疑心暗鬼
葉月さんに呼ばれて小屋の地下室に戻ると、彼の横に六番隊の面々が並んでいた。
警戒心を滲ませた隊長の右手は、どこで捕らえたのか、知らない青年の首根っこを掴んでいる。
黒髪にぴょこんと生えた三角耳が大層可愛らしい。
オオカミの妖だろうか。
「えっと、そちらは?」
尋ねる私に答えたのは、複雑な表情を浮かべる葉月さんでも、険しい顔で並び立つ六番隊でもなく、親に運ばれる子犬よろしく大人しくしていたオオカミさんだった。
ひらひら手を振って軽薄そうな笑顔を向けてくる青年は、やはり軽薄そうな口調で「あれぇ、見たことある子だぁ」と言った。
「やっほー。直接会ったのは初めてだけど、久しぶりぃ。ねえねえ、また腕食べていいー?」
変態だ。
ねっとりとした視線を向けられて、一気に鳥肌が立つ。
私はそっと目を逸らし、噛み跡の残る右腕を撫でた。
「……燃やしましょう」
一連の流れを見ていた葉月さんが左手に狐火を灯しながら言った。
青い炎がメラメラと燃え盛ったところで、慌ててソファーから制止する声が飛んでくる。
「葉月、気持ちは分かるけど落ち着け。やるとしても話を聞いた後だ」
「ごめん、感情の制御ができそうにない」
言い聞かせるように言う義兄を振り返って、葉月さんが困った様に眉を下げた。
申し訳なさそうに上げた声は、わずかに怯えが滲んでいる。
その手には、相変わらず炎が揺れていた。
「イメージが大事だぞ。目を閉じて深呼吸をしたら、自分の神力をファラフェルのように丸めて小さくするんだ」
神力を抑える呪印が解かれてしまった今、葉月さんは少しの感情の揺らぎで神力が暴走してしまう。
幼いころは今以上に制御が難しく、よくタウフィークさんに宥めてもらっていたらしい。
慣れた様子で声をかけるタウフィークさんに、身構えていた周囲の緊張がほぐれていくのが分かる。
「取り乱してしまってすみません。話の続きをお願いできますか」
ようやく落ち着いた葉月さんが視線を床に移しつつ言った。
平静を取り戻したとはいえ、なるべく心を乱す原因を視界に入れたくないようだ。
それを察したのか、隊長は隣の隊員にオオカミ男を預けて一歩前に出た。
「周辺を見て回っていた時に、物置小屋に隠れているのを見つけたんだ。目に見えて怪しいので、とりあえず捕まえてきた。おそらく道案内をしていたオオカミだろう」
なぜ隠れていたのか。
そう自問して、なにかやましい事があったからだと自答する。
ではやはり、このオオカミ男は敵なのか。
しかし、敵ならばなぜ、私たちをここへ案内したのか。
再び自分に問いかけて、私はそこで思考を止めた。
敵のような気がするし、違うような気もする。
正体不明の変態に、捜索隊は文字通り頭を抱えてしまった。
「いや、まて。俺は一度会ったことあるな」
沈黙が流れる中、合間を縫うようにタウフィークさんが言った。
唐突に思い出したようで、本人も驚いた顔をしている。
「磐座の機密文書を盗んだやつで、二番隊に取り調べさせていたんだ。そのときと今とで、ずいぶん雰囲気が違うから、すぐには分からなかったけど」
「強敵って感じがしてよかったでしょ」
「拘束していたんだけど、上が釈放を命じてきてね。それどころか、彼に関する一切の捜査も禁じたんだ」
口を挟むオオカミを無視する形で、淡々とタウフィークさんが報告する。
話を聞いていた六番隊の隊長は、話が終わると困った様に眉を寄せた。
「ではやはり敵ではないですか。どうします、副族長。秘密裏に調べますか」
「ううん、バレたらマズいし、捕縛して別邸に幽閉かなぁ……」
「尋問して組織の内情を吐かせましょう。副族長の話からしても、どうやら彼は結構な重要人物のようですし」
そんな物騒な会話に、さすがの変態も顔を引きつらせる。そのとき。
「ちょっと待って」
凛とした声に揃って振り返ると、小春さんが背筋を伸ばして立っていた。
複数の視線に一瞬たじろぎ、しかしすぐに彼女は表情を引き締めた。
目が赤いことに、周りは、葉月さんは気づいただろうか。
気がついてほしいような気もするし、ほしくない気もする。
彼女の心を知って、誤解が生まれないよう立ち回りたい自分と、虚勢を張る彼女に寄り添いたい気持ちがせめぎ合って苦しい。
