世界を人質に
なんて間の悪い。
第一の門の付近で遭遇した術使いについて尋ねた私は、姉の「偶然だと思う」という返答に顔をしかめた。
「その山、武器を調達する町への通り道だから」
その言葉に、澄々花という少女の話を思い出す。
第一の門からルアドに向かう道筋に高品質の武器を入手できる町があり、組員は直々に調達へ向かっていたのだとか。
どうやら本当に、あちら側も予想外の邂逅だったようだ。
「では、政府側は門の場所を知らないのですね」
確認の意を込めて問うと、姉は確信を持ってうなずいた。
「門の場所なんて、彼らにはどうでも良いの。だって、第五の門の場所を知っているから。そこで待ち伏せていれば確実に仕留められる」
さらりと聞かされた情報に驚く。
けれど、そんな私たちの様子を気にすることなく、姉は間髪入れずに続けた。
「ただね、彼らはひとつ勘違いしているの」
「勘違い?」
聞き返す私に、姉は小さく笑ってうなずいた。
堪えきれずといった笑みだったが、姉の珍しい表情に呆気に取られる。
彼女に笑顔を向けられたのは、片手で数えられるほど少ない。
私は平静を装いつつも動揺していた。
「門を見たことがないから、黄泉比良坂の出入口をそれだと思っているのよ」
「えっ、あそこをですか? 門には見えないのに。門というより鏡っぽいですよね」
五芒星の門と黄泉比良坂の出入り口の両方を見たことのある結奈さんが、素直に驚きの声を出す。
姉は柔らかく笑い声をあげると、「馬鹿よね」と言った。
なんだか2人の距離が近い気がして、また戸惑う。
「私は三日後、政府の手で出雲に送られるわ。現世が消滅するまで、もう一週間を切っている。常世だって、猶予は少ない。だから焦っているのね」
だから、と姉が私の方に向き直った。
「彼らが無様に間違った場所を張っている内に、必ず第五の門を閉じなさい。それまで、足止めでも何でもやる。きっと彼らを門に近づかせない」
そう告げる姉の瞳は、一族を率いる族長の目をしていた。
会話が途絶え、私たちの間に沈黙が流れる。
どう返すべきか迷っているうちに、志苑さんが「そういえば」と言った。
「政府がね、1つの世界が終わることを、仕方のないことだと言っていたなぁ」
「1つの世界?」
首をかしげる結奈さんに、志苑さんが無邪気な笑顔で口を開く。
ぼうっとしていた私は、ハッと息を呑み、慌てて彼の言葉を引き継いだ。
「現世の事でしょう。仕組みはどうあれ、現世は常世よりも早く消滅します。世界はそうやって出来ているのです」
結奈さんは要領を得ない私の説明を受けて、曖昧にうなずいた。
本当は根掘り葉掘り聞きたいだろうに、察しの良い彼女は疑問を飲み込む。
人間は世界の真理に触れてはならないのだと、彼女に言ったのは正解だった。
常世と現世は、縁によって繋がっている。
縁を結ぶ方法は定かでは無いが、常世と現世を繋いでいるのは、間違いなく五芒星の門だ。
その門が機能しなくなり、縁が途切れた今、両世界は消滅しかけている。
神様との結びつきが強い常世は、まだ崩壊の速度が緩やかだ。
逆に言えば、現世の方が先に消滅するということ。
常世が滅ぶギリギリまで門を閉じないと宣言している政府の、言わんとしていることが分かった。
「でも、現世が消滅してもいいなんて、なんでそんなことを……」
戸惑いを隠しきれない結奈さんに、私は一度口を閉じた。
言うべきだろうと思いつつ、当事者である彼女に伝えることをためらう。
逡巡してから、未来の自分に託そうと思い直して結奈さんを見据えた。
そう、要は現世が消滅する前に門を閉じれば良いのだ。
「彼らは、私にこう言っているのです。『現世を消滅させたくなければ、自分で止めて見せろ』と。要するに、現世やその世界に住まう生物を人質に取られたということです」
