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 次の目覚めは最悪だった。普段走らない距離を走り、そのまま寝てしまったことで、体の痛みと汗のべたつきを全身で感じる中での目覚めだった。


 ヤスオは、寝起きのルーティンとして、携帯を手に取り時間を確認する。慣れた手つきで起動するが、肝心の時間が表示されることがなかった。なぜオフラインになっているのか、疑問に感じて携帯の設定を弄っているうちに、だんだんと、先ほどまでの記憶がヤスオの中に蘇ってくる。


(あの生き物はなんだ…?)


 ヤスオの……いや、世界の常識とはかけ離れた、現実にいるはずのない数々のモンスターたち。

 果たして、自分は白昼夢を見ていたのか、それを確かめるため、時間の表示がされない携帯に見切りをつけ、パソコンの前に座り、起動する。じりじりとOSを立ち上げる音が聞こえ、起動には成功するが、結局パソコンもネットにつながることなくオフラインのまま、現状を調べることは出来なかった。


 ヤスオは仕方なく、窓際に移動し、ちらりと窓から外を伺う。外は既に夕暮れ時ではあるものの、窓から見える景色はいつもとさほど変わらず、不気味なほどに静かであった。


 一体何が起こったのか、少しでも情報を集めたいが、携帯もパソコンもネットに繋がらない状態だと、実際に外に出て確認するしかない。一人暮らしであり、知り合いも近場にいないヤスオには、周りに頼れる人がいない。こういう時のために近所づきあいをしておくべきだったと、ヤスオは後悔していた。


 何もわからない現状に焦燥感が募り、胃がキリキリと痛み出すが、ヤスオは、外に出て確認することは最終手段として、必死に自身を落ち着かせながら考えをめぐらす。


 今日は月曜日で、自分は出勤をするために、徒歩20分くらいかかる最寄り駅まで歩いて行った。駅に入ろうとしたときに、まずは大きな地震が起きた。そのあとに、見覚えがあるモンスターが暴れ始めた。言葉にするとこれだけだ。


そう、"見覚えのある"モンスターだ。


 考えを整理しているうちに、ゆっくりと焦燥が興奮に変わっていった。

 "ドラゴンファンタジー" 世界的に爆発的に売れている超ロングセラータイトル。世界でゲームをやる人は必ず知っている、そんなゲームの敵モンスターの実物を、実際に見ることが出来たのだ。


 小さい頃からゲーム好きであったヤスオは、例に漏れず、DFを追い続けている生粋のドラゴンファンタジーファンだった。


 大好きな作品の、大好きなモンスターの実物。


 理解するにつれて、ヤスオの中の焦燥を、興奮がかき消していく。

 自身の心を守る為か、頭の片隅に思い浮かぶ―そのモンスターが虐殺を行っていた―という事実はあえて無視して、徐々にヤスオのボルテージは上がっていく。ヤスオの中では、モンスターは愛すべきキャラクターであり、人類の敵ではなかったのだ。


 その考えに思い至った時、外に出ていくことは恐怖ではなくなっていた。

 弾む気持ちを抑え、ヤスオは、動きやすい服装に着替えて携帯を持つ。ほかに、護身用の武器になるようなものを探したが、なかなか見つからず、申し訳程度に刃が長い包丁を持って外に出て行った。


 ドアを開け、外を見渡す。

 最寄り駅まで、バスに乗っても30分以上はかかる僻地の住宅街に住んでいるため、閑散とした街並みが見て取れる。

 夕陽が落ちかけている空に目を向け、ライトを持ってくるか迷ったが、探していたら完全に日が暮れてしまいそうだと諦める。


 ヤスオは外に出て、どうするべきか迷った後、まずは、隣の家のインターホンを押すことにした。


 周囲を見渡しながら左隣の玄関まで行き、インターホンを押す……反応なし。中を覗き込もうとするが、カーテンが締まっており、電気もついていないようなので、中の様子は全くわからない。


 踵を返し、右隣の家まで歩き、インターホンを押す。こちらも反応がない。見える範囲に窓がない為、中を覗き込むこともできそうにない。

 ヤスオは仕方なく、門を開き敷地の中に侵入する。ドアに手をかけ、少し引いてみると、‘ガチャ‘と扉が開く音がした。不法侵入をしている事に、心臓が大きな音を立ててなり始める。家の中に勝手に入ってしまおうか、少しの間逡巡するが、包丁を持ち、ほかの家に侵入するという、明らかな犯罪を犯すことに引け目を感じて、どうしてもそれ以上入ることは出来なかった。


 結局、よその家を訪問しても何の収穫もなく、だからと言って不法侵入するほど、肝が据わっていなかった為、ヤスオは道路沿いに少し歩いてみることにした。

 駅方面にはどうしても行く気になれなかった為、駅とは逆方向に、50メートル、100メートルと周りを伺いながら慎重に歩いてみる。人っ子一人いない街並みが流れていくだけで、何の変化もなかった。今朝の光景はただの見間違いだったのか?という疑問がヤスオに芽生え始めた時に、音が聞こえてきた。


