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ひっそりと

 地下通路に向かう道すがら、公共の休憩所を見つけた私たちは、そこを今夜の寝床に定めて背負い籠を床に下ろした。

 六畳の和室で、中には座布団と薄いブランケットが四枚ずつ。それから小さな座卓がひとつ。

 座卓の上には卓上コンロとともに茶器と茶葉が用意されていた。


 質素でありつつも休憩所として申し分ない環境に、私と葉月さんは二人そろって手を合わせた。

 ちなみにトイレは外に設置されており、そこだけは少し不便に感じる。

 とはいえ、屋根のある場所で眠れるのは有難い。

 

 さて。恋仲の男女が小さな部屋で二人きりとくれば何か起こるはず、なんてソワソワしていたのは最初だけで、簡単に食事を終えて床につく頃には襲い来る眠気と疲労感でいっぱいになってしまった。


 とにかく、そんなこんなで体をきちんと休めた私たちは、昼を過ぎたころに出発した。

 時おりタウフィークさんから届く連絡符への返信に足を止めるが、休憩をほとんど挟まずに歩き続ける。

 そうして半日が過ぎた頃、私と葉月さんはようやく地下通路にたどり着いた。


 堅く閉ざされた鉄の扉を眺めながら、私は休憩所で話し合った作戦について思い出していた。

 出発する前、昼食後のお茶をいただきながら交わした会話は、緊張感を伴って私の脳内に留まっている。


(タウフィークさんから借りた通行許可証で地下通路に入って、裏門に一番近い建物から屋敷内に潜入。個人的な来客の対応や機密性の高いやり取りをする際に使われる広間に向かう、と)


 時刻はすでに深夜1時。

 屋敷の者は寝静まっているだろう時間帯だが、ここは神の住む屋敷だ。

 きちんと見張りがいる。

 その多くは守り屋であるアルミラージ一族だが、中には政府側の守衛も混じっているという。


(タウフィークさんが上手いこと振り分けてくれているらしいけど、すべてを把握できるわけではないから注意しろって連絡符に書いてあったな。誰にも遭遇しないといいなぁ)


 衿の間から許可証を取り出す葉月さんを見ながら、私は祈るように両手を握った。

 

(それにしても、アルミラージ一族はいちいちロマンチックだなぁ。まさか宝石を扉の中心の窪みにはめ込むことでロックの解除ができるなんて。いやでも、石の凹凸が寸分でも違うと開かないんだから、意外と馬鹿にできないんだよね)


 通行許可証もとい宝石のペンダントはほぼ原石のままなので、まず複製する意欲がそがれる。

 そして許可証を持っているのはタウフィークさんと各隊の認められた剣豪たちだけなので、奪う意欲もそがれる。

 

 極めつけに、裏側は神様の生活する区域ゆえに警備層が桁違いだと言われている。

 許可証を作ったり奪ったりするくらいならば、比較的警備の薄い左右の掖門(えきもん)から忍び込んだほうがよほど楽である。


(結果として警備員の目が掖門に向かいやすいから、むしろ裏門は入り込みやすいというのがタウフィークさんの意見だけど……守り屋的にはそれでいいんだろうか)


 そんなことを、素直に開いてくれた鉄の扉を前に思う。

 世界救済といえば聞こえはいいが、理由は何であれ、これは立派な不法侵入である。

 しかも侵入するのは神様のお屋敷。


(うわぁ、確実にバチが当たる……。どうしよ、私、死んだあと天国いけるかなぁ)


 そう思ってから、いやいやと首を振った。

 正攻法じゃどうにもならないことが世の中には結構あるのだ

 これは仕方のないこと。きっと神様も許して下さる。


「結奈さん、行きますよ」


「あっ、はい!」

 

 声をかけられてハッと我に返った私は、背筋を伸ばして罪悪感を振り切った。

 鉄の扉をくぐり、灯火の光を頼りに葉月さんと並んで歩を進める。

 とくに問題なく出口につくと、私たちは目を合わせてうなずきあった。

 

 ここから先はなるべく声を出さずにいく必要がある。

 敵の巣窟に身を投じるのだ。

 石橋はいくら叩いても良いだろう。


 音を立てないよう気を付けながら扉を数ミリだけ開け、目のいい葉月さんが外を伺う。

 しばらく様子をみて大丈夫だと判断した葉月さんは、黒いローブを目深にかぶり直し、私に目をやってからドアノブをぐっと引っ張った。

 私が戸を押さえるのを確認してから、壁に背をつけるようにして慎重に移動する。


 そっと扉を閉めた私は、差し出された葉月さんの手をしっかりと握りしめ、足音を立てないことに全神経を注いだ。

 地下通路に入る前のように雪が積もっていたら厳しかったが、この神様の住まう敷地には霊狐一族の屋敷と同様に環境維持の術がかけられている。

 綺麗に整った裏庭で静かに移動することは、それほど難しいものではなかった。


 ゆっくりと周囲に気を配りながら進んでいく。

 ふと、薄ぼんやりと明かりが見えた。

 進行方向の斜め左、つまり建物の辺りだ。


 葉月さんは一瞬体を強張らせ、すぐさま私の肩に手を置いてしゃがむよう指示を出した。

 じっとしている私の横で、同じように膝をついて身をひそめる気配。

 ゆらゆらと揺れる明かりが、徐々にこちらに向かっている。

 暗闇に慣れてうっすらと見えるようになった私は、ちらりと彼の真剣な瞳を伺った。


 作戦を練っていた際、もしも物陰のないところで見張りと遭遇したらどうするのかと質問した私に、彼は言った。

 夜目の効く相手だと分かった時点で、早々に術を使って姿を隠す。

 もし夜目の効かない相手だったら、明かりの届く範囲に入らない限りはじっとしてやり過ごす。

 お札の枚数が残りわずかなのでなるべく温存しておきたい、と。


 では、何をもって夜目の効く相手か否か判断するのか。

 再び尋ねると、葉月さんはいたずらを仕掛けた子供みたいに笑った。


(暗いところでも見えるひとは明かりを持って歩かない、かぁ。よく考えたら分かるけど……うん、人間の私には思いつかない発想だ)

  

 そうこうしているうちに、堂々とした淀みない足音が私の耳にも届いた。

 ゆらりゆらり。提灯の明かりが揺れている。

 私は逸る鼓動を鎮めるように、そっと深呼吸をした。

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