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不測の事態

 出雲に構える大きな屋敷、磐座(いわくら)には、神様が住んでいた。

 正門の左手には様々な情報の詰まった保管庫が、右手には客室や食堂があり、中庭を挟んだ奥まったところに神様の私室がある。


 その私室は今、おそらく誰も住んでいない。

 なぜなら、持ち主である神様が行方不明になってしまったからだ。

 

 私室の最奥に置かれた面会用の広間は、既に政府によって占領されてしまった。

 正確には政府全体というより、主にその中枢に位置する三名の仕業だが。


「1番隊は俺と一緒に保管庫の警備を頼む。5番隊は小春さんのいる客室を担当し、動きがありしだい俺に報告するように。……というのが副族長からの指示だ」


 ハサンの言葉を静かに聞いていた守り屋の2隊は、煌びやかな隊服を覆うように頭からマントを被り、神妙な顔つきで頷いた。

 

 雪が降っているからというのは建前で、実際は面の割れているタウフィークを紛れ込ませるための装いだ。

 そして現在、一列に並んでいる1番隊の最後尾に立っているのが当該の男である。


 指示を聞き終え、全員が持ち場に向かうべく散っていく。

 最後尾で待機していたタウフィークも、それにならって保管庫へ足を踏み出した。


「それで、大臣三名は確実として、あとはどこが関与しているって?」


 きびきびと歩きつつ、ハサンが小声で尋ねる。

 問われているのは、今回の世界事変の立案者および黒幕として動いている疑いのある者の正体だ。

 

 事前に小春や志苑から聞いていたタウフィークは、二者の言葉を思い返しながら、慎重に口を開いた。

 

「磐座省と参議の一部だ。参議は直接なにかしているというより、黙認して従っている感じらしい。磐座省はほら、大臣直属の機関だから。前に機密文書の窃盗で捕まった志苑を俺たちから解放するよう命じたのも磐座省だ」


 神の側近であり桃源郷を束ねる大臣と、各省のまとめ役である参議。

 そしてその配下にいながら直接大臣と繋がりを持つ磐座省。

 タウフィークら守り屋はこの3つの動きに気を配りつつ、小春や志苑のサポートをする必要がある。


「俺たちが付け入れそうなところといえば、小春さんを門まで案内する神祇官(かみづかさ)だな」


 保管庫の裏口に立ったハサンが声を潜めて言った。

 耳を四方に忙しなく動かし、警戒態勢をとっている。

 タウフィークも同様に周囲へ神経を張り巡らせながら、ハサンの言葉に頷いた。


「神祇官は計画について教えられていないはずだ。なにしろ霊狐一族ともっとも繋がりの深い機関だったからね。護衛としてついていくと言えば、納得してくれる可能性が高い。ただ……」


 そこまで言って、タウフィークは顔を上げた。

 聴覚の発達した長い耳が足音を捉えたのだ。

 とっさに剣の柄を掴むふたりだったが、すぐに手を下ろして息をついた。

 

「副族長」


 建物の曲がり角からひょっこり顔を出して声をかけたのは、正門の辺りを警備していた7番隊の隊員だった。


「あの、今しがた大臣のひとりが数名の妖をつれて屋敷を出ました」


「大臣が? それで、向かった方向は?」


 予想外の報告に眉をひそめながら尋ねる。

 問われた隊員は困惑を隠しきれない様子で「それが……」と続けた。


「月夜町のある方角でして。別の町に用があるのかもしれませんが、もしかしたら何か勘付かれたのかもしれないと思い一応ご報告に参りました」


 一瞬でタウフィークの顔から血の気が引いた。

 確証はない。しかし、頭より先に体が反応した。

 葉月と結奈に身の危険が迫っていると、証拠もなしに確信した。


「そうか、ありがとう。ハサン、悪いけどここを頼む」


「任された。気を付けろよ」


「ああ」


 本当は直々に動ける立場ではないと、タウフィーク自身が一番わかっていた。

 その場を指揮することが副族長の仕事で、ましてや国が処分すると決めた妖を助けにいくなど言語道断。

 それでもタウフィークは迷わず駆け出したし、ハサンも迷わず送り出した。

 覚悟を決めた横顔が紛れもない兄の顔をしていたから仕方がない。


「政府側からしたら副族長は死んだことになっているんだ。バレたら面倒だし、むしろいなくなって良かった」


「怒られますよ、ハサン隊長」


 そんな部下ふたりのやり取りなど露知らず、タウフィークは天中に向けて全力で走っていた。

 頭の中で最短の道筋を描きながら、出雲の町を駆け抜ける。

 間に合え。間に合ってくれ。

 

 (はや)る気持ちに促されて、自然と呼吸が早くなる。

 騒ぐ血潮を冷ますように息を吸うと、凍てつく空気が肺を満たした。

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