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無力な人間

 放り出されるように勢いよく転がったあと、担いでいた籠がストッパーとなって、今度は柔らかい雪を削る形で滑り落ちた。

 

 崖が切り崩されたことにより、石の混じった土が斜面に流れている。

 そのせいで時おり腕や足に鋭い痛みが走り、息が詰まった。

 

 徐々にスピードが落ち、やがて雪の冷たさと崩れた地面の土臭さを思い出す。

 数メートル斜面を滑り落ちたところでようやく落下が止まった。


 なかなか動き出さない葉月さんの腕から出て、転がってきた坂の頂上を見上げる。

 男はまだ追ってきていない。

 鳥の種族なので油断はできないが、恐らくまだ逃げる時間はあるだろう。

 

 今度は視線を下げ、緩慢な動きで起き上がった葉月さんを立ち上がらせるために手助けする。

 ぐいっと彼の手を引っ張ったところで、背中に強い力を受けた。

 頭がぐんと後ろに持っていかれ、大きく視界が揺らぐ。


 衝撃を受け止めきれなかった籠が壊れ、中身が地面に散らばった。

 同じように耐えきれなかった私も葉月さん共々雪の上に倒れ込む。

 何が起こったのか理解する間もなく、背後から複数の足音が聞こえた。


「ふむ、計画通りですね」


 振り返ると、いつぞやのチャーム付き眼鏡をかけた男女が数名近づいてきていた。

 中心に立つのは、質素な出で立ちの多種多様な妖たちに囲まれ、偉そうにこちらを見下ろす中年の男。


 烏帽子を被った男は態度に似合わぬ憫笑(びんしょう)を浮かべると、丁寧な仕草でひとりの妖の背に手を添えた。

 その妖は、先ほど私たちを襲ってきた翼を持つ追手だった。

 

「彼の妹は薬師でした。数か月前の薬師襲撃事件で妹さんは惨殺され、それを知った彼は喉をつぶすほど嘆き悲しみました。術使いの仕事もままならず解雇され、路頭に迷っているところを我々が助けたのです。今は我々の支援を受け、刺客として活躍なさっています」


 なにを言っているのだろう。

 私は怯えることも忘れ、ただ呆然と彼らを眺めていた。

 どうして悪者を糾弾するヒーローみたいな態度をとるのか。

 

 それに、追手が来たらすぐに殺されるものだと思っていた。

 そうしない理由はなんだ。


「申し遅れました。わたくし、大臣(おおまえつぎみ)がひとり、天音(あまね)と申します。現世で言うところの、太政大臣のような立ち位置だとご理解いただければ幸いです。もっとも、桃源郷に右大臣も左大臣もおりませんが」


 すました顔で自己紹介を終えた男に、私は思わず眉を動かした。

 空気の読める人間なので、間違ってもこの緊張感のある中で「いつの時代の話ですか!」とツッコミをいれることはしない。

 しないが、本当にいつの話だ。平安か。いや、明治か。


(……ていうか、この世界の政治については良く知らないけど、大臣って間違いなく政府側のひとだよね)


 そのことに気づいて恐怖を思い出したときには、すでに私と葉月さんは彼らによって取り囲まれていた。

 懐に手を伸ばした葉月さんが、お札の紙が切れたことに気づいて小さく舌打ちする。

 

 いや、お札があったとしても状況は変わらないだろう。

 彼の神力はとっくに尽きかけている。

 地面が崩れる寸前、追手を吹き飛ばすために使ってしまったからだ。

 

 私は折れそうな心を無視して、じりじりと近づいてくる追手に向けて懐刀を構えた。

 切っ先が情けなく震えていて、自分の顔が恐怖に歪むのが分かる。

 

「待ちなさい。女の方は殺さないように。貴重な人間です。我々の計画に利用できるかもしれません」


 天音と名乗る男が言った。

 命を受けた妖たちは、刃物を向けられても動ずる様子はなく、ただ慎重に距離を縮めてくる。

 少し離れたところにいた鳥族の妖が、そろりと袖の下からお札を取り出した。

 

 突如、青い炎が周囲を囲んだ。

 熱風が吹き抜け、迫りくる追手をなぎ払う。

 間近で火柱が立っているのに、焼けつくような熱さは感じない。

 良く知ったその感覚に、私は泣きそうになった。

 また、神力を使わせてしまった。

 

「結奈さん、逃げてください。この方角に真っ直ぐ走って。そうしたら天中にたどり着きます。朔矢の家は分かるでしょうか。彼に会えたら、きっと現世に帰る手段も──」

 

「諦めろって言うんですか。やっとここまで来たのに。そばに居るって約束したのに……!」


 私は咄嗟に言葉を遮ると、倒れ伏しながらも道を示す葉月さんの腕に縋りついた。

 冷え切った手や青ざめた唇が、彼の体の状態を物語っている。

 弱々しく息を吸って、葉月さんが口を開いた。

 

「……ごめんなさい」

 

 違う。謝らせたかったわけじゃない。

 首を大きく振って、言葉を紡ごうと口を開ける。

 乱れた感情の渦に溺れ、声が出なかった。

 

 どうすることもできず、靄のかかった頭で以前見た悪夢を思い出す。

 ひび割れた巨大な門に引きずられ、抵抗を止めた葉月さんが逃げろと言う。

 

 夢で見たときと似たような境遇で、ただ一つ、違うものがあった。

 それは、彼の浮かべた表情だ。

 夢の中では悲しそうに微笑んでいたのに、本当の彼は、悔しさと焦りを滲ませていた。

 それが妙に現実味を帯びていて、私は無理やり喉を震わせた。


「逃げるわけないじゃないですか。弾除けでもいいから一緒に居たいって言いましたよね。それは今も変わっていません。私の居場所は、もうずっと前から葉月さんの隣なんです。逃げた先に私の居場所はないんですよ」


 離れたところで、天音と名乗る男がゆっくりと立ち上がった。

 余裕のある仕草で服についた雪を払い、こちらに向き直る。

 他の追手たちも体制が整い始めている。

 

 私は懐刀を握り直して、背筋を伸ばした。

 すると、体の震えが止まった。

 恐怖心が消え、比例して力がみなぎってくる。


(あの天音ってひと、さっき私には手を出すなって言ってた。理由はよく分からないけど、私の命に価値があると思っているのなら、その判断は利用できる)

 

 私はただの無力な人間だ。

 それでも、誇りを持って生きている。

 彼らの手に落ちるくらいならば、最後まで抗ってやる。

 生きたいという気持ちは、生きる権利は、誰にでもあるはずだから。

敵に素敵な名前を贈ってしまった……。

天音って綺麗すぎる!勿体ない(><)

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