逆
真っ暗でジメジメとした地下通路を全速力で駆け抜ける。
足の速さに自信のない私も、2人の少し離れた背中を必死に追う。
もっとも一本道なので見失っても迷うことはないのだが、早く朔矢さんのもとに駆けつけたい気持ちが足を動かした。
何度か角を曲がり、ちょっとした階段を上がると、固く閉ざされた鉄の扉を少しだけ開く。
そっと隙間から様子を伺ったタウフィークさんは、険しい表情のまま私たちを振り返り、緩く首を横に振った。
どうやら近くに政府側の妖がいるらしい。
どうしようかと顔を見合わせる私たちに、タウフィークさんが手で後退するよう指示を出した。
素直に従うと、今度は次の角を曲がるよう指で促す。
そこでようやく彼の意図に気づいた葉月さんが、不満げに腕を組んだ。
戻ろうと主張するタウフィークさんと、何がなんでも朔矢さんの無事を確認したい葉月さん。
2人は数秒睨み合ってから、同時に私を見た。
(えっ、私が決めろって!? 困るんだけど!!)
ブンブンと首を振った私に、2人は再び無言のいがみ合いを始める。
会話がなくても分かるほどに、2人の意見は平行線を辿っていた。
ふと、タウフィークさんのいる先でゴォンと大きな音がした。
鉄の扉になにかが叩きつけられたようだ。
危うく声を上げそうになる私の口を、葉月さんが慌てて抑える。
飛び上がって驚いていたタウフィークさんは、すぐに背後を振り返り、きっちり構えを取りつつ剣の柄に手を置いた。
流石の反応スピードだ。
「ふざけやがって!!!」
間を置かずに、聞き覚えのある声がした。
朔矢さんの弟子であり、私と同じく薬師見習いをしている万咲希くんの声だ。
常日頃から葉月さんや私は怒鳴られていたが、それよりもずっと緊迫感がある。
「今すぐはなせ!!!」
その言葉を聞いて、私と葉月さんは慌てて扉に駆け寄った。
声の聞こえ具合からして、恐らく万咲希くんは扉のすぐそばに居る。
上手くいけば時間をかけずに助けられる。
しかし、葉月さんはドアノブに手をかけたところで悔しそうに唇を噛んだ。
自分が姿を現すことで、事態が好転するかどうか計りかねているのだろう。
「やめろ、手を出すな!!!」
少し離れたところから、朔矢さんの鋭い声が飛んでくる。
彼らの位置が何となく把握できたので、脳が勝手に今の状況を予測し始めた。
2人の間には距離がある。
そして力のない万咲希くんが「離せ」と言い、朔矢さんが焦ったように「手を出すな」と言っていた。
つまり、万咲希くんが敵に捕まって、それを朔矢さんが助け出そうとしている。
「どうしますか?」
ほとんど吐息のような声量で尋ねるが、葉月さんは「状況を把握するまでは」と囁き返して目を伏せた。
相変わらずの冷静さに舌を巻くも、ピンと真っ直ぐ立った尻尾と前のめりの体勢に気づいて思わず閉口する。
狐はどうか分からないが、犬のその姿勢には心当たりがある。
全力の警戒と、近づいたら容赦はしないという攻撃的な感情。
この状態の犬に手を差し出そうものなら、すぐさま手を噛みつかれるだろう。
(れ、冷静……だよね……?)
今にも飛び出していきそうな雰囲気にゴクリと喉を鳴らしたとき、ふと扉の向こうにあったひとの気配が揺らいだ。
地面の土を踏みしめる音と何かを引きずるような音に、相手と扉の間に距離が生まれたことが分かる。
私がハッとして葉月さんを見上げたときには、彼はもう動き出していた。
耳をぴんと立てて注意しながら、慎重にドアノブを回す。
目配せされたので、私は「どうぞ」と頷いた。
ゆっくりと、軋む音を最小限にして開けていく。
私は葉月さんの後ろに回り込み、中腰になりながら扉の先に目を凝らす。
そうして小指の第1関節ほどの隙間から見えた光景は、およそ私たちが想像していたものではなかった。
「俺がお前の首を絞める前に、さっさと話せと言ってる! まったく、さっきからウダウダ好き勝手言いやがって!! 偽神の逃亡を手助けした疑惑? あんな野郎のこと、誰が手を貸すっていうんだ!!!」
いったい誰が想像しただろう。
あの細っこい男の子が、それなりの身なりをした大人の男をヘッドロックしている姿なんて。
(えっ、さっきの「はなせ」ってそっちのこと!?)
ギョッとして目線を移すが、当然ながら前にいる葉月さんの表情は見えない。
代わりに、万咲希くんの周辺の様子はよく見えた。
唖然と立ち尽くしている数名の官吏と、そのひとりに腕を掴まれている朔矢さん。
掴まれていると言っても、ほとんど触れているだけにすぎないが、私はそれでも彼を怒らせるには充分だと結論づけた。
「おいそこ! 汚い手で触るな!! 今すぐ離れなきゃシバくぞオラァ!!」
「やめろと言っているだろ万咲希! お前が凄んでどうする! ああ、こらっ、ひとを投げるんじゃない!!」
荒ぶる弟子と焦る師匠の構図があまりにも見慣れすぎたものだったので、私と葉月さんは静かに扉を閉めて背を向けた。
直後、その扉になにか重いもの──例えばひとの体のようなもの──が激突するような音が響く。
「……戻りましょうか」
「そうですね……」
遠い目をして引き返していく師弟に、アタフタとしながらタウフィークさんが加わった。
昼食後のコーヒーブレイクにしては中々にカロリーの高い出来事だった。
いつの間にか70話Σ(Ꙭ )




