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ドタバタ騒動

 不安定に揺れる葉月さんの体を支えつつ家に戻り、布団に寝かせたのは、日付をとっくに超えた頃だった。

 ほとんど気を失いかけていたが、なんとか自力で歩いてくれたので助かった。

 もし逆の立場なら、きっと軽々運んでくれただろうに。不甲斐ない。


 一度自分の部屋に戻った私は、籠の中に入っていた着替えを引っ張り出すと、お風呂に入るべく廊下に出た。

 地震の影響で物が散乱しているので、靴のまま歩いて向かう。

 

 シンと静まりかえっている空間では、どうしても余計なことを考えてしまうので、必死に頭の中をモフモフな生き物たちで一杯にした。


「ビションフリーゼ、ジャージウーリー、ラグドール、シマエナガ……ううん、やっぱりアンゴラが一番かなぁ。いやでもエゾモモンガも……」


 大きな独り言を漏らしつつ木製の戸を引く。

 他人の家でありながら勝手知ったるなんとやら。

 私は着替えを洗面所近くの棚に置くと、アルミ製の箱から小瓶を取り出し、浴室に入った。


「湯船は39度、シャワーは40度で!」


 そう私が言えば、神力のミラクルパワーが発動し、勝手にお湯を沸かし始めた。

 シャワーの温度もちょうど良い。


 葉月さんお手製のボディーソープとシャンプー&リンスを存分に堪能して、いざ湯船に浸かろうというときだった。

 背を向けていた竹の引き戸が、ガラリと音を立てた。


(やっぱ雪が降ってるから冷えるなぁ。早く湯船に浸かろう。……いや、まって。ガラリってなんだ)


 聞き流そうとしていた私は、情報を消そうとしている海馬に待てを命じた。

 ガラリとはつまり戸が開いたということで、開いたということはつまり、誰かが開けたということになる。


 この家にいるのは私を除けばひとりしか居ない。

 そして現在、私は真っ裸である。

 つまり。……つまり?


 振り返るのが怖くて、私はなるべく首だけを動かすようにして後ろを確認する。

 案の定、葉月さんがいた。

 たぶん、裸だ。混乱しすぎてよく見えないが。

 

「………………」


「………………」


 コンマ数秒、時が止まった。

 お互いに見つめ合い、情報がようやく脳に届くと、私たちは慌てて動き出した。

 とはいっても、湯船に足を入れかけていた私は体を隠す術などなく、右往左往するだけだが。


 葉月さんの方はというと、それはもうすごい勢いでドアを閉めた。

 そのあと、扉越しにズゴンと大きな音がしていたので、恐らくどこかにぶつかったのだろう。

 痛みに悶絶しているような気配があったので間違いない。


「す……すみませんでした!! あの、ぜんぜん、全然見ていないので! 半分寝ながらだったので! 本当にごめんなさい!!」


 声の必死さに、これは恐らくドアの前で土下座しているなと思った。


「こ、こちらこそ家主を差し置いて先に入ってしまいすみません。……いや、ていうか、それより体は大丈夫なんですか?」


「はい、元気です! いや、この流れで言うと気持ち悪いな。やっぱり元気じゃないです!」


 元気いっぱいのお返事が扉を抜けて浴室に響き渡る。

 そうとうパニックになっているようだ。


「私は明日の朝入るので、ごゆっくりどうぞ! おやすみなさい!!」


 そのまま最後にもう一度謝られ、騒々しいお風呂場はすぐに静かになった。

 なんというか、拍子抜けした。

 

 最後に見たときは顔面蒼白で、歩くことすらままならない様子だったのに。

 状況を理解した彼は、一瞬しか見ていないが、元の顔色が分からないくらい赤面していた。


「ふ、ふふ、あははは!」


 慌てふためく葉月さんが面白くて、私は耐え切れず笑い出した。

 直前まで気持ちが酷く沈んでいただけに、余計おかしくなる。

 そうして肩を震わせながら、自分が笑えていることに安堵した。


 体が十分に温まり、先ほどの騒動も手伝って気持ちが落ち着いたところで、私はお風呂から上がった。

 現世が消滅しかかっていることを考えれば、休んでいる暇など当然ない。

 葉月さんの体調も心配だ。

 

 けれど、今だけは何も考えずに休もう。

 そう区切りをつけた私は、自室の布団に飛び込み、心地よい眠気に身をゆだねた。


 翌日、私は朝早くに目を覚ますと、手早く居間を整えて朝食の支度にとりかかった。

 地震のせいで食器はかなり割れてしまっていたが、幸いなことに戸棚の奥は無事だった。

 

「たぶん本調子じゃないだろうし、やっぱりここは薬膳かな」


 慣れた手つきで(たすき)をかけると、前掛けを着けて調理場に立った。

 驚異的な保存力を誇る神力冷蔵庫を覗き込み、葉月さん直伝の薬膳料理レシピと照らし合わせる。


 ハトムギ入りの鶏だし中華スープと、しいたけやネギや人参などをふんだんに使ったおこわの握り飯。

 煎茶は淹れたてを飲みたいので、茶葉と湯のみの準備だけしておく。


 朝ごはんの用意が終わると、今度は地下室に行き、薬籠を探った。


「めまいに疲労だから、えっと、当帰芍薬散(とくきしゃくやくさん)……いや、苓桂朮甘湯りょうけいじゅつかんとうか。食前だから、座卓に出しておこうかな」


 ブツブツと呟きながら、材料と道具を取り出す。

 幸いなことに必要な生薬はすべて揃っていたので、すぐに調薬に移行できた。


「あとは飲みやすいようにオブラートに包んで……よし、できた!」


 我ながら素晴らしい手際の良さだ。

 自画自賛しつつ居間に戻り、座卓を引っ張り出して食事を並べる。

 それも終えると、私はドヤ顔を隠すことなく葉月さんの部屋に向かった。


 薬を作りに行く際、彼がお風呂に入りにいったことは把握済みなので、すでに起きていることは知っている。

 部屋からは身支度を整えている物音が聞こえているので、声だけかけて居間で待とうか。

 

 そう思いながら口を開きかけたところで、目の前の(ふすま)が開いた。


「おはようございます、結奈さん。あの……」


 神妙な顔をする葉月さんを見て、私は無意識のうちに身構えた。

 顔色は昨日より良いけれど、浮かべる表情が真剣そのもので、思わずこっちまで顔を強ばらせてしまう。

 

 体がきついから今日は休みにしよう、であればいいけれど、もしも危ないからここからはひとりで行くと言われてしまったらどうしよう。


「昨晩は本当に申し訳ありませんでした」


「……さくばん」


 瞬きを2回。

 聞こえてきた言葉を繰り返し、昨夜の騒動を思い出し、そうして私は吹き出した。


「えっ、そんなに笑います? 叩かれる覚悟だったのですが……というより、ちゃんと怒ってください」


 咎める口調とは裏腹に、葉月さんは明らかにホッとしていた。


「私も鍵をかけ忘れていたのでお互い様です。それより、朝ごはん作ったので食べましょう。早くしないと冷めちゃいますよ」


 笑い混じりに言うと、葉月さんはそれはもう嬉しそうに笑って頷いた。

 尻尾もパタパタと忙しなく揺れていて、心が満たされる。

 清々しい朝の、幸せな日常の一コマであった。

書きながら、帰って来たなぁって感じがしました(笑)

常世も現世も色々なところに行きましたが、私の中の『月結びシリーズ』の世界観はこの家です。

もっと言えば、日の当たる障子張りの広縁。緑茶を入れてのんびりしたい。

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