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千年前

「話し合いは終わったようだね」


 音もなく神様が現れて、私たちの前に立った。

 不思議な色の瞳が優しげにこちらを見下ろしている。


(そっか。すぐに現れなかったのは、私が一方的に話していたからか)


 そう納得する私の横で、葉月さんが深く頭を下げた。


「お時間をいただき感謝申し上げます。もう迷うことはございません。常世と現世を結ぶ媒体として、どうぞ私たちをお使いくださいませ」


「わかった。ではまずは、うっかり君を壊さないように、君と現世の縁を切っておこうか」


 神様はひとつ頷くと、優雅な仕草で私の背後に回った。

 葉月さんとともに座礼していた私は、緊張で一気に自分の体が強張るのを自覚する。

 

 そんな私を気にすることなく、神様は座している私の傍らにしゃがみ込み、何か見えざるものをそっと(すく)った。

 人差し指と中指だけを立ててハサミの形を作り、掬い上げた何かを切る動作。

 

「これでよし。それじゃあ、君の目を借りるよ」


 あまりの手際の良さに驚いて、覗き込まれた美しい瞳を呆然と見つめ返す。

 そこでようやく先ほどまで感じていた威圧感や息苦しさが無くなっていることに気づき、私は縁を切られたことを実感した。


「なるほど、君にはこう見えているんだね。混乱しなくて大変結構」


「見えている……?」


 どういう意味だろうと首を傾げる。

 神様はきゅっと目尻にしわを寄せて微笑むと、自分の姿の話だと答えた。

 どうやら私が神様の姿をどう見ているのか確認しているらしい。

 

「間違っていましたか?」


 不安になって尋ねるが、神様は微笑んだまま「ひとはすぐに答えを求めるね」と返した。

 

「正解はない。 あえて答えを作るならば、ひとによって見え方が違う。複数いると答えるひともいれば、人型ではない何かとして見る者もいる。要はその者の信仰している姿が映し出されるんだ」


 さて。神様がすっくと立ちあがった。

 入れ替わるようにして優しい春風が甘い花の香りを乗せて吹き抜ける。

 髪の毛が弄ばれる感覚に心地よさを覚えながら、私はまじまじと神様を見つめた。


(どうみても人間の男の人に見えるけどなぁ。神様は自分がどんな姿をしているのか知っているんだろうけど、本当の姿はどんな感じなんだろう)


 一見すると普通の人間だが、雰囲気はたしかに浮世離れしているように思う。

 仙人のような見た目かもしれないし、犬や猫のような可愛らしい姿をしている可能性もある。

 もふもふな神様というのも結構……いや、かなりアリだ。

 そんな風に答えを探してしまう自分に苦笑する。

 

「これから月結びの儀式を執り行う運びになるが、そのまえにひとつ、昔話をしよう」


 私と葉月さんは顔を見合わせ、予想外の流れに戸惑いつつも傾聴する姿勢をとった。

 神様は葉月さんの左前あたり――ちょうど議長席の位置に腰を下ろすと、ゆっくりした口調で話し始めた。


「今から千年ほど前に、現世のとある池のほとりで一匹の妖狐と一人の人間が出会った。妖狐は名を(くず)()といい、運悪く狐狩りをしに来ていた侍と鉢合わせて追われていた。人間の方は安陪保名(あべのやすな)という腕の立つ男で、逃げ込んできた葛の葉を匿い、こっそり逃がしてやった」


 千年前という単語を耳にして、意外と最近のことだ、なんて感想を浮かべてしまうのは仕方のないことだろう。

 なにせ今目の前にいるのは年齢という概念のない神様だ。

 そんな年齢不詳の神様は心地よい声音で話を続けた。


「保名は追ってきた侍らと戦闘になって大怪我を負うが、変化の術で和尚に化けた葛の葉に助けられ、さらに療養のために葛の葉の住まいに身を寄せることとなった。……とまあ、そんな出会いを経てふたりは恋仲となり、季節が1つ巡るころには子が産まれていた。この子というのが後の阿部清明だ」


(阿部清明!? めちゃくちゃ有名人じゃん!)


 俗っぽい反応をしてしまった。

 驚いてから、「そういえば」と自分の脳内を探る。

 阿部清明の母親が狐だったというのは、どこかで聞いたことがあった。

 この話も、もしかしたら現世で語り継がれている内容なのかもしれない。


「五芒星の門が存在しなかったその時代、妖が当たり前のように常世と現世の間を行き来していたことは知っているだろう。けれど、妖と人間が現世で恋中になって強い縁を結ぶことは、当時においても珍しかった」


 どうも話が見えてこない。

 そんな雑念が頭に浮かびはじめたとき、神様が唐突に爆弾を落とした。


「見守っていたところ、ふたりが1つになったその瞬間、驚くことに2つの世界の繋がりがより強固なものとなったんだ。そして、この特異的な現象を目にし、妖と人の縁で両世界を繋げられるという答えに行き着いた」


(えええ!? ふたりが1つにって、つまりそういうこと!? 今から私たちも……いやいやいや、展開が早すぎ!!)


 私は一気に顔が熱くなるのを感じた。

 恥ずかしすぎて隣で静かに話を聞いている葉月さんの顔が見られない。


 よせばいいのに、頭の中に先日のお風呂での一件が脳内にハッキリと浮かんでしまう。

 もはや神様の「見守っていた」発言に突っ込む余裕はない。

 内心で大騒ぎしている私を、神様がちらりと一瞥した。


 微笑みを浮かべていた口元が僅かに歪み、すぐさま綺麗な笑みに戻る。

 ほんの一瞬だったが、どうやら笑うのをこらえたらしい。

 

「分かっていると思うけれど、縁を結ぶ方法は子作りだけではないよ。結婚式だってそのひとつ。よって、これから君たちにしてもらうことは、ごく一般的な神前式だ」


「存じております。媒体となるための第一義は、両者の心が同じ熱量で同じ方向を向いていること。それを確認するためにも、先ほどの話し合いは必要不可欠だったのでしょう」


 さらりと答える葉月さんに、どうやら勘違いしていたのは自分だけだと察する。

 なんてことだ。これではただの欲求不満な奴ではないか。

 再び頭を抱えそうになるが、私はなんとか平静を装って背筋を伸ばした。


「その通り。そして私の見た限り、君たちふたりは媒体になるに相応しい関係を築いている。君たちが媒体になることを承諾してくれてよかった」


 そう言って、神様はやはり静かな笑みを浮かべた。

推敲中の話。びっくりマーク!!を‼️って打ち間違えててびっくりした(笑)

‼️と遭遇した方、大変失礼いたしました( > < )

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