢れている。たったレベル2の現状、先日の駅前のように終盤に出てくるモンスターに襲われたら、何が起きたのかわからず死ぬだけだ。ずっと引きこもっていても、安全であるとは限らないし、何より食料が持たない。

 決して勝てない相手に出会ったときに、最低でも逃げられる程度にレベルを上げることは急務であると、ヤスオは考えていた。

 最低でも……レベル10。

 これくらいのレベルがあれば、ゲーム内でも、オークレベルの相手であれば逃げられたはずだ。


 目標レベルを決め、次はどうやって上げるかを考える。

 DFで出てきた最序盤の敵を思い出す。

 ナンバリングにもよるが……ゴブリン、スライム、キラーラビット、スカルソルジャー、スカルアーチャー、大毒ガエル、ウルフギャング、ワイルドボア、ストーンスコーピオン、フレイムゴースト……よく出てくるのはこの辺りだろうか。

 正直なところ、ゴブリン以外のモンスターは毒を持っていたり、物理攻撃に耐性があったり、必ず集団行動をしていたりと、一癖あるモンスターばかりだった。特に、大毒ガエルの毒は、ゲーム中、何度も全滅させられている。ファンとしては一目見てみたいという気持ちはありつつ、できれば出会いたくない筆頭であった。


 ゆっくりと考え、結論を出す。


(ゴブリンだけを狩って、まずはレベル10を目指す!)


 ヤスオにとって、何もよりも安全が重要である為、ゴブリン以外には近づかず、ゴブリンだけ狩ることを心に決めた。


 方針を決めたヤスオは早速レベル上げをするために、バールを持ち、外に出て獲物を探し始める。


 少し歩いて、すぐに見つけた。ゴブリンが一人で、街を徘徊している。


(やれるよな)


 ヤスオはバールを握り直し、正面に構える。

 ゴブリンもこちらに気づき、駆け出してくる。

 段々とお互いの距離が近づき、ゴブリンがこん棒を振り上げた瞬間、ヤスオはバールを思いっきりゴブリンの顔面に叩きつけた。

 ドンッ!鈍い音が鳴る。

 ヤスオの一撃は、ゴブリンに対して致命傷を与えたようで、ゴブリンは、こん棒を振り上げた体制のまま、ピクピクと体を痙攣させながら倒れ込んだ。

 ヤスオは、バールを叩きつけたことによる手のしびれと、ゴブリンから伝わってくる経験値の流入を感じていた。


「やれる……!やれるぞ……!」


 ヤスオは笑みを浮かべる。以前の自分では、絶対に無理だった動きにより、危なげなく狩ることが出来たからだ。

 前回よりレベルが上がった効果か、ヤスオの眼は、ゴブリンの動きをハッキリと捉えていた。

 相手の攻撃の瞬間に、強烈なカウンターを合わせることが出来たのだ。

 残念ながらレベルアップはしなかったものの、しっかりとした手ごたえを感じた。次なる獲物を求めて歩き出す。


 次の獲物もすぐに見つかった。

 ヤスオは気分の高揚に任せて、見つけたゴブリンに向かって突進する。

 ゴブリンもヤスオに攻撃をしようと必死にこん棒を振り上げるが、今までのゴブリン同様、頭部をバールで強打され即死した。経験値の吸収と同時に、テッテレーという曲が流れてくる。


ヤスオはステータスと念じ自身の変化を確認した。


名前:ヤスオ レベル:3

職業:剣士  熟練度☆1

ステータス

力   :21 【+5】

防御  :15 【+3】

魔力  :0

魔法防御:9

すばやさ:19 【+4】

きようさ:7


スキル

なし


呪文

なし


 レベルが上がっている事の喜びが全身を駆け巡る。

 先ほどまで、少し重みを感じていたバールが、今は全く重みを感じない事実も合わさって、ヤスオは全能感に満たされていた。


 笑い声をあげたいのを必死に我慢して、ヤスオはすぐに次の獲物を探し始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