雨の降る街
擦れて凹凸の少ない石畳と、一列に並び立つカラフルな建物が、ジャンナとは違った異国感を醸し出している。
メキシコの妖が多く住んでいると聞いていたが、納得の景観だ。
オメテ・トラロック。通称「水の都」と呼ばれるこの街は、暗い雨空を鼓舞するように鮮やかな景色を広げていた。
「うわぁ、お洒落な街並み」
馬車の窓から街並みを眺めていた私は、思わず出てしまった独り言に、慌てて口を閉ざした。
おそるおそる隣を振り返り、眠っている隣人の様子を伺う。
(せ、セーフ。耳がいいから気をつけないと)
隣人もとい葉月さんは、アルミラージ一族から手配してもらった馬車に乗り込んで、ものの数分で眠りに落ちた。
度々挟まれる休憩の時はさすがに目を覚ますが、移動中はずっとぐっすりだ。
(気を張っていたっていうのもあるんだろうけど……)
私は恋びとの寝顔を見つめながら、小屋の外でタウフィークさんと交わした会話を思い出していた。
『結奈ちゃん。君はひとをよく見ているから気づいているかもしれないけど……』
そう言って私の顔を覗き込んだタウフィークさんは、表情を見て確信を持ったのか柔らかく微笑んだ。
『頼んだよ』
軽い口調だったにもかかわらず、私はその一言をとても重く受け取った。
そうしなければいけないと思った。
葉月さんが両親を失った直後から、ずっと支え続けてきたタウフィークさんの言葉だ。
軽いわけがない。
だから私は、彼の目を見て力強く頷いた。
自分にできる精一杯を葉月さんに尽すと約束し、心の中で改めて覚悟を決める。
タウフィークさんは私の肩をぽんと叩いて、その場を去った。
(門はあと二つか。少ないようで多いなぁ)
ため息をつきかけたとき、葉月さんがゆるゆると目を開けた。
ぼんやりとした瞳を窓の外に移し、それから私の視線に気づいて恥ずかしそうに笑った。
「ずっと見ていましたね?」
咎めるような言い方をしつつも、その声は優しかった。
こういうふとした瞬間に、好きだなぁと思う。
私は自然と顔がほころぶのを自覚しながら、「おはようございます」と言ってごまかした。
「お客さん、そろそろ着きますよ」
そんな御者台からの声に応答して少し経った頃、馬車は一軒の宿の前に停車した。
オレンジ色の壁に圧倒されつつ馬車を下りると、吐く息が白いことに気づいた。
ジャンナから5時間近くかけて来たのだから、気温の変化が生じても不思議ではないけれど、やはり異常気象の言葉は拭えない。
冷たい雨の中、チップの意味を込めて多めに運賃を払うと、私たちは急いで宿の軒下に移動した。
凍雨が地面を跳ねる音に耳を傾けつつ、服に付いた水滴を落とす。
それも済むと、ようやく宿の中に入った。
事前に連絡符で予約を入れているため、チェックインの手続きもすんなりと終わる。
一つだけトラブルがあったが、まあ良しとしよう。
「……レオドール様が知ったら怒られそうですね」
そう言って顔を引きつらせる葉月さんに、私は「まあまあ」と笑った。
二人の視線の先には、ダブルベッドが2台並んでいた。
2部屋で予約していた所を、なにかの手違いで1部屋になってしまったのだ。
慌てて変更をお願いしたが、ちょうど私たちが来る直前に埋まってしまったという。
別の宿を探すには遅い時間だし、仕方がないと話し合ったところである。
「よし。気を取り直して、お夕飯を食べに行きましょう!」
荷物を置きながら言うと、葉月さんは渋々うなずいた。
原色を使った鮮やかな内装を眺めつつ1階のレストランに向かえば、陽気な店員によって席へ案内される。
覗き込んだメニュー表にはメキシコ料理の写真がずらりと並んでいて、お腹がくうっと鳴いた。
「ポソレ2つとカルネアサダ1つ、それからアル・パストール1つですね。お飲み物は?」
店員がサラリと呪文のように復唱してから尋ねた。
そして私たちが何か言うより先に、近くの飾り棚から1本の酒瓶を持ってくる。
「これ、オススメです。メスカルって言うんですけどね、めちゃくちゃ美味い。ちょっと最初は勇気がいると思うけど。どうです?」
私と葉月さんは、瓶の中を見てギョッとしてから丁重に断りを入れた。
異文化って凄い。
そもそも、私は未成年なので飲む気はないが。
「芋虫でしたね」
「ええ、芋虫でしたね。店員さんの様子からして本当に美味しいのでしょうし、どんな味なのか気になりますけど……あぁ、どうしよう、気になってきた」
研究者としての血が要らぬところで騒いでいるようだ。
同じように好奇心をくすぐられた私も、せめて匂いだけでも嗅いでみたいと思い始める。
けれど、何とか自制すると、悶えている葉月さんに向き直った。
「あの、葉月さん。明日は1日お休みにしましょう」
その言葉に、今までパタパタと忙しなかった尻尾がピタリと止まった。
耳も私の方に向けて、傾聴する姿勢になる。
「休み……ですか? でも、そんな時間は……」
旅が始まってからずっと後ろを着いてくるだけだった私からの、初めての提案に、葉月さんは驚いた顔をした。
そんな彼の戸惑いの滲む瞳を、真っ直ぐ見つめ返す。
「単刀直入に言います。葉月さん、熱がありますよね」
ハッキリと述べると、金の瞳が逸らされた。
その動作は隠し事がバレたときの反応そのもので、ちょっと笑いそうになる。
「いつから」
「六番隊の執務室で、落ちそうになった書類を押さえたときです。そこで葉月さんの手に触れて、体温が私と同じくらいだったので違和感を覚えて」
葉月さんは自分の手をじっと見つめ、やがて観念したとばかりに頭を垂れた。
「知られたらタウフィークの捜索に参加できないと思ったのです。絶対にお留守番させられるだろうなって」
清々しいまでの言い訳に笑いながら、私は「たしかに」と相槌を打った。
「ちなみに、タウフィークさんも気づいていましたよ。別れ際に、真剣な顔で頼んだよって言われました」
「敵いませんね。ふたりには、本当に」
そう言って脱力する葉月さんに、見て見ぬふりは今回だけだと釘を刺す。
間延びした返事を聞いているうちに、いつの間にかテーブルには具沢山なスープとタコスが置かれていた。
ちなみに、「このポソレには豚肉が使われています」と含みある口調で説明されたが、どういう意味だったのか。
なにはともあれ、メキシコの食文化に振り回されながらも、楽しい夜のひと時だった。
タコス美味しそう(´¬`)