 "ぐちゃ" "ぐちゃ"と何かを潰すような音だ。


 夕陽が落ちかけ、街灯が点灯し始める。

 音の発生源を探すため、視線を振り、道路を挟んだ向こう側に目を向けると、家と家の間、ちょうど光が届かない場所で、何かが動いていた。


 街灯が点灯するにつれて、暗闇で覆われていた物が、段々と露わになってくる。

 そこでは、ゴブリンが、おそらく人だった物体に対して、こん棒を振り下ろしていた。

 何度も振り下ろされたであろうこん棒は、半ばから折れており、そのボロボロの様はゴブリンの膂力の強さと、長い時間、行為が繰り返されていた事を物語っていた。


 その光景を目撃し、ヤスオは、自身の考えが甘かったことを痛感していた。


 何が「愛すべきキャラクターで、人類の敵ではない」だ。

 お前は見ていただろう?アイアンゴーレムが人を押しつぶす姿、グレータードラゴンが人を食い殺す様子、マンイーターの溶解液が人を溶かす所。そして、ゴブリンが人を叩き殺す姿を。


 ヤスオの中に、後悔と自分自身に対する怒り、そして強い恐怖が湧いてくる。自分の能天気な考えのせいで死にそうになっている。それがどうしても受け入れられなかった。


 その気持ちを消化しきる前に、ゴブリンがヤスオの存在に気づいた。

 ゆっくりと顔を上げ、ヤスオに振り向き、新しい獲物を見つけた事がうれしいのか、「ニィ」と笑ったように見えた。ゴブリンは立ち上がり、ゆっくりとヤスオ向かって歩き出す。


 蛇に睨まれた蛙のように、ヤスオは動くことが出来なかった。


 走馬灯だろうか、脳裏を今までの人生が過る。

 誰からも必要とされていない人生だった。両親は事故で死んだ。信じていた友人には騙され、ずっと一緒にいようと誓った幼馴染には裏切られる。


 本当に、ろくでもない人生で、きっと自分が死んでも誰も悲しまないだろう、いつ死んでもいいと考えていた。

 楽しかったことはゲームだけ。それなら、一番楽しんだ、DFのモンスターに殺されるのも悪くないのではないか?そんな考えが思い浮かぶ。


 一つだけ、たった一つだけ心残りがあるとするならば、ドラゴンファンジーの世界をもっと楽しみたいという事だけだった。


 走馬灯が終わり、現実に引き戻される。

 ヤスオは、右手に握っている包丁を見て考えをまとめる。


 一回、全力で戦おう。


 もし勝てたら、この世界を全力で生きる。もし負けたらそれまでの人生だったというだけだ。咄嗟の考えだが、名案に思えた。


「やってやる……」


 包丁を握りしめ、ゴブリンと向かい合う。

 改めて、ゴブリンを観察する。身長は1.5mくらい、全身緑色の肌、筋肉で盛り上がっている両腕、防具は特にしておらず、武器は右手の折れたこん棒のみ。ゲーム的なステータスを思い起こすと、HP・力・防御・速さどれも最低値の、まさに雑魚敵という物だったはずだ。


 対してヤスオ自身もゴブリンと変わらないくらい貧弱な装備だ。

 特に運動をしていたわけではない、平均的な日本人の平均的な身体能力。身長も170㎝で高くない、体重も60キロでまさに平均的。武器は包丁のみと、何処をとっても強みのない状態だ。


 ゴブリンが近づいてくる。距離にして、2mほどまで近づいてきたときにヤスオは、雄たけびを上げてゴブリンに向かって突進をした。


「うあああああああああ!」


 包丁を腰だめに構えて、ただまっすぐ、ゴブリンに体当たりをする。見ようによっては特攻に見えるその行動に、ゴブリンは一瞬、ぎょっとしたような表情を浮かべ、すぐにこん棒を振り上げ、ヤスオに向って振り下ろした。


 ヤスオの頭部めがけて振り下ろされたこん棒は、わずかに狙いがそれ、肩に直撃する。


「ぐうっ!」


 ヤスオの肩に走る鋭い激痛。明らかに骨に異常が起きたであろうその痛みに、足が止まりそうになるが、ヤスオは気合で体当たりを敢行しきった。全身で体当たりをして、包丁をゴブリンの胸に突き刺し、そのまま全体重をかけて地面に押し倒す。


「グギャアアアア!!」


 ゴブリンが叫び、暴れる。こん棒を手放し、両手で必死にヤスオの体を引きはがそうとしている。しかし、ヤスオは絶対に離れようとせずに、全力でゴブリンに対して包丁を押し付け続けていた。


 どれくらいの時間が経ったか、段々とゴブリンの抵抗が弱まり、ついに、一切動かなくなった頃に、ヤスオはよろよろと立ち上がった。


 色々な事がありすぎて、思考停止寸前の状態で、ヤスオは、ゴブリンから流れ込んでくる力と、自身のうちから湧き上がってくる力を感じながら(ゴブリンの血って赤いんだなぁ…)とボンヤリ考えていた。

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