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侵入に次ぐ侵入

 ──まだ。まだ葉月さんは術をかけない。

 守衛の妖は、息を殺してじっと身を潜めている私たちの、ほんの5、6メートル先にいた。

 タウフィークさんの言っていた通り、守衛の視線は掖門(えきもん)にばかり向いていて、その目が壁際の私たちに向くことは滅多になさそうだ。


 それでも葉月さんはお札片手に警戒態勢を崩さない。

 提灯の明かりが届く範囲はおよそ1メートル。

 もし見張りがその距離まで近づいてきてしまったら、葉月さんは残り少ないお札を使って目隠しの術をかけないといけない。


(目隠しの術は変化の術と違ってあまり長く維持できないうえに、札もすぐに効果がなくなっちゃうんだって言ってた。だからむやみに使えないらしいけど……ああもう、頼むから早く通り過ぎて!)


 そんな私の願いが通じたのか、見張りは建物沿いにせかせかと歩き去っていった。

 距離が十分離れてから、ようやく私たちはホッと息をつく。

 知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていたようだ。


 葉月さんの指示に従ってそっと立ち上がり、(すく)うようにして取られた手を握り返す。

 ゆっくりと歩き続け、壁際から屋敷側に向けて横断する。

 そうして最初の建物にたどり着いたとき、再び彼の足が止まった。


 今度は瞬時に札を作動させ、目隠しの術がかけられる。

 何事かと耳を澄ませていると、ややあって木の軋む音とゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 

 足音の主は、どうやらこの目の前に建つ東北対(ひがしきたのたい)と、その正面に位置する東の対をつなぐ渡殿を歩いているらしい。

 音が徐々に大きくなっていることから、こちらに向かって歩いてきているのだと分かる。

 

 ちなみに、東西南北に建っている対屋(たいのや)は、正殿である寝殿の離れのことを意味する。

 とくに目的地である北対はプライベートな建物で、それゆえに配置されている警備の数も多い。


「おい、四半時早いけど交代しようぜ。お前そんで夜食作ってくれよ。騒動のせいで晩飯を食い損ねてよ」


「おう。簡単に握り飯と大根の味噌汁でいいか? いやぁ助かった。ちょうど退屈で寝そうになっていたところだ」


 そんな会話が聞こえてきて、私は無意識のうちに顔をしかめた。

 どうやら運悪く見張りの交代するタイミングにぶつかってしまったらしい。

 

 守衛のふたりは軽い談笑を二三交わしてから、暗がりの中で交代を終えた。

 ひとりは私たちの行く先である東対の方へ。もうひとりは現在私たちが潜んでいる東北対の方へ。


(本当に、夜目の効く妖は明かりを持たないんだなぁ)


 そう感心する私の横で、葉月さんが札を軽く振って術を解いた。

 ピンと張っていた紙が瞬時に力を失って、へろりとただの紙に戻る。

 私の目が暗闇でも明瞭に見えていたならば、きっと紙に記されていた文字や記号が消えていく様を捉えていたことだろう。


(えっと……北の対はこの東北対を通って、東対と寝殿を通ったところにあるから……ううん、先は長いなぁ。正直もうお腹いっぱいなんだけど、実はここからが本番なんだよね)


 ふっと小さく息をつくと、葉月さんが顔を覗き込んできた。

 ぼんやりと見えた彼の顔には、心配そうな表情が浮かんでいる。

 休憩を入れるか否か迷う素振りに気づいて、私は大丈夫だと頷いて見せた。


(気を引き締めないと。疲れている場合じゃない)


 まだこちらを伺っている彼に笑顔を返し、そっと東対の建物を眺める。

 この東対は客を招いた際に使われる公的な場所であり、タウフィークさんからの情報によると、小春さんもこの一画に泊まっているらしい。

 

(いや、多分もうここにはいないか。第五の門を閉じ終えたってことを政府側は知らないわけだし。きっと今頃、黄泉比良坂にいるんだろうな)


 もしかしたら雪が止んでいるところから気づかれているかもしれないが、世界の存続に関わることだ。

 たぶん、恐らく、きっと。そんな曖昧なままで終わらせるはずがない。


(絶対に政府側の妖が第五の門……と思っている黄泉比良坂にいる。なにより、またまたタウフィークさん情報だけど、小春さんが門の確認をするときには大臣のひとりが同行するって言ってた。つまり、ひとの少なくなった今がチャンス! 疲れても眠くても頑張れわたし!!)


