目
一日休むかどうか話し合った。
けれど、小春さんから伝えられたデッドラインを元に計算してみて、そんな余裕が無いことを知った。
ここでいうデッドラインとは、現世が消滅する日のことだ。
「消滅まで6日。それを聞いてから2日経っているってことは、今日を入れてあと3日……ということは、明後日までには必ず門を閉じないといけないんですね」
思っていたよりもずっと切羽詰まった状況らしい。
自分の声がどんどん硬くなっていくのが分かる。
「はい。ここから門まで一日かかりますから、今日お休みしてしまったら、ギリギリ防げるか間に合わないか……。つまり、確実に現世の消滅を止めるには、今日のうちに出発するしかないのです」
葉月さんの物言いからお察しの通り、今日中に出発することを渋っているのは私の方だ。
昨晩の様子を見る限り、絶対に休んでから臨んだ方が良いと思う。
だが、当の本人は大丈夫だと言い続けているし、話を聞いていると確かに休んでいる時間はなさそうだ。
でも。そこで再び相克する。
現世の友人か、葉月さんか。
どちらも大事で、片方を選び取るなんて到底不可能な二択。
(いや、そもそも私にどっちか選ぶ資格なんてないでしょ。だって私は、選んだことの責任をとる力もない、ただの人間なんだから)
結局、私は葉月さんの説得に頷くことしかできなかった。
友人を死なせたくない。故郷を失いたくない。だけど、葉月さんも失いたくない。
そんな身勝手な自分に辟易しながら、それでも一縷の望みにかけるしかないのだと理解していた。
第五の門に辿り着き、葉月さんに門を閉じてもらい、すぐさま飲み薬と浅葱蝶の回復薬を手渡す。
ここで葉月さんが動けなかったらアウト。
可能性は五分五分といったところだ。
急いで山を下り、事前にタウフィークさんに手配してもらった馬車でレオドール様の屋敷へ行き、現世に戻る。
幸いなことに明日は満月。門を閉じることで雲は晴れ、転送術も上手くいくはず。
それが私たちの立てた計画の一つだ。
他にも何通りか考えてあるが、どれも危険度は高い。
1番リスクの少ないこの方法で、最後まで計画通りに行きたい。
そう願っているのに、やはり現実はそう上手くいかない。
たびたび襲ってくる地震の影響だろう。
道の先々で地すべりによる行き止まりに当たり、進みがどうしても遅くなる。
倒木で通れないときは遠回りをしなければならず、刻々と近づいてくるタイムリミットに焦りを募らせた。
それでも私たちは文句や弱音を口にすることなく進み続ける。
足を止めてしまえば、ひとつの世界が跡形もなく消えてしまうのだ。
なんとしても阻止しなければならない。
私は不安や迷いを振り切るように、一歩一歩踏みしめて歩いた。
そうして夕方の時間帯に差し掛かったころ。
突然、視界がグラリと揺らいだ。
枝にしがみついていた雪がふるい落とされ、ザザザと大きな音を立てる。
朝に1回、ここに来るまでに1回。
今日3度目の地震だ。
「結奈さ……っ!」
気遣わしげに振り向いた葉月さんが、ふと空を見上げ、息を呑んだ。
その視線を辿る前に、強い力で体を引き寄せられる。
瞬きをする間もなく、上から大きな塊が落ちてきた。
ちょうど私のいた辺りだ。
その大きな塊は、ナイフを締り雪に突き立て、こちらを真っ直ぐ見据えていた。
トサカのように跳ねた赤髪と、大きな翼を持つ男だ。
口を噤んだまま、男がナイフ片手にゆらりと立ち上がる。
まるで知り合いの元へ向かうように悠々と近づいてくるので、葉月さんの反応が一瞬遅れた。
「結奈さん、離れていてください。いつでも逃げられるように準備を。どうやら確固たる意志を持って剣先を向けているようですから」
そう言うと、葉月さんは腰から剣を素早く抜いて構えた。
これはタウフィークさんから持たされたもので、ガードの中心には金の宝石が嵌め込まれていた。
着物に西洋の剣は少しチグハグな気もするが、葉月さん自身が刀より使い慣れているというので、恐らくこの先も彼が日本刀を腰に差す機会は訪れないだろう。
