第五の門
玉響の町を抜け、稲荷町を過ぎると、件の無人薬局がある神ツ原村に辿り着いた。
村といっても大半が薬草畑で、その周りにぽつりぽつりと古民家が建つ、そんな場所だった。
薬瓶や薬包紙が大量に保管されている小屋に寄って薬を買い、また歩き出す。
第五の門への道は驚くほど順調に進んでいた。
「役人どころか町のひとにも会いませんでしたね」
葉月さんが訝しげに言った。
もう少しで門のある山にたどり着くのだが、計画通りに行き過ぎていて逆に不安になるのだろう。
それは私も同じなので、同意するように数回うなずいた。
「明星のひとたちのお陰ってことでいいんですよね? なんかの罠だったりは……」
「いや、大丈夫だと思う。明星が国民に現状を知らしめて、大々的な暴動を起こさせたんだ。もっとも、どこまで情報を公にしたのかは分からないけど」
タウフィークさんが答えながら周囲に目を走らせる。
大丈夫だと言いながら警戒を解かないところは、さすが守り屋といえるだろう。
義兄の言葉を耳にした葉月さんは、しかし眉をひそめたまま口を開く。
「その明かしたという情報だって、偽のもの可能性もある。あんなに事を大きくして、きちんと収拾がつけば良いけど」
珍しく冷たい言葉を口にする彼に、タウフィークさんは意外そうに眉を上げてから小さく笑った。
「まあそう言うなって。彼らは俺たち守り屋の目を欺けるほどのプロ集団だし、きっと何とかするだろう」
窘めるタウフィークさんに、葉月さんが面白くなさそうな顔をした。
理由は色々とあるだろうが、とにかく彼は明星が好きではないらしい。
明星というより、志苑さんの方か。
(タウフィークさんがすぐに信用したのもね、嫌なんだろうな。お兄ちゃんを取られちゃった感覚? ……かどうかは分からないけど、なんか分かるなぁ)
そう一人で納得していると、ふと進行方向に山の影が見えてきた。
太陽の消えたこの世界で、なおも立派にそびえ立つ山が一座。
ひっそりと佇むそれは、被った雪の白さと相まって不気味な空気を醸し出していた。
「いよいよ最後の門ですね」
葉月さんが私に向けて言った。
労わるような声と瞳に、私も同じ意味を込めて「そうですね」と返す。
長いようで短かった旅が、ようやく終わりを迎える。
まだ気は抜けない状態だけれど、自分たちの思い通りに事が進むのはやはりありがたい。
これが罠でなければ良いのだが。
「……行きますか」
「はい、行きましょう」
気持ちを新たにして足を踏み出す私たちの後ろを、タウフィークさんが静かについていく。
ずいぶんと長い距離を移動してきたので、すでに足が棒になっている。
しかも雪の積もった不安定な道だ。疲労も溜まっている。
それでも休まず進み続け、さらに足場の不安定な山道を行く。
都会育ちの私と平地の多い場所で育ったタウフィークさんは、何度も足を滑らしそうになった。
その度に葉月さんからフォローが入り、なんとか急斜面から転がり落ちることは免れた。
「そろそろ着くかな」
慣れない雪山に息を切らしながら、タウフィークさんが尋ねた。
凍えるような寒さにもかかわらず、彼の額には汗が滲んでいる。
「そろそろなんじゃないですかね。というか、じゃないと困ります。地面が凍っているせいで余計に滑りやすくなっていて……タウフィークさん、そのときはすみません」
そう答える私もうっすら汗をかいていた。
なるべくペース配分しているが、通気性の悪い服装では厳しいものがある。
手もメリヤス編みのものに医療用のゴム手袋を重ねて凍傷対策しているが、中から汗で冷えていくのであまり役立たなかった。
山の標高が高いわけでもないのに、進むたびに異常なほど気温が下がっていく。
葉月さんはそれを門に近づいている証拠だと言っていたが、他の門のときはそんな現象は起こらなかった。
理由は明快。第五の門が一番最初に作られたものであり、他の四つの門と強固につながっている重要な門だからだ。
「大丈夫、全身全霊で受け止めるよ。……葉月が」
「さすがにタウフィークの体重を支える力はないから、上手くよけて結奈さんだけ死守する。きっと成功して見せる」
「おいこら、俺も助けろ」
軽口を叩きながら、私たちはひたすら傾斜を登っていく。
やがて、殿を務めていた葉月さんから制止する声が聞こえた。
足を止めた私のそばに来て、木々で生い茂った山中を目で探る。
しばらく周囲をさまよっていた金の瞳は、ある一点でピタリと動きを止めた。
「タウ、後ろを頼んだよ」
そう言い残して、葉月さんは進んでいた道から外れる形で歩き出す。
私とタウフィークさんは黙ってその背中を追った。
一分もかからないうちに歩みは止まり、何度もみた仕草で葉月さんが見えない壁に手を伸ばす。
続いているはずの景色が波紋のように揺らぐ。
姿勢を正した葉月さんは、躊躇いなくその空間に入っていった。
「あいつ、あんな堂々と……」
そんな呟きが背後から聞こえたが、もう四回も体験している私は苦笑しつつも後に続いた。
視界が眩暈を起こしたときのようにグラリと歪み、広い空間に足を踏み入れる。
暖かく感じるのは、きっと外の気温が低すぎるせいだろう。
湖の中にあった第四の門のときは、もう少しひんやりしていたと記憶している。
「おぉ、これが門か。でかいな」
おっかなびっくり幻術をくぐって来たタウフィークさんが、小学生のような感想とともに感嘆の息をはいた。
しかしまあ、でかいことには変わりない。
私も初めて見たときは同じような印象を受けた。
「子供じゃないんだから、もう少しなにかなかったの」
葉月さんが笑いながら言った。
背負っていた薬箱の中からお札を何枚か取り出しているのを見て、私もいそいそと回復薬を取り出す。
笑われたタウフィークさんは「大きなお世話だ」と口をとがらせながらも剣の柄に手を置いた。
各々の準備が整った瞬間、私たちを取り巻く空気が凪いだ。
「それでは、始めます」
静かな声で儀式の始まりが告げられる。
私とタウフィークさんは首肯でそれに応えた。
これが最後の月結び。自然と鼓動が早くなる。
どうか無事に終わりますように。
私は胸の前で両手を握りしめ、強く祈りを込めた。




