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恋の終着

 結奈さんとタウフィークの会話に参加したりしなかったりを繰り返していたところで、不意に背後から聞き慣れた声が私の名を呼んだ。

 振り返ると、朔矢が佇んでいた。


「歓談中にすまない。儀式が始まれば話す機会がないと思い、つい声をかけてしまった」


「いや、私も朔矢と話がしたいと思っていたから。むしろこちらから出向かなくて申し訳ない」


 そう謝れば、朔矢は変わらずの無表情で「気にするな」と言った。


「先ほどは万咲希のために大臣らと対峙してくれて感謝する。とても心強かった」


「私はお礼を言ってもらえる立場ではないよ。けっきょく返り討ちにされてしまった」


 あそこで私が声をあげる必要はなかった。

 朔矢だって、大切な弟子が傷つけられたことに対して言いたいことがあったはずなのに、つい怒りに身を任せてしまった。 


 その結果があれだ。 

「親なしはろくな育ち方をしない」と言われた瞬間、父と母の優しい笑顔が脳裏をかすめて胸が痛んだ。

 尊敬する両親に授けてもらった教えの数々が、価値のないもののように扱われた気がして怒りに震えた。


 厄介者でしかない自分を引き取って育ててくれたアルミラージの族長とその家族を侮辱されたようで罪悪感を覚えた。

 言葉が的確に心を切り裂き、自由に動くはずの口が動かなくなった。

 力強く否定すべきだったのに。


 負の感情に溺れそうになっていた私は、肩に手が置かれる感覚で我に返った。

 顔を上げると、同僚の静かな瞳がまっすぐこちらを見据えている。


「あれはひとの心を持つ者の言葉ではない。腫瘍のように切除して忘れてしまえば良い」


 そこまで言ってから、彼は何かを想起してクッと喉を鳴らした。


「それにしてもお前の弟子は勇ましいな。あのように大勢の目がある中で、堂々と言葉を発するのはなかなかできることじゃない」


 朔矢の視線を辿ると、タウフィークと談笑している結奈さんに行き着いて、私は自然と頬を緩めた。


「結奈さんには感謝をしてもしきれないよ。私は彼女のおかげでここにいるようなものだ。そして同じように、朔矢にも感謝している。鎌鼬一族を通して伝えてくれた情報の数々がなければ、現世は完全に消滅していただろうね」


 ありがとう。そう改めて口にすると、朔矢は目を細めて微笑んだ。

 それなりに長い付き合いになるが、彼の笑顔を見ることはそこまで多くない。

 なんだか得をしたような気分になって微笑み返したところで、「葉月さん」と遠慮がちに声をかけられた。

 

「華陽さん」


 随分と久しぶりに会う小料理屋「鈴の音」の少女を前に、私は無意識のうちに息を詰めた。

 今までただの薬師だと思っていた妖が、実はこの世でもっとも忌み嫌われている偽神だったと知って、彼女はどう思っただろう。


 丸い瞳で見上げてくる少女の目を真っ直ぐ見られなくて、思わず目を逸らしてしまう。


 そんな私の肩を朔矢が軽く叩いた。

 気を遣ってくれたのだろう、彼はしっかりとした口調で「また会おう」と言って去っていった。

 いよいよ本格的に気まずくなって、目を泳がす。

 

 けれど、目の前の少女は変わらない笑顔とともに「お久しぶりです」と頭を下げた。

 少し緊張しているようにも見えるが、どうしてか嫌なぎこちなさなどは微塵も感じない。

 つられて私も肩の力を抜いた。


「大変な旅だったと伺っております。ご無事でなによりです」


「ありがとうございます。華陽さんは、体調にお変わりありませんか」


 少し痩せたような気がする。

 華陽さんは私の不在中に何度か軽く体調を崩したことを述べてから、それでも問題なく過ごせたことを教えてくれた。

 

「朔矢先生が、私のカルテは一際細かく書かれていたっておっしゃっていました。たくさん気にかけてくださって本当にありがとうございます。葉月さんのおかげで、私は今、元気に生活できています」


「あなたが治療を頑張ってくれたからですよ」


 謙遜ではなく、事実そうだった。

 どれだけ手を尽くしても、生を諦めてしまった者はスルスルと私の手をすり抜けて命を落としていった。

 

 けして彼らが悪いのではない。

 生きる希望を見いだしてあげられなかった、力不足な私の責任だ。

 

 彼女はしかし、どんなに辛い治療でも生きることを信じて乗り切ってくれた。

 私が何をするでもなく、自分の力で。

 

 そう伝えると、彼女は躊躇いがちに目を伏せてから、落ち着かない様子で首を横に降った。

 頬を紅色に染め、自分の両手をギュッと握り締めて、彼女は口を開いた。


「私、葉月さんのことを、ひとりの男性としてお慕いしていたんです」


 驚きで声が出なかった。

 戸惑いながら言葉を探している間にも、華陽さんの話は続いていく。


「葉月さんは私にとって英雄で、救世主で、憧れのひとです。診療に来てくださったときだけは、葉月さんを独り占めできて嬉しかった。だから治療やお仕事を頑張れたんです」


 秘密を打ち明けるようにそっと紡がれた言葉は、大いに自分の心を震わせた。

 けれど、心に決めた人がいる今、その想いを受け取ることはできない。

 彼女もそれを分かっているのか、華陽さんは間髪入れずに口を開いた。


「これからは葉月さんの救ってくれたこの命を大切にするために、治療を頑張ろうと、そう心から思っています」


 まるでお別れの挨拶のようだ。

 そう思った自分に内心苦笑する。

 まるで、ではなく、実際にお別れだ。

 

 永遠に会わないなんてことはないだろうが、朔矢に担当を引き継いだ今、彼女と会う理由がない。

 お別れなのだ。

 実感した瞬間、彼女が向けてきた晴れやかな笑顔が、一瞬で脳裏に焼き付いた。


「先生、ご結婚おめでとうございます。命を助けてくださった葉月先生が幸せを手にされたこと、こころから嬉しく思います。どうか、末永くお幸せに」


 彼女は惜しげもなく温かな祝いの言葉を贈ってくれた。

 想いに応えられない罪悪感で謝罪しそうになった私は、それを飲み込んで口角を上げる。


 罪悪感を抱くなど、むしろ彼女に失礼だろう。

 自分の体裁を守るために口にする言葉ほど情けないものはない。


 だから私は目一杯の感謝の気持ちをこめて、お礼の言葉を伝えた。

あと3、4話で完結予定です!

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