神様からのメッセージ
深山町に着いた私たちは、顔も知らぬ典絹さんに合掌しつつ、そそくさとその場を後にした。
絹さんの機嫌はタウフィークさんのフォローと多めの運賃によって何とか事なきを得た。
現在の時刻は午後7時。
さすがに切羽詰まってきている。
ここから門までまたも20時間近くかかるというのだから恐ろしい。
午前零時がタイムリミットの場合、あと29時間後に現世が消える。
しかし、いくら焦ったところで時間は止まってくれないし、私たちの足が劇的に速くなることもない。
できることといえば、なるべく馬車や牛車を見つけて進むくらいだが、その肝心の馬車や牛車を運営するひとびとは既に天中の方に避難しているはずだ。
よって、到着して門を閉じるのはリミット間際になるだろう。
「こうまでして門にたどり着いたとしても、神力が尽きてしまったら全て水の泡だ。どうにか出来ないかな」
せめて5時間は体を休めようということになり、寝場所を探す道すがら、葉月さんが言った。
地面をぼうっと眺めながら歩いていた私は、瞬きをひとつすると、聞き捨てならない言葉にぎょっとして顔を上げた。
「えっ、じゃあ呪印は壊れなかったんですか!?」
私の言葉に、葉月さんとタウフィークさんが不思議そうな顔で首を傾げた。
当然だ。ふたりは私がどんなことをイメージしながら祈りを捧げていたのか知らないのだから。
分からないながらも答えなければと思ったのか、葉月さんが眉を下げて口を開いた。
「あれは神様の施したものですから。そう簡単には壊れません。とくにこの呪印は強固に作られていましたから」
「やっぱりドクロじゃダメでしたか。それとも、もう少しリアルなやつにしたらよかったのかな……」
私が肩を落とすと、少し前を歩いていたタウフィークさんから「よくわかんないけど、多分そこじゃないよ結奈ちゃん」とツッコミが入る。
そう上手くいくものでもないかと割り切れたら良かったのだが、もう大丈夫だとばかり思っていたので余計にショックだった。
「でも、葉月の呪印をどうにかしたい気持ちはやっぱりあるよね。せめて神様の所在が分かればいいんだけど」
ため息交じりにタウフィークさんが言う。
その言葉を聞いた葉月さんが、唐突に手を打った。
「そういえば、結奈さんは黄泉比良坂の鯉を覚えていますか?」
「えっ、鯉ですか?」
突然話を振られた私は、慌てて記憶の引き出しを探る。
黄泉比良坂といえば現世から常世に渡るために使ったあの鏡のことだ。あれから半月の時が過ぎた。
平時であれば短いと感じるのだろうが、色々あった今、遠い過去のことのように思う。
「そういえば居ましたね。たしかその時、葉月さんが神力の気配がするって言っていて、現世なのにって不思議に思った覚えがあります」
私がそう答えると、話を聞いていたタウフィークさんが「現世で?」と眉根を寄せた。
「ええ。旅の間中ずっとその気配が誰のものだったのか考えていたのですが、ついさっき思い当りました」
ついさっきということは、会話の流れにヒントがあったのだろう。
私は少し頭を巡らせて、それからハッとして葉月さんを見上げた。
「まさか……」
「そのまさかです。おそらく神様の気配かと」
私はとくに驚かなかった。
黄泉比良坂は鳥居があったので、おそらく神域と呼ばれる空間だった。
ならば神様がいても不思議ではないはずで。
それなのに、葉月さんは不思議そうな顔をしている。
どうしてだろう。現世に神様がいるはずないと言いたげな顔をしているのは私の主観なのか、それとも。
これ以上考えない方がいいのだろうと思いながら、ついつい思考を巡らせてしまう。
そうして私が口を開けたり閉じたりしている間に、タウフィークさんが眉間の皺を深くして口を開いた。
「どうして鯉のお姿に……」
「それは分からないけど、ひとつ言えるのは、あの鯉が神様の目であるということだ」
目とな。
理解の追いついていない私の横で、葉月さんが仮説を立てていく。
「黄泉比良坂は神様によって管理されているから、そこには御神体が存在する。常世と現世を結ぶことができるのは神様だけだから」
「ええと、つまり……?」
分からないことが多すぎて、つい口を挟んでしまった。
そもそも神様は何人いるのだろう。
八百万なのか、1人なのか。
それによって話が変わってくる。
話しすぎたことに気づいたのか、葉月さんが1度口を閉じた。
少しの沈黙が流れる。そののち、彼は私の問いに答えるべく慎重に話を続けた。
「つまり鯉の目を通じて我々を認識して、刹那的に常世と現世を繋げたのです」
簡潔に説明してくれたので、なんとか私にも理解ができた。
ふんふんと頷く私に微笑みかけてから、葉月さんは人差し指を立てた。
「それともうひとつ。結奈さん、あそこの周辺の光景をよく思い出してみてください。何か違和感がありませんか?」
「違和感ですか? えっと、舗装された道を歩いて、どんどん山の中に入っていって、綺麗な紫陽花と鯉の泳ぐ池が……ん?」
私は不自然な点に気づいて瞬きを繰り返した。
そうだ、おかしい。
異常気象の影響で涼しかったから忘れていたが、半月前といえば8月の中旬。
7月上旬に見頃を終える紫陽花がこの時期に満開なのは変だ。
「紫陽花、咲いていましたね」
そう呟くと、満足そうに葉月さんが首肯した。
「ええ。いくら気温の変化があったとはいえ、たった数日で返り咲きが起こるものでしょうか」
私は素直に首を横に振った。
3日やそこらで花を落としきった植物が満開になるのは、すこし考えづらかった。
だとすれば。顔を上げると、心得たとばかりに葉月さんが口を開いた。
「季節外れの紫陽花は、四方四季の庭と同じく異界の象徴です。つまりあれは、神様が意図的に私たちに見せたということ。いわば神託です」
神託。神のお告げ。
憶測の域は出ないが、それらしい話になってきた。
私は喉をゴクリと鳴らした。