対峙する2人から離れると、私はそっと背負いカゴを下ろした。
恐怖と寒さで悴んだ手先を無理やり動かし、蓋を固定していた紐を結び直す。
そうしながら、必死に平静を保っていた。
我々は読み間違えたのだ。
たしかに政府は五芒星の門の場所を勘違いしていたかもしれない。
けれど、政府が門だと誤解している黄泉比良坂と、本物の第五の門は同じ町にある。
だから、私たちが確実に通るこの道を待ち伏せていたのだ。
小春さんたちの動きに勘づいたのか、それとも単に自信がなかったのか分からないけれど、あえて政府は執着地点ではなく道中を選んだ。
誰も悪くない。
政府が1枚うわ手だった。
金属の激しく交わる音が、痛いほど耳に刺さった。
音を吸収しやすい雪の森で、剣のぶつかり合う音と息遣いだけが聞こえてくる。
戦況は、葉月さんの方が押していた。
おそらく相手は組織員で、つまりは最近まで一般の妖だったということ。
剣豪の集うアルミラージ一族に囲まれて育った葉月さんが、負けるはずもない。
向かってくる相手の剣を刀身で受け止め、さらりと流す。
すべての攻撃を捌ききり、相手の剣を叩き落とした葉月さんは、瞬時に拾い上げて距離を取った。
勝ったと思った。
葉月さんが刃先を追手に向けながら、ゆっくりと私の方に近づく。
逃げるのだと察して荷物を持ち直し、そして前を向いたとき。
追手が懐から長方形の紙を握っていることに気づいた。
私とほとんど同時に気づいたであろう葉月さんが、ぴくりと体を強張らせる。
刹那、私たちの立っている地面に亀裂が走った。
それと同時に強風が巻き起こり、遠くから金属の擦れるような呻き声が聞こえた。
ガラガラ、ボキボキ。全身が轟音に飲み込まれそうだ。
状況を把握しようと思考を巡らせる。
けれど、背中に大きな衝撃を受けて地面に倒れたことで、身を縮めることしかできなくなってしまった。
(何が起こったの。音がいっぱいで分からない……)
ギュッと目をつぶっていた私は、音が少なくなってきたころに恐る恐る顔を上げた。
地吹雪の合間に目を凝らし、ぐるりと周囲を見回す。
確認できたのは、折れた木々と遠くの方で倒れている追手。
「……葉月さん?」
呼ぶ自分の声に小石の転がる音が重なって、私は勢いよく後ろを振り返った。
そうして、思わず悲鳴を上げかけた。
先ほどまであったはずの地面が消え、その切れ目に葉月さんが落ちかけていたのだ。
恐らく、地面が崩れ落ちる直前、咄嗟に私の背中を押して守ってくれたのだろう。
私は慌てて彼の手首を掴み、力の限り引っ張った。
なかなか思うように引き上げられなくて、じわりと汗が出てくる。
そんな私の背後を見て、葉月さんが怯えたように目を見開いた。
きっと吹き飛ばした追手が起き上がって、こちらに向かっているのだろう。
葉月さんはサッと崖の下へ視線を向けると、地面を掴んでいた左手を軸にして、私の手から抜け出そうと捩った。
葉月さんもまた、必死なのだ。
私の手が離れたら、彼は崖から落ちてしまう。
傾斜になっているとはいえ、きっと無事では済まないだろう。
それなのに、自らその道を選ぼうとしている。
「結奈さん、私はいいから、早く逃げて……」
呻くように言う葉月さんに、私は首を振った。
膠着状態の私たちに、一つの影が差す。
肩越しに振り返った私は、無表情で剣を振り下ろす男と目が合ってゾッとした。
迫る鋭い剣先よりも、人の命を殺めることに動揺の色ひとつ見せない瞳の方がよっぽど恐ろしかった。
自然と呼吸が乱れる。
それでも、手を放す気にはなれなかった。
刹那、体がグンと引き寄せられた。
浮遊感とともに、長い腕が私を力強く抱きしめる。
落下して直ぐ、大きな衝撃を感じた。
そうして気がつくと、私たちは雪の積もった傾斜を勢いよく転げ落ちていた
貴重なアクションシーンなのに、筆者の知識不足で短い……。無念。後日書き足そうかな。




