星を糧にして
きっかり5時間後の午前1時。
まだ虫も寝静まっている時間帯に、私たちは覚めきらない目を擦りながら宿を出た。
今日がまさに正念場だという。
そんな大切な決戦日なのに、体の調子はあまり良くない。
疲労感は無くなるどころか募るばかりだし、異常気象による雪は容赦なく体温を奪ってくる。
それは私だけではないようで、前を歩くふたりもまた、重い足取りで歩を進めていた。
(正直まだ休みたいけど、うっかり現世が消滅したら嫌だもん。頑張るしかないよね)
様々な不安を抱えながらも、私たちはしばらく歩き続けた。
休憩も挟みつつ足を動かし、早朝と呼べる時間帯に突入したところで、私たちはようやく森を抜けた。
「あれが星原と出雲町の境となる垣根だよ。それで、あの大きな屋敷が磐座だ」
そう説明しながら竹垣を指さすタウフィークさんに、私は頷きながら息を整えていた。
なるべく音をたてないように垣根の隙間から覗き込むと、立派な寝殿造の邸宅が見える。
さすが神様の住まう場所だ。
「俺たちは出雲町をぐるりと囲んでいる町村を渡り歩いて、第五の門のある山まで向かう。その町のひとつが星原。ちょうど木々の少なくなったこの辺りからが町内だね。その先が玉響の町で、ここでようやく道のり半分ってところかな」
まだまだ先は長いなとため息をつきかけて、私はふと首を傾げた。
「あの、ひとつ気になったんですけど、今いる星原の反対側、深山町を挟んだ向こうに黄泉比良坂があるんですよね?」
「うん、そうだよ。出雲町の正門の右側をまっすぐ行くと黄泉比良坂が見えてくる。ちなみに、正門のすぐ脇には見張り台があって、その近くにアルミラージの宿舎があるんだ」
タウフィークさんが胸ポケットから地図を取り出し、指で追いながら軽く補足をする。
そうして目で先を促す彼に、私は少し迷ってから、躊躇いがちに口を開いた。
「えっと、作戦を疑うわけじゃないんですけど……第五の門が黄泉比良坂の反対側にあるのだとしたら、どうして黄泉比良坂側の深山町から門に向かうんですか? 逆側の、第五の門に近い町から向かった方が早いじゃないですか」
言いながら、私も地図に指を滑らせた。
黄泉比良坂と手書きで記されたそれには、出雲町を跨いだ対極の位置に赤いバツ印が刻まれている。
言わずもがな、そこが目的地である第五の門だ。
私の問いに答えたのは、今の今まで静かに私たちのやり取りを眺めていた葉月さんだった。
「私たちも、第五の門に近い村から行くことも考えたのですが、運の悪いことにその近辺は役人たちの官舎があるそうで、そこを横断するのは危険だという結論に至ったのです」
「そうでしたか。足を止めてしまってごめんなさい」
どうやら要らぬ心配をしてしまったようだ。
素直に納得する私に、葉月さんがハッとして顔を上げた。
「すみません、結奈さん。昨夜、寝る前にふたりで話し合って決めたことでしたので、結奈さんが疑問に思うのは当然です。情報共有をするべきでした」
そう言って、もう一度「すみません」と謝る葉月さんに、私は「いえいえ」」と笑った。
どうも葉月さんは物事を深刻に捉えてしまうところがある。
そんな真面目なところも彼の魅力のひとつだが、思い詰めてしまうのは良くない。
恋びととして私が支えていけたら良いな、などと一人考えている間に、気が付けば男性陣ふたりが歩き始めていた。
急いで距離を縮め、星原の町に足を踏み入れる。
先ほどの雪に覆われた森から一転し、辺りは広大な草原に移り変わった。
左側には相変わらずの竹垣が連なっており、そして早朝だからか非常に静かだ。
茂った草を踏み分けて歩く私たちの足音と、雪の綿帽子が葉から滑り落ちるほんの微かな音だけが響いている。
「それにしても、少し残念だよな」
ふと、先頭を歩くタウフィークさんが振り返って葉月さんに言った。
「夜の星原はすごく綺麗だから、結奈ちゃんにもあの光景を見せたかったよ」
「そうだね。ここに向かいながら、私もそう思っていたところだよ。でも、うん。すべて終わったら、だね」
そんな会話をするふたりに、私は目を瞬かせた。
あの光景とは一体。
疑問符を浮かべる私に、今度は葉月さんが振り返って笑顔を向けた。
「この星原の草原には、夜になると月の光を受けて天津菫という花が咲きます。その花は見た目こそ普通の菫なのですが、神力を内に貯えることができるので、月の光によって光り輝き、草原一帯が満天の星空のように見えるのです」
私はさっと雪原を見渡し、葉月さんの言葉をもとにその景色を想像してみる。
ネオン街とは無関係の常世で、街灯ひとつない草原。
夜はきっと一寸先も見えぬ暗がりだ。
そこに浮かぶ数多の光は、たしかに夜空のように見えるだろう。
「それぜひ、見てみたいです」
そう答える私に、タウフィークさんが「またひとつ世界救済の糧が増えたね」と言って明るく笑った。
彼の笑顔は真夏の太陽と向日葵が似合う、少年のような快活さがあった。
反対に、葉月さんは春風のような柔らかい笑みを浮かべている。
ふたりの笑顔につられて、私も気づけば口端を上げていた。