そんな複雑な気持ちを抱えて、私は小春さんの名前を呼んだ。
「知り合いですか?」
尋ねる私に、小春さんが迷子の子供のように小さくうなずいた。
「そのひとが連れていかれたら困るわ。彼は私の数少ない手札なの」
連れていかれたら困る。私の手札。
頭の中で言葉を反芻すると、さらに混乱が深まった。
他のひとたちも怪訝そうな表情を浮かべている。
しかし、小春さんはそんな私たちの様子を気にすることなく口を開いた。
「組織が動き始めた頃から、彼らには内緒であなたたちの動向を探ってもらっていたのよ。おかげでいち早く二人の居場所を突き止められたし、組織の送った術玉を排除できた。むしろ感謝した方が良いわよ」
「えっ、そうなんですか?」
「結奈さんだって見たでしょう。犬の術玉」
驚いて聞き返す私に、小春さんがさらりと答えた。
犬と聞いて、ふと実家の庭先で出会った豆柴を思い出す。
同じく思い当ったらしい葉月さんが、苦々しく「なるほど」と呟いた。
「あれはやはり、あなたの仕業だったのですね」
「ええ。組織側の送った術を跳ね返して、警告の意味を込めてわざと姿を見せたの。まあ、あなたにあっさり消されたけれど」
そっけない口調で説明する小春さんは、大したことないといった風に言い切っている。
しかし、葉月さんは彼女の思惑どおり、警戒を強めて家に結界を張った。
そのおかげで、私と葉月さんは政府の手から逃れていた。
つまり、小春さんは私たちを守ってくれたのだ。
感謝を述べようと口を開いた私は、しかし葉月さんの声によって遮られた。
「ですが、結奈さんを襲ったオオカミの術玉は彼のものでした」
葉月さんは目を細めると、咎めるような口調でそう言った。
オオカミ男のとった行動が矛盾していることを暗に指摘しているのだ。
小春さんは口をとがらせ、不機嫌そうに「だって」と呟いた。
「こっちで保護した方が早いと思ったのよ」
「結奈さんだけを? なぜ?」
鋭く問い詰める葉月さんを前に、とうとう小春さんが言いよどんだ。
そんなやり取りによって、小春さんの発言が徐々に言い訳めいて聞こえてくる。
いや、実際言い訳なのだろう。
逃れられないと悟った小春さんは、一度オオカミ男の方に視線を移し、それから諦めたようにため息をついた。
「だって、思ったより手ごわいんだもの。直接あなたを狙ったって、術で追い返されると思って。弱い方を狙うのは当たり前でしょう? 結局、失敗したけどね」
どうやら、私たちが知らないだけで、かなり政府からの追跡はしつこかったようだ。
いちいち彼らの行動を把握して、その都度バレないように迎撃していた小春さんの大変さは計り知れない。
「何はともあれ、そいつは味方なんだな。腕の立つ奴が捨て駒なんておかしいとは思っていたけど、なるほど、納得したよ」
そう締めくくるタウフィークさんに、オオカミがニっと人懐っこい笑みを向けた。
私よりも年上だろうに、ずいぶんと幼い笑い方だ。
変態だと思っていたオオカミが、味方と分かった途端可愛らしく見えてくるのだから、先入観というのは恐ろしい。
「一応言っておくと、組織は彼を完全に仲間だと思っているわ。私の見張りとして付けるくらいだもの。どうやったか知らないけれど、かなり信頼されているみたい」
そう小春さんが付け加えると、タウフィークさんは感心したように眉を上げた。
腕を組んでソファーに座り直した彼の瞳には、対抗心にも似た熱が宿っている。
「ここまで来ると、一体何者なのか知りたくなってくるな。ただの組織の下っ端ではないんだろう?」
煽るような口調に触発されたのだろう。
さきほどまで傍観者然としていたオオカミが、浮かべていた笑みを深めて姿勢を正した。
「話してもいいけど、あまり公にできない内容でね。聞いていいのは副族長殿までだよ」
ずっと独特な話し方をしていた彼の、有無を言わせない物言いに、辺りを取り巻く空気が変わった。
タウフィークさんは神妙な顔でうなずくと、目だけで合図をして六番隊を下がらせた。
長々と説明回が続いておりますが、次回でようやく次に進めそうです。
皆様、もう少々お付き合いのほどよろしくお願いします(><)




