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無人の宿

 ようやく見つけた宿屋は、小さくも立派な外装をしていた。

 伝統工法で建てられた木組みの家で、年季の入った格子扉のすぐ脇には【みやま荘】という木彫りの看板がかかっている。


「さすがに鍵は開いてないですよね……」


「ええ。落ち着いて避難できていた証ですね。守り屋の優秀さがよく分かります」


 きっちりと閉まった扉になすすべなく立ち尽くす私と葉月さんだったが、タウフィークさんは軽く肩をすくめるだけで、とくに落胆した様子はない。

 それどころか、彼は満面の笑みとともに言った。


「解錠すればいいだろう」


 かいじょう……とは。

 一瞬なにを言っているのか分からなかったが、鍵穴を覗き込み始めたあたりでようやく理解し、私は慌ててタウフィークさんの肩に手を置いた。

 

「えっ、無断で入るんですか!? それってまずいんじゃ……」


 それも桃源郷のお巡りさんが、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。

 論点はそこじゃない。

 仮にこの世界で不法侵入が許されていたとしても、お互いに気持ちの良いものではないだろう。

 しかし、タウフィークさんはなんともなしに口を開いた。


「今は緊急事態だから仕方ないよ。受付に書き置きとお金を置いて、なるべく部屋も綺麗に使えば大丈夫。すべてが終わったらきちんと事情を話して、ごめんなさいって言えばいい」


「そう……ですね」


 そう自分を納得させると、一気に疲労が体を襲った。

 休めると認識したせいだろう。

 糸がプツンと切れるように、疲れと眠気が頭にモヤをかける。

 もう何も考えられそうにないので、おとなしくタウフィークさんの様子を眺めることにした。


「いやぁ、ちょうどピッキング用具を持っていてよかったよ。昨日の午前中に避難区域の見回りを()()()()していて、所持していたやつを()()()()取り締まって、そのときに押収したものを()()()()保管庫に置き忘れていたんだ」


 つまりわざと持ってきたらしい。

 用意の良さに感心するも、疲労困憊の脳みそは発する言葉を作り出してはくれなかった。


「よし、開いた。お邪魔しまーす」


 いとも簡単に開けてしまったタウフィークさんが、嬉々として中に入っていく。

 私と葉月さんは顔を見合わせてから、彼に続く形で敷居をまたいだ。

 

「お、お邪魔します……」


 私たちも気休め程度に声をかけ、遠慮がちに受付に向かった。

 ごく普通の小宿だが、誰もいない真っ暗な室内にいると胸がざわざわして落ち着かない。

 そんな私の横で、葉月さんが受付の壁にかかっている部屋の鍵をじっと見据えた。


「本館に3部屋と、離れがひとつ。私とタウフィークで1部屋、結奈さんで1部屋が妥当かな。……お借りします」


 誰も聞いていないが、やはり思うところがあるのか、葉月さんがぽつりと断りを入れながら鍵をふたつ手に取った。

 部屋の場所を案内板で確認し、宿泊費の値段も把握し終えたところで、念のためにと見回りしていたタウフィークさんが警戒心を滲ませたまま戻って来た。

 話しかけづらいオーラを纏わせていた彼は、しかし部屋の割り当てを聞いたとたん一転して笑顔になった。

 

「久しぶりだな、一緒に寝るの。昔は眠れないって言ってよく俺の部屋に来ていたよな」


 懐かしいなぁとニコニコするタウフィークさんに、葉月さんは「いつの話をしてるの」と顔をしかめる。

 僅かに顔を赤らめているので、どうやら照れているらしい。

 微笑ましいふたりの会話を聞きながら、私は葉月さんの手から自分の分の鍵を頂戴した。


「とりあえず荷物を置いてきますか。で、来る途中で買ったおにぎりを食べて……先生、お風呂は借りてもいいですか?」


 挙手をする私に、葉月さんが間髪入れずに頷いた。


「流石に温泉は浸かれませんが、お湯は出ると思いますから。汚れを落とすだけでもさせてもらいましょう。もちろん、宿泊費に使用料を加算して」


 そんな訳で、私たちはなるべく汚さないよう気をつけながら寝支度を整えた。

 一緒に夜食を食べ、それぞれの部屋に戻ると、私はホッと息をついた。


(皆でワイワイもいいけど、やっぱり一人の時間も必要だよね。まあ、今ひとりになって思い出したんだけど)


 4.5畳の小さな部屋に布団を敷いて、私はその上にゴロンと寝そべった。

 羽毛布団をグイッと肩まで引き上げ、もう一度深く呼吸をすると、心地よい眠気に促されて瞼を閉じた。


 すると聴覚が鋭敏になり、隣の部屋から微かに笑い声が聞こえてくる。

 葉月さんとタウフィークさんの声だ。

 楽しそうに談笑するふたりの姿を想像して、こちらまで心が温かくなった。


 それにしても、本当に今日は色んなことが起きた。

 葉月さんは死にかけるし、私は変な術にかけられて自殺しそうになるし、更には人生初の不法侵入を犯した。

 そしてきっと、明日もまた大変な一日になる。


(まだまだ気は抜けないなぁ)


 微睡みの中で呟く。

 気が抜けないといえば、現世のみんなは大丈夫だろうか。

 そして、避難している妖たちはどんな気持ちで夜を過ごしているだろう。

 そこまで考えて、私は唐突に疑問を抱く。


(そういえば、この世界の人たち、よくパニックにならないなぁ。世界の真理を知る妖は、人間と違って事の次第を理解しているってことでしょ?  私だったら、どうにかしてって騒いじゃうけどなぁ)


 以前観た世界滅亡の映画を思い出しながら、ぼんやりと思う。

 頻発している地揺れや異常気象の意味を知っているのならば、やはり暴動が起きてもおかしくは無い。


 それとも、これも運命だと受け入れているのだろうか。

 人間の私には分からない。


(あぁ、早く麗と明日香に会いたいなぁ。翔月は会ってくれるかな? やっぱり難しいかなぁ……)

 

 思考が落ち着いたところで、私は今度こそ眠りについた。

休憩回です。

葉月さんたちの会話の内容が気になる( ´灬` )

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