きょとんとした結奈さんは、すぐに意味を理解して真っ青になった。
当然だ。現世には、彼女の大切な人たちがいる。
そして、ほんの少しの間だったが、私も言葉を交わした人たちがいる。
「大丈夫よ」
結奈さんの様子を伺っていた姉が言った。
「霊狐一族を敵に回したのが運の尽きね。常世で最も現世との結びつきの強い我々が、容認するとでも思ったのかしら」
力強い口調と真剣な眼差しは、先ほど小屋に入って来たときとは別物だ。
どうして泣いていたのか分からないが、その流した涙が悪いものではないことは、彼女の表情を見ればすぐに分かる。
すっきりと憑き物が落ちたような、そんな顔をしていた。
「明星も死力を尽くすよ」
やり取りを静観していた志苑さんが言葉を添える。
それから、ふと思い出したようにこちらを振り返った。
「そういえば、どういう繋がりか知らないけど、うちの新人が君に恩を返すんだぁって意気込んでいたよ。彼が君の役に立つといいけど」
「え?」
短く聞き返す私の声に答える気はないらしく、志苑さんは薄く笑って肩をすくめるだけだった。
秘密主義の組織に属しているとはいえ、仄めかすだけ仄めかして放置だなんて、気分の良いものではない。
やはり彼のことは信頼できなさそうだ。
「それじゃあ、俺たちは一度アルミラージの本邸に戻るよ。そのあと少数部隊を結成して、小春さんのフォローに天中へ向かう」
「わかったわ。でも、あくまで内密にお願いね。あなたたちは目立つから」
「ああ、もちろん。表面上は別の任務で動いていることにするよ」
気が付くと、周りはこれからの動きについて話し合い始めていた。
どうにも思考の混濁する頭で必死に会話を聞く。
そして大まかな作戦を立て終えたところで、最後にひとつの疑問が残った。
国の中枢に潜り込んでいた志苑さんでさえ掴めなかった不明点。
それは、政府が世界を消滅させようとしている根本的な動機だ。
「葉月の居場所を特定するためというのは、まあ1つの目的だろうけど。同時期に神様が行方不明になっているのは気になるな」
タウフィークの言葉に、その場にいた全員が同意した。
義兄はだいぶ調子が戻ってきたようで、体の具合を確かめるように屈伸運動を始めている。
正直、もう少し安静にしていてほしいところだ。
会話を続けようとしたところで、地下の出入り口がノックされた。
「副族長、そろそろ移動した方がよさそうです」
どうやら森の周辺を見回っていた六番隊が戻ってきたようだ。
私たちは一言二言交わすと、すぐさま立ち去る準備を始めた。
薬箱に大事な仕事道具を詰め、結奈さんと手分けして片付けていく。
とりあえず1つ、旅の目的が果たせたことに安堵する。
そしてこの小屋に来てから密かに決めていたことがもうひとつ。
六番隊が道順を確認している間、私はそれを実行すべく、所在なげに佇む姉に近づいた。
「姉さん」と呼びかける自分の声には、ずいぶんと違和感があった。
姉も複雑な表情で振り返ると、組んでいた腕に力を入れて体を強張らせた。
たくさん聞きたいことがあった。
たくさん話したいことがあった。
でも、それ以上に伝えたい言葉がある。
苦い感情も、温かな気持ちも込めて、私はまっすぐ姉を見つめて微笑んだ。
「生きていてくれてありがとう」
目を見開く姉に照れ臭くなって、そっと視線を逸らす。
その先には、なにやら真剣に話し込んでいる結奈さんとタウフィークさんがいた。
次は第四の門。
この門を閉じて、第五の門も閉じ終えれば、私たちの旅は終わる。
どうか怪我なく、無事にすべての門を閉じられますように。
そう願いながら、私はそっと手首の腕飾りを撫でた。
ようやく次の町に進めます(><)
そろそろ山場です。お楽しみに。




