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依代様

「ここからは私の当て推量ですが……紫陽花の花言葉のひとつに『移り気』という意味がありまして、それは『代替わり』と言い換えることもできます。そして神託が私に向けたものとするならば、おそらく本当の意味は『依代』でしょう」


 意訳もいいところだが、葉月さんの口調には確信めいた力強さがあった。

 そして前を歩いていたタウフィークさんもまた、その先の考えに行き着いたらしい。

 目を細め、彼は険しい表情でこちらを振り返った。


「おい、それお前と関係のある話じゃないだろうな」


「ある話だよ、残念ながら。神様の神力が限りなく弱っていたからね。刹那的にしか世界を繋げられないところからしても、もしかすると、危険な状態なのかもしれない」


 あっさりと葉月さんが答える。

 完全に蚊帳の外になってしまった私は無言でふたりを見つめた。

 聞きたいけれど話せない内容かもしれない。

 だから聞けない。

 

 そんな不便な存在を思い出したふたりは、顔を見合わせて「どうしよう」という表情になる。

 先に口を開いたのは、意外にもタウフィークさんの方だった。


「ええと、結奈ちゃんは偽神様が依代様って言われているのは知っているかな」


 まるで基礎知識を授ける小学校の先生のような口ぶりで問われる。

 私は置いてけぼりにされるわけではないと分かり、少しだけホッとした。


「たしか旅の途中で出会ったお爺さんが、葉月さんのことをそう呼んでいました。だから何となく、別称みたいなものなのかなって」


 答えながら、寒くて暗い山奥の光景を脳裏に浮かべる。

 神力不足で命の尽きかけていた老爺に会ったのは、たしか第一の門を閉じたすぐ後のことだった。

 異常事態が命を脅かしていることを実感したあの出会いは、悔しさと焦燥感を伴って胸を締め付ける。


「……あってましたか?」


 窺うように尋ねると、タウフィークさんが「そうだね」と肯定した。

 彼の表情がいつになく真剣なので、私もつられて顔を強ばらせる。

 

「あれは言葉遊びでも何でもなくて、本当にそういう言い伝えがあって呼ばれているんだ。つまりね、言い伝え通りだとするのなら、神様がお隠れになったとき、依代である偽神様は永遠に神様として生きなくてはならない。たとえその器がなくとも」


 私は素直に驚いて、隣を歩く葉月さんを見上げた。

 いつもなら微笑みを返してくれるのに、彼は静かに前を向いたまま歩を進める。

 無言の肯定とはよく言ったものだ。

 かまわずタウフィークさんが続けた。

 

「神様は生死の概念がないから、生きる喜びも死ぬ恐怖もない。でも、ひとは知っているだろう。途方もない話だから全く想像つかないし、何より前例がないんだけど……永遠に生きるって、多分ものすごく苦しいんだ」

 

 尋ねられたわけでも同意を求められた訳でもないのに、私は小さく頷いた。

 種族は違えど限りある命を背負う者同士、そこは理解できる。

 そう思ってから、私は「でも」と諦め悪く呟いた。

 

「でも現世に逃げれば……」


「無理だ。逃れられない。どこにいたって、その時になれば葉月はここに引き戻されてしまうよ」


「そんな……」

 

 ただでさえ敵地の近い門を閉じるという重大かつ難しいミッションが待ち受けているのに。

 辺りを取り巻く空気が暗くなる。

 落ち込む私を見て、タウフィークさんがハッとした。

 

「まあ、要は神様を見つければいい話だろう。そっちは俺たち守り屋に任せて、ふたりは計画通りに動くんだ」


 焦りも深刻さも飲み込んだ明るい声で、タウフィークさんは言った。

 その声音はけして軽薄なものではなく、むしろ全てを委ねてしまいたくなるほど心強い。


「大丈夫、色々トラブルがあったわりに軌道修正できているし、神様の事を抜かせば想定していた状況から大きく逸してもいない。あとは門を閉じて黄泉に戻って、現世に帰るだけ。順調、順調!」


 守り屋の副族長はそう口にして、ニッと歯を見せて笑った。

 簡単に言うなぁと思うと同時に、そんな彼の明るさに心が救われる。


「そうだね。問題の神力の量だって、ちょうど目的地の手前の神ツ原(かんばら)村には無人の薬屋があるから、そこで補充して行けば大丈夫だろう。それより明日に備えるためにも、早いところ寝る場所を見つけなければいけないね」


 同じように表情を明るくした葉月さんが、夜の町を見回しながら言った。

 2人の様子に引き上げられる形で、私の中にあった不安も薄まっていく。

 私はホッとして安堵の息を吐いた。


 現在7時24分。

 深山という名にふさわしい自然に囲まれたこの町は、とっくに避難が完了しているようで人けがない。

 そんな閑散とした町中を練り歩き、やがて私たちは一軒の宿屋を見つけた。

伏線と言っていいか分からないけど、ずっと書きたかった所なので書いていて楽しかったです(笑)

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