 目隠しの札は全部で3枚。先ほど1枚使用したので、あと2回しか術を使えない。

 そんな状況下で、これから私たちは東北対に忍び込み、「建物に入って渡殿を通って……」を合計3回繰り返さなければならない。

 それも見つからないよう細心の注意を払いながら。


「結奈さん」


 突然、葉月さんの声が頭に響いた。

 ぎょっとして開いた私の口が、すぐさま彼の手によって塞がれる。

 私が叫び声を飲み込んだことを確認してから、彼は「すみません」と声を出さずに言った。


 私はバクバクと騒がしい心臓を押さえつつコクコクとうなずく。

 葉月さんはそれに頭を下げてから、今度は次の行動を予感させるゆっくりとした動作で私の手に触れた。

 体温と共に神力特有の温もりが、じんわりと私の右手を包み込む。


「驚かせてしまいすみません。事後報告になってしまいましたけれど、ここからはさらに見張りの数が増えるので、すばやく意思疎通ができるよう術をかけさせていただきました」


「それって、たしか麗と明日香に北海道に行こうって誘ってもらったときに使っていた術ですよね。あと、動物園の救護室でも」


 口を動かさずに話すのはなかなか不思議な感覚だが、慣れると非常に便利な術だ。

 ただし、話に夢中になりすぎて周囲の音を聞き逃してしまう可能性があるので、範囲の広い外では目配せだけでやり取りしていた。

 

「術を使ったってことは、いよいよ建物に侵入するんですね?」


「はい、あの戸から入ります。タウフィークとの打ち合わせで、アルミラージの隊員が開けてくれる手筈になっていますので」


 質問に答えつつ、葉月さんは視線だけで戸口のある方向を指した。

 私も目で確認しようとするが、やはり夜目の効かない人間の目には僅かな色の違いしか見分けられなかった。


「結奈さん」


 もう一度、葉月さんが私の名前を呼んだ。


「ここから先は、今まで以上にほんの少しの気の緩みが命取りになります。残り2枚のお札と逃げにくい室内。そして刻一刻と迫る制限時間」


 制限時間。

 その言葉に首を傾げると、葉月さんは即座に察して頷いた。


「今の政府側の状況を考えてみてください。偽神は一向に門を閉じに来ず、雪はなぜか止んでいて、そしてなにより、門には何も異常が見られない」


 まあ、もともと黄泉比良坂には異常などないのですが。なんて苦笑する気配につられて、私も緩く笑う。

 政府の致命的なウッカリミスは、けれど場を和ませてはくれなかった。


「とにかく。彼らは私たちが全ての門を閉じ終えたことにすぐに気がつくはずです。そして予想します。次に私たちが何をするか」


 そこまで話して、彼は目をスっと細めて建物を見上げた。


「ここに向かって、神様を探すだろうと」


 ハッと息を飲み、そしてすぐに「あれ?」と眉をひそめる。

 納得しかけて浮かんだ疑問を必死に手繰り寄せ、なんとか言語化を試みる。


「あ、あの、葉月さん。なんというか、おかしくないですか?」


 無言で続きを促され、私はグルグルと思考を巡らせながら、再び言葉を探した。


「えっと……その、私も政府の立場に立って考えてみたんですけど、政府って葉月さんが神様の居場所や状況を知っているってことを知らないんじゃないかなぁと……」


 なんだこれ、ややこしいな。

 思わず頭を抱える私だったが、普段から患者の難解な症状説明を読み解いている薬師の師匠には、しっかりと話が通じたらしい。


「なるほど。要するに、結奈さんは政府が依代のもつ能力について知らないのでは、と思ったのですね?」


「あ、はい! そうですそうです、そう言いたかったんです!」


 うんうんと頷くと、葉月さんは少し考えたのち、困ったように眉を下げた。


「すみません、結奈さん。そのことについて説明したいのは山々なのですが、かなり複雑かつ未確定なことも多いので、もう少し事態が落ち着いてからお話しさせてください」


 申し訳なさそうに言う葉月さんに、私は慌てて大きく首を縦に振った。

 彼は先ほど、時間がないと言っていた。

 ならば自分の好奇心を満たす余裕も当然ないというわけで。


「こちらこそすみません。余計なことを聞きました」


「いえ、鋭い指摘でしたよ。ただ私が短時間で説明し切る自信がないのと、まだ憶測の域を出ない部分があるので、もう少し待っていて下さいね」


 そう微笑まれて、私はポッと頬を赤らめながら頷いた。

 火照った顔をさりげなく背け、再び建物を見る。

 しばしの沈黙の後、繋いでいた葉月さんの手が力を強めた。


「行きましょうか」

 

「はいっ」


 いざ。私たちは緊張で強ばった体を動かして、建物に向かって一歩踏み出した。

ややこしいな、ほんとに。

色々と複雑すぎる:( '-' ):

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