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原点回帰

 冷たい雨がみぞれになり、やがて微雪に変わった。

 ちらりちらりと舞う雪花(ゆきばな)に、なんだか懐かしさを覚える。

 旅が始まって半月しか経っていないが、随分と時が過ぎたように感じる。


 オメテ・トラロックを朝早くに出発し、馬車で数時間の移動後、私たちは山の麓で徒歩に切り替えた。

 細くて歩きにくい獣道を辿り、ゆっくりと山を越える。

 その先にあった小さな町で昼食をとったのち、今度は牛車に乗り込んだ。


 ガタゴト……ガタゴト……

 相変わらず眠くなる乗り心地に、私は何度も目を閉じかけた。

 一山越えたことでかなり疲労が溜まっている。加えて朝も早かった。非常に眠い。


「ふふっ、私で良ければ肩を貸しましょうか?」


 見かねて声をかけてくれる葉月さんは、一日休養してだいぶ回復したようだ。

 とはいえ、顔色はあまり良くない。

 葉月さんは出発前に、ここから先は時間との勝負だと言っていたけれど、おそらく時間よりも神力の残量との闘いと言った方が正しいだろう。


「葉月さんこそ、休める時に休んでくださいね」


 私は首を振って葉月さんの申し出を断ると、半分寝かけたままの舌足らずで言った。

 どうにも体が重い。疲労と、それから牛車のゆりかごのように優しい振動が、襲い来る睡魔に拍車をかけている。

 少しの抵抗ののち、私は完全に意識を手放した。


 そのまま目的地に到着する寸前まで爆睡してしまい、頭を抱える暇もなく牛車を降りる。

 エネルギーの復活した体でメキメキと森を歩くと、やがて見知った場所にたどり着いた。

 

「……えっと、ここって葉月さんのお家ですよね」


「はい。無事に着いて良かった」

 

 ずっと森沿いに歩いていたから気づかなかったが、どうやら月夜(つくよ)(ちょう)に戻ってきたらしい。

 目の前には、素朴な外装の小屋がひっそりと佇んでいた。


「でも、今日のうちに門を閉じるって言っていましたよね」


 時刻は午後8時を過ぎたところで、たしかに帰宅するには十二分に良い時間だ。

 しかし、私たちにはまだやることがあるはずだ。

 

 では、なぜ葉月さんはこの家に来たのか。

 腑に落ちない心地で家を見上げていた私は、次の瞬間、ハッとして目を見張った。

 

「まさか、ここに第四の門が?」


 これまで巡ってきた門は、どれも幻術によって巧妙に隠されていた。

 つまり、どんな場所に門があってもおかしくないのだ。

 

 思えば、葉月さんの家はどこか変わっていた。

 外と内とで明らかに敷地面積が一致していないうえに、隠し通路や謎の空間がたくさん存在する。


「もしかして……たくさん仕掛けがあるのって、それが理由なんですか?」

 

 私の中で芽生えた発想は、それらしい理由によってみるみるうちに膨らんでいく。

 しかし、確信を持ち始めていた私の言葉を、葉月さんはスッパリと否定した。


「いえ、第四の門はここから少し行ったところにあります」


 1度言葉を切ってから、葉月さんは「ただ」と続けた。


「この家にいくつもの仕掛けがあるのには、たしかに理由があります」


 そう口にした葉月さんは、なんだか楽しそうな顔をしていた。

 秘密を打ち明ける前のような、そんな落ち着きのなさを感じる。

 私が続きを促すと、彼は待ってましたとばかりに小屋の端まで進んだ。


「結奈さん、こちらへ」


 手招きされて歩み寄ると、今度は何も無い空間に手を伸ばすよう言われる。

 私はよく分からないまま、信頼している師匠の言葉に従った。


 ゆっくりと空中に手をかざす。

 何も無い。──はずだった。


「あ、あれ? 手が消えた!?」


 私はおどろいて反射的に飛び退った。

 手を伸ばす途中で、唐突に空間が歪み、右の手が消えたのだ。手首まで綺麗さっぱり。


「あ、あった、よかった」


 引っ込めた手を覗き込み、安堵のため息をついた私は、訳が分からなくて葉月さんに向き直った。

 その肝心の師匠は、私がギョッとして飛び上がった辺りから笑いを堪えようと肩を震わせている。


「もう、葉月さん! 笑っていないで説明してください!」


 ムッとして詰め寄ると、葉月さんは「すみません」と笑いまじりに答えた。

 最近よくある流れで、なぜか彼は私の反応を見るために驚かせてくる。

 もっとも、そこに嫌な空気がないので、私も自ら引っかかりにいっているのだが。


 葉月さんは1度深呼吸すると、私の手を引き、空間の歪みに躊躇いなく足を踏み入れた。

 進んだ先から波紋のように景色が揺らぎ、視界がぐらりと揺れる。

 そうして次の瞬間、私の目の前には立派な屋敷が建っていた。


「え……えっ、どういうことですか!?」


 私は文字通りポカンとしながら、葉月さんに尋ねた。

 大きな平屋の家は隅々まで手入れが行き届いており、外には美しい庭園が広がっている。


「ここは、霊狐一族の本屋敷です。もっと奥まで行くと、一族がかつて住んでいた集落があります」


 まるで歴史的建造物のガイドのようにサラリと説明され、私は二の句が告げなくなった。

 

 霊狐一族の本屋敷とはつまり、葉月さんの一家が住んでいた家ということになる。


 そして、私の両親を含め、沢山のひとが命を落とした宴会場もまた、この屋敷の中にある。

 

「てっきり、屋敷はもう無くなったものだと……」


 そう呟くと、葉月さんは目を細めて笑った。


「そうなるはずでした。でも、神様とアルミラージ一族の族長さんが、周囲に内緒でこっそり残してくれていたのです」


 どうして、なんて聞くまでもない。

 両親を失い、仲間を失った少年。

 そんな年端もいかない子供の、唯一手元に残ったものが、この屋敷だった。


 取り上げることもできず、しかし家主になるには幼かった葉月さんのために、神様とタウフィークさんのお父さんが筆頭となって管理していたらしい。


「私がひとり立ちをするときに、この森ごと明け渡してくださったのです。もっとも、ひとりで住むには広すぎるので、有事の際に使う隠し部屋以外は使っていないのですが」


 なんと、今まで住んでいた小屋は、屋敷の末端に存在する避難シェルターだったという。

 神様の術によって維持された屋敷と庭は、たしかにひとりで管理するには広すぎる。


「ひとの気を逸らす術もかけられているので、今まで誰かに気づかれたことはありません。本当に、神様は凄いお方です」


 そう話す葉月さんの声は、謝意とは別に、畏怖に似た感情が滲んでいた。

2022年最後の日ですね。

ここまで月結びシリーズをお読み下さりありがとうございます!

読んでくださる皆様の存在が、いつも励みになっております。

来年こそ完結しますので、もう少々お付き合いのほどよろしくお願いいたします(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

それでは、良いお年を。

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