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行き止まり

 正殿は葉月さんの言うように、もぬけの殻だった。

 これ幸いと(ひさし)を突っ切り、北対に続く渡殿へ向かう。

 

 念の為にと角を曲がる前に渡殿の先の様子を伺ったが、提灯ひとつ見当たらない。

 その代わり、少し離れた位置にある建物からは夜中とは思えない怒声の応酬とともに眩しい光が漏れ出ていた。


(あれが台盤所か。で、あのバタバタと鍋や桶を持って走っていくひとたちが、さっきまでここにいた守衛かな?)


 北対の渡殿を小走りで進みながら、慌ただしく消火に奔走する守衛たちへ心の中で合掌する。

 先ほどまで私たちの潜んでいた東対は、すでに建物の半分以上が炎で覆われていた。

 あれを消すのは大変そうだ。


(でも、さすがにそろそろ偽物だって気づくかな? 煙が全然出ていないし)


 今はただ派手に燃えている炎を消すことで頭がいっぱいかもしれないが、冷静になって考えてみれば、彼らも火の不自然さに気がつくだろう。

 むしろ、よくここまでバレずに済んだと思う。

 葉月さんの術の扱いが上手い証拠だ。


「結奈さん、あと1分で術が解けます。北対の室内の見張りがどう配置されているか分かりませんが、様子を見つつ潜り込みましょう」


「りょ、了解しました!」


 1分という単語に気を取られて、ほとんど反射的に頷く。

 目隠しの札は残り1枚。

 もしも室内が政府側の妖で溢れていたら、とても3分で目的の場所に辿り着けるとは思えない。


(そもそも、その目的の場所だって定かじゃないのに。葉月さんは神様の気配を頼りにここまで来たみたいだし)


 室内の、たとえば頑丈な檻に封印されていたとしたら。

 たとえば、極めて精巧に造られた隠し部屋に閉じ込められているとしたら。


(……でも、行くしかないか)


 足を止めた分だけ私たちのほうが不利になる。

 ボヤ騒ぎの喧騒が徐々にざわめきに変わっている。

 侵入者の存在に気づくのは時間の問題だろう。


「あの妻戸(つまど)から入りますよ」


 蔀戸(しとみど)の重い板を開け閉めする時間すら惜しい。

 葉月さんが指さしたのは、対屋の四隅にそれぞれ設けられている両開きの扉だった。

 普段は見張りが立っているその場所は、すっかりボヤ騒ぎに駆り出されて空っぽになっている。


 扉の前についてすぐ、葉月さんがそっと数ミリだけ開けて中の様子を伺った。


「……アルミラージの見張りが1名と、政府側の守衛が3名。官吏(つかさびと)が6名。それから大臣(おおまえつぎみ)が1名。このまま扉を開けるのは危険ですね」


 即座にそう判断を下すと、彼は躊躇うことなく懐から最後の目隠しの札を取り出した。

 さらに、袖の下からも別の札を出す。


「仕方ありません。幻術で誤魔化して進みましょう」


「えっ、幻術ですか? それって、あの門にかけられていたような?」


 そんな簡単に使えるものなのだろうか。

 そう思って尋ねると、術の準備をしていた葉月さんが手をとめずに口を開いた。


「いえ、もっと小規模なもので、しかも数秒しか持たない術です。お札1枚だとそれが限界で」


「でも、いろんな術が使えて凄いです」


 尊敬の眼差しを向けると、葉月さんは照れたように頬を緩めた。


「ありがとうございます。もっとも、父には遠く及びませんけれどね」


 謙遜なのか本心なのか分からない言葉で話題を締め、葉月さんは「さて」と札を構えた。


「最初に目隠しの術をかけます。その後、幻術をかけ終えたら、即座に中に入って扉を閉めます。行きますよ」


「はい!」


 私の返事からほどなくして、目隠しの術が完全に解けた。

 すぐさま術をかけ直し、葉月さんはもう1枚の札を扉にかざした。


 刹那、ピンと張っていたお札が力を無くしたように垂れ下がる。

 私たちは頷き合い、慎重に扉を開けた。


(うわっ、見張りのひとたち、みんなこっち見てる。まあ出入口だし当たり前か。……本当に見えていないんだ。やっぱり葉月さんは凄いなぁ)


