想像と創造
葉月さんが呪印から解放されて、目を開けてくれたら。
そう願って、なけなしの想像力をかき集め、何度も何度も祈りを捧げた。
なにか特別な呪文でもあれば祈っている実感が湧くのだろうが、生憎そんな摩訶不思議な知識は持ち合わせていない。
それでもきちんと効いていると分かるのは、地面に散らばった浅葱蝶の回復薬のおかげだ。
それは目を瞑っていても分かるほど輝き、ひらりひらりと宙を待っていた。
神力を纏っているせいか、光に包まれた全身はぬるま湯に浸っているように温かい。
手足の感覚が鈍くなり、自分の輪郭が溶けていく心地になった。
(まだ足りない。もっとハッキリ描けるようにしないと……)
祈り続けてからどれだけの時がたっただろう。
途中何度かタウフィークさんが心配して声を掛けてくれたが、集中しすぎてちゃんと反応できていたかは怪しいところだ。
(イメージは、葉月さんの神力を回復薬で増やして、その力をわたしが操る感じ。神力が集まったら、それをナイフみたいに尖らせて……)
神力は祈るように使うのだと、人魚のオリバーさんが言っていた。
祈りの力が強い人間ならば、それを更に正確に扱えるはず。
それが私の考え──というより願望であった。
願いを込めながら、先ほどのイメージを何度も繰り返し脳裏に描くと、次第に情景がきちんと浮かぶようになった。
(よし、先端を尖らせた。次は胸部の呪印に近づく。昨日お風呂場でチラッと見えたから合ってるはず。たどり着いたら、照準を呪印に定めて……)
そのとき、握りしめていた手がピクリと動いたような気がした。
反射的に目を開けそうになり、しかしすんでのところで止める。
何故かまだ早いという確信があったのだ。
さらに強く手を握りしめ、はやる鼓動を抑えながら必死にその先を想像する。
想像というより、もはや創造の域だ。
呪印がどんな形か知らないので、脆そうで尚且つ壊しがいのありそうなガラスを素材にしてみる。
芸術のセンスが壊滅的なため、とりあえずドクロのマークを記しておいた。
それも可愛い感じのドクロだ。
(あとはこの呪印目掛けて、尖らせた神力を勢いよく突き刺す!)
呪印がパリンと子気味良い音とともに砕ける様を想像し、欠片が完全に消滅したことを見届ける。
(普通は害を及ぼす異物が体内にあったら、体は排除しようとする。でもって、神力は免疫機能の一部を担っているって前に葉月さんが言ってた。だから理論上、さっきの動きは間違いではない……はず)
大丈夫、上手くいった。
そう自分に言い聞かせて、グッと葉月さんの手を握りしめた。
その手が緊張で熱をなくしていくのを感じ、また不安が高まる。
震えを抑えきれないまま、私は固く目を閉じていた。
「結奈さん」
まず声が聞こえた。
それとほぼ同時に、タウフィークさんの安堵する気配を感じる。
今度こそ目を開けると、私はくしゃりと顔を歪ませた。
「葉月さん……」
瞬く間に緊張が解けて、止まっていた涙がこぼれ落ちる。
葉月さんは一瞬息を詰めると、感情に突き動かされた様子で体を起こした。
そして私が何か言うよりも早く、私を強く抱き寄せた。
「両親に会えました。結奈さんのおかげで、2人ともう一度言葉を交わす事ができました。ありがとう、結奈さん」
私の肩口に顔をうずめた葉月さんは、泣いてこそいなかったけれど、声が上擦っていた。
呼吸も微かに震えていて、様々な感情が入り混じって伝わってくる。
葉月さんは一度深呼吸すると、抱きしめていた私から体を離し、まっすぐ目を合わせて言った。
「本当にありがとう」
私は言葉を返そうとして、声を出すことに失敗した。
襲い来る感情があまりにも大きくてダメだった。
かわりに下手くそな笑顔を浮かべ、目を伏せる。
気持ちを落ち着けて葉月さんを見上げると、含蓄のある金の瞳が目に入った。
不自然な間が生まれる。
その瞬間、私は直感した。
(あっ、これ、そういう合図だ。合図というか、流れというか……)
私は少し躊躇って、それからそっと距離を縮めた。
自然な仕草で顔を寄せた葉月さんが、視線を私の唇に向ける。
胸がバクバクとうるさい中、私も彼の唇から目が離せない。
互いの呼吸が感じ取れるほどの至近距離で、唇が重なりあう直前。
唐突にわざとらしい咳払いが頭上から降ってきた。
「……あー、お熱いところ悪いけど、そろそろ2人の世界から戻ってきてくれないかな」
「あっ」
完全に存在を忘れていた。
救世主になんて仕打ちだろうと反省しつつ、私は慌てて葉月さんと距離を取る。
葉月さんもそそくさと私から離れながら目を丸くした。
「うわ、タウフィークいつから……」
「うわって酷いな。こっちだって物凄く居た堪れないんだよ。まったく」
ぶすっと不貞腐れた顔をするタウフィークさんに申し訳なく思いながら、私は顔を綻ばせた。
顔も声も不機嫌そうなのに、アルミラージらしい赤い目だけは喜びを隠しきれていない。
それは、彼が心の底から葉月さんを案じていたという何よりの証拠だ。
冷たい態度を取った葉月さんも、そんなタウフィークさんの気持ちに気づいているからこその反応だろう。
ふたりは一切血が繋がっていないし、そもそも種族が違う。
それでも間違いなく彼らは本物の兄弟なのだと、そう思わせる確かな絆があった。
「おかえり、葉月」
にっと笑いかけたタウフィークさんに、葉月さんが笑顔を返す。
「ただいま。それから、助けてくれてありがとう」
まだまだやる事は沢山だし、世界の崩壊は止まっていない。
けれど、不思議と不安はなかった。
今なら何にでも立ち向かって行ける。
そんな気がした。




