東北対
扉を開けてくれたのは、知らないアルミラージの女性だった。
チェスナットの髪を持つその女性は、素早く私たちを中に招き入れると、指先で長く続く庇の角を指し、険しい表情で首を横に振った。
(事前に聞いていた話ではあの廊下の突き当りにもアルミラージのひとが配置されているらしいけど、この様子だと上手くいかなかったんだな)
どうやら政府側の守衛が見張りに立っているらしい。
私たちが了解の意を込めて頷くと、彼女は何食わぬ顔で持ち場に戻っていった。
「どうしますか? たしか、あそこを通らないと目的地には行けないんですよね……」
「はい。計画通りに行かないだろうとは思っていましたが、まさか想定していた中で1番面倒な事態になるとは……」
術を通しての会話でありながら、葉月さんの言葉には困ったという感情がありありと伝わってきた。
「あのアルミラージの方にお願いして少しの間あそこから引き離していただくというのは……」
「難しいでしょうねぇ。タウフィークは口にしませんが、守衛と守り屋はおそらく仲がよくありません。言葉を交わすことすら稀なのでは無いでしょうか」
そこで言葉を切り、少し考えこんでから彼は複雑な表情で続けた。
「そんな険悪な関係で、相手の言うことを聞くとはどうしても思えないのです。変に動いて怪しまれてしまっては、自分たちの首を絞めてしまう。ここは急がば回れの精神で進むしかありませんね。幸い時間はまだありますから」
そう言って、葉月さんは内側の壁に視線を送った。
私はあまり建物に詳しくないので、正直この寝殿造については「中学の歴史の授業で聞いたな」くらいの知識しかない。
そのためどういう構造になっているのか分かっていないが、おそらくマトリョーシカのように部屋が二重になっているのだろう。
(あれ、でもよくみたら入口っぽいところが見当たらない……。しかもよくよく見てみたら、外側の壁だと思っていたところ、全部うすい布を垂らしてるだけ!? さっきアルミラージのひとが開けてくれた扉って、いわゆる門扉みたいなものだったのか……。っていうかこれ、もしかして外から丸見えだったりするんじゃないの!?)
恐ろしいことに気づいて静かに慌てていると、葉月さんがクイッと私の手を引いた。
どうやら葉月さんは最初から気づいていたらしい。
「あの、それでこれからどうするんですか? あの壁の向こうにも部屋があるですよね? 見たところ、木の壁で覆われていて入るの難しそうですけど」
「ああ、いえ。非常に分かりにくいですが、実はこの木の壁、すべて部屋の入口なのです」
私は目をパチクリさせてから、葉月さんと木の壁を交互に見やった。
そんな私の反応が面白かったのか、危うく吹き出しそうになった彼は、プルプルと震えながら木の壁に指を這わせた。
「ちょっと結奈さん、笑わせないでください」
「えっ、理不尽!」
なんとも締まらない会話を交わしていると、見張りの位置に立っていた女性が怪訝そうな顔でこちらを一瞥した。
たしかに傍から見たら手をつないでニヤニヤしているふたり組なんて怪しさしかない。
私たちはお互いに小突きあうと、ようやく真面目な顔で木の壁と向き合った。
「結奈さんは蔀戸をご存じですか?」
「しとみど……?」
聞いたことがないその言葉に、私はブンブンと首を横に振った。
漢字がまったく予測できない。無知な自分を恥じたが、尋ねた本人はバカにすることなく頷いた。
「この木の壁のようなものがまさにその『蔀戸』です。夜はこのように下ろしていますが、昼間は上に押し上げて金具で固定しています。このお屋敷の蔀戸は上下に分かれている形なので、この上の部分を持ち上げて中に入ろうと思っています」
さらりと説明を終えた葉月さんは、私に断ってから手を離した。
温もりが消えていやに冷える自分の手をさすりつつ、説明通りの手筈で戸を開ける彼の手伝いをする。
音を立てないよう慎重に戸を上へスライドし、ぐっと手前に引っ張ると蝶番がわずかに軋んで、心臓が飛び出そうになった。
予想よりずっと重い戸を人ひとり通れる程度まで持ち上げると、葉月さんが私に向かって頷いて見せた。
どうやら先に行けと言いたいらしい。
それに頷き返して戸に向き直り、そして私は固まった。
(まって、よく考えてみたら下の戸を乗り越えて室内に入らないとじゃん。それってつまり、女子としてはだいぶ恥ずかしいことになるんじゃ……)
洋服であればそこまで気にならなかっただろうが、何しろ今の私はバリバリの和服姿である。
この格好で直立したこの戸を乗り越えるためには、着物の裾を膝上までたくし上げていかなければならない。
育ちの良い葉月さんからしたら、ぎょっとして顔をしかめるほど見苦しい姿なのではないか。
そんな考えが脳裏をよぎるも、その葉月さんが重い戸をひとりで支えているという状況の方が気になって、次の瞬間には裾をかき分けて戸を乗り越えた。
すぐに葉月さんも母屋に身を滑り込ませる。
そのままゆっくりと二人で戸を閉じようとすると、さすがに危ないと思ったらしいアルミラージの女性が手伝ってくれた。
「なんとか入り込めましたね」
「ですね。……めちゃくちゃヒヤヒヤしました」
私が素直に感想を言うと、彼は可笑しそうに笑みを浮かべて大きく頷いた。
どうやら緊張していたのは私だけではなかったようだ。
その証拠に、術を使うべく再び握られた手は、いつもより心なしか冷たかった。
それがなんだか妙に嬉しくて、気が付くと私も同じように口角をあげていた。