 おそらく扉の周辺に幻術をかけたのだろう。

 見張りの反応に変わりはなく、警戒の色もない。

 どうやら彼らの目には今、固く閉ざされた扉だけが映っているらしい。


 しかし術は数秒しか持たないので、音を立てないよう気をつけつつ素早く閉める。

 それが終わると、葉月さんは私の手を引いてまっすぐ部屋の奥に突き進んだ。


 だだっ広い畳の間の最奥には、七変化ランタナの刺繍が施された大きな几帳があった。

 部屋の端から端までずらりと並べられた几帳の手前で、膝を突き合わせて話し合いをしているのは、おそらく大臣と官吏たちだろう。


 タウフィークさんから聞いていたとおり、3名のうちひとりは小春さんの方に同行しているらしい。

 そしてもうひとり。あの天音(あまね)と名乗る狐の大臣は、タウフィークさんらアルミラージの手によって捕まえられている。

 そのことが気がかりなのか、それとも昼間の騒動のせいか、彼らは非常にやつれてみえた。


「気配は几帳を越えた向こうから感じます。アルミラージの方が見張っている、あそこから通って行きましょう」


 サッと辺りを見回した葉月さんが、左の壁際を指さして行った。

 そこには私たちと同世代のアルミラージの青年が、背筋を伸ばして立っていた。


(なるべく足音を立てないように気をつけないと)


 数メートル先に敵がいて、何らかの拍子に術が解けてしまったら即ゲームオーバーな状況。

 当然、私たちの歩みはゆっくりになる。


 几帳に辿り着いたころには、さすがの葉月さんも焦りを滲ませていた。

 そろそろ術が解けるのだろう。


「これで気づくといいのですが」


 そう呟いて、彼は見張りのアルミラージの肩をトントンと軽く叩いた。

 アルミラージの若い青年は、当たり前だが、びくりと肩を震わせて目を丸くした。

 耳をピンと立て、素早く剣の(つか)に手を這わせる。


「どうした守り屋」


 その様子に目ざとく気づいた守衛が、大臣らを挟んだ反対側の壁際から声をかける。

 青年は一瞬だけ目を泳がせ、すぐに察したように肩の力を抜いた。


「すみません。疲れていたもので」


「はっ、無理やり当番を変えろと言ってきたわりに、随分な勤務態度じゃねぇか。ふざけんなよ」


 地を這うような低い声が静かな室内に響いた。

 ボソボソと話し合っていた大臣らも、さすがに会話を中断して顔を上げる。


「なんだ、騒がしい」


 上質な衣を身にまとった男が言った。

 身なりからして大臣だろうその妖は、眠気のせいが苛立ちを隠しきれていない。

 守衛はその声に恐縮しきって頭を下げ、口を固く閉ざした。


「君ね、副族長の行方を探しているのだろうがね、業務を怠ったり、こちらの守衛に迷惑をかけるのはいただけない。現場を指揮している1番隊の隊長にも伝えておけ」


「はっ」


 横柄な態度とともに放たれた言葉に、アルミラージの青年は従順を絵に書いたような仕草で頭を垂れ、返事をした。

 大臣は満足そうにうなずき、またボソボソと話を続ける。


 青年は横目で彼らの様子を盗み見ながら、片手で器用に几帳をめくった。

 どうやら、ここから通れと言いたいらしい。


 私たちは感謝の意味を込めて彼の肩に軽く触れ、素早くその隙間に体を滑り込ませた。

 辺りを確認する間もなく、急いで青年の持ち上げてくれていた几帳を下げる。


 そして、とりあえず一難去ったと息を吐いた私は、目の前の光景に目を瞬かせた。

 几帳の先には、なにか神様の居場所に繋がるものがあると思っていた。

 

 けれどそこにあったのは、立派な椅子の鎮座する、暗くて狭い空間だけ。

 要するに行き止まりであった。

アルミラージの青年くん。強く生きて。


大臣の人数を間違えていたので直しましたパート2。

(2024.01.02)

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