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縁をなぞりて

新年明けましておめでとうございます!

また1年、月結びシリーズをよろしくお願いいたします!

(ᐢ. ֑ .ᐢ)サクシャ ト タウフィーク ヨリ

 私たちは家の中に入ると、それぞれの部屋に荷物を置いて軽く身なりを整えた。

 本当はすぐに体を休めたかったが、今日中に門を閉じてしまいたい気持ちに急かされ、足早に出発した。


「第四の門は、この近くにあるんですよね?」


 木の根を飛び越えながら尋ねると、先を歩いていた葉月さんが頷いた。

 片手に提灯を提げ、もう一方の手には門を閉じるための道具が握られている。


「はい。実は結奈さんも1度来たことがあるのですよ」


「えっ、私が?」


 予想外の言葉に慌てて記憶を探るが、まったく心当たりがない。

 気軽に外を歩ける立場ではなかったので、かなり場所は絞られるはずだが。


 うんうん(うな)っているうちに、いつの間にか開けた場所に出た。

 体感で家から数十分といったところか。

 薄暗い視界の中、よく見るとそこは、葉月さんと初めて出会った湖だった。


「この中にあります」


 さらりと言って、葉月さんが広い湖を指さす。


「えっ、水中!?」


 葉月さんはぎょっとする私に笑いながら、視線で岸辺を探った。

 やがて、金の瞳は1点に留まり、何かを思い出すように細められる。


「大半は本物の湖です。けれど正しい場所から入ると、門にたどり着けるようになっています。ほら、五芒星の門はどれも幻術で隠されていたでしょう?」


 葉月さんが説明しつつ、ぐるりと湖岸に沿って歩く。

 その背中を追っていた私は、ファンタジーな内容に苦笑しなから相槌を打った。


「たしかこの辺りです。結奈さんを転移させたときに1度入ったのですが、想像以上に圧巻でしたよ」


 そう言って明るく笑う彼に、私は見てもいないのに心を弾ませる。

 そんな風だから、冬の湖に体を沈ませるときも、特に怖いという気持ちは湧かなかった。

 新たな世界に(いざな)われるように、高揚感だけがこみ上げてくる。


 二歩ほど進んだ葉月さんは、私の手を取ると、段差があるたびに丁寧に教えてくれた。

 どうやら湖の下には、階段があるらしい。

 

 ゆっくりと慎重に歩を進める。

 水中であるはずなのに、服が体に張り付くような不快感はなかった。


 意を決して顔を水につけてみる。

 すると目の前には、古びた石段が長く続いていた。

 人魚のウロコの効果とは違う感覚だが、水の中で息ができることに安堵する。

 

 というより、水自体が幻なのだろう。

 その証拠に、重力がきちんと存在している。


「すごい……! 水の壁みたいになってる」


 完全に頭が水の下にきたところで、私は感動して思わず立ち止まった。

 まるで湖の1部を切り取ったかのように、左右の景色はどこまでも水の中だった。

 

 魚1匹すら泳いでいない、暗くて冷たい水面下。

 孤独に似た不安感が押し寄せてくると同時に、見た光景のファンタジー具合に心が浮き立つ。


(ガラス……ではないのか。プニプニしてる……)


 透明な壁をつついてみると、スライムのように柔らかく押し返された。

 面白い。けれど、胸がざわざわと落ち着かない。

 私は深呼吸すると、少し先を歩く葉月さんに追いつくべく足早に階段を駆け下りた。

 

 湖の底はますます暗く、漂う空気も一層ひんやりとしている。

 一気に視野が広がり、砂地の空間にポツンと佇む石造りの門が目に入った。

 

 他の3つの門と同様、こちらもひび割れがひどい。

 亀裂の合間から覗く風穴が恐ろしくて、私はそっと目を伏せた。


「なるべく早く終わらせるので、冷えないように着ていてください」

 

 葉月さんは提灯を置くと、羽織を脱いで私の肩にかけ、くるりと踵を返した。

 まだ体温の残る羽織の温かさに、心が落ち着いていくのが分かる。

 私は緩みそうになる頬を引き締めつつ、懐から回復薬を取り出した。

 

 そうこうしているうちに、葉月さんが門前に少量の清め塩を撒き始めた。

 緊張感のある空気に、自然とこちらの背筋も伸びる。

 

 思えば、月結びの儀式をきちんと見るのは初めてだ。

 小春さんから政府側の動きについて聞いている今回と違い、それ以前は、いつ追手が来ても気づけるように出入り口を見張っていた。

 当然、儀式を見ている余裕などない。


(どうしよう、緊張してきたかも)


 私はゴクリと唾を飲み込むと、意識して肩の力を抜いた。


 左足から三歩進み、お札を一枚貼る。

 それを繰り返しながら門を一周し、葉月さんは扉の中央に移動した。

 

 手元に残っていた最後の一枚を両手で捧げるように放り、そのお札が門に張り付いたことを確認すると、居住まいを正して顎を引いた。


 空気が変わった。

 聞きなれた声が、祝詞に似た言葉を紡ぐ。

 その瞬間、門に張り付いていたお札が深緑に輝き始め、それを呼び水に他のお札も光を帯びていった。


 心地よい暖かさと、優しい松葉色の光が、門全体を覆っていく。

 私はかつてないほど美しい情景に、ほうっと感嘆の息をついた。

 

 周囲に散らばっていた石の欠片が浮き上がり、くるくると舞うように損傷部位へ引き寄せられていく。

 そうして音もなく修復され、やがて門は傷一つない完璧な姿に生まれ変わった。

 

 ゆっくりと光が弱まるのを確認し、私は握っていた回復薬を届けるために足を踏み出す。


「お疲れ様でした。体は大丈夫ですか?」


 私が尋ねながら薬を差し出すのと、葉月さんが(うずくま)ったのは、ほとんど同時だった。


「葉月さん!」


 慌てて顔を覗き込んだ私は、血色の悪さにぎょっとして言葉を失った。

 ギュッと目をつぶって耐えるような様子に、恐らく神力の不足による目眩だろうと検討付ける。


 着ていた葉月さんの羽織を彼の肩にかけ、私は寄り添うようにしゃがんだ。

 浅く上下する背中を撫でながら、そんなことしかできない自分に歯がゆくなる。


(本当に、第五の門まで持つのかな。もし葉月さんの限界がすぐそこまで来ているのなら、小春さんが門を閉じてくれるまでどこかに隠れて……)


 そこまで考えて、私はぐっと息を詰めた。

 足元の砂地を睨みつけながら、現世にいる友人たちの姿を思い浮かべる。

 

 このまま葉月さんと身を隠し、現世の消滅に見て見ぬふりをしたら、それはつまり友人を見殺しにすることになる。

 

 だが、第五の門を閉じる前に葉月さんが力尽きてしまったら。

 考えたくもない未来が目に浮かび、途端に喉がヒリヒリと痛み出す。

 あぁ、泣きそうだ。

 自分の心の声に刺激されて、目頭が熱くなる。


 けれど、私は深呼吸をして感情をやり過ごした。

 今、本当に泣きたいのは、本当に苦しいのは、私ではない。

 のどの痛みを逃がすように、ゆっくりと息を吐く。


 何ができるかわからない。

 それでも、自分にできる精一杯をやらなければ。

 その気持ちだけを頼りに旅をしてきたのだから。

 

 ポキリと折れてしまいそうになる心を律し、ふらつく葉月さんの体を支えながら湖を出るのに、ずいぶんの時間を要した。

そろそろ終盤:( '-' ):

